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[2024.7]【境界線上の蟻(アリ)~Ants On The Border Line〜21】アゼルバイジャンの改造エレキ・ギター界の重鎮、レフマン・メンメドリ

文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto

 カスピ海の西岸に位置し、ロシア、イラン、アルメニア、ジョージアと国境を接するアゼルバイジャン共和国は、人口の9割以上をテュルク系が占め、宗教においてはイスラム教(国民の70%がシーア派で25%がスンニ派)、文化的にはアゼルバイジャン人が数多く居住するイランとの結びつきが強く、旧ソ連圏の国々の中でもとりわけイスラム圏からの影響を歴史的に強く受けてきた。音楽においては、同国を代表する古典音楽=ムガームの現代最高の歌い手であるアリム・ガスモフがワールドワイドにも広く知られた存在であり、最近では70年代に活躍した鬼才ピアニストのヴァギフ・ムスタファ=ザデを始祖とする〝ムガーム・ジャズ〟の流れを組むプレイヤーたちが現代ジャズ・シーンの一角で注目を集めてもいるが、よりローカルな音楽シーンの動向に触れることができる機会は少ない。

 そんな中で、スイスの先鋭的なワールド系レーベルである≪Bongo Joe≫が2020年に世に送り出したルスタム・グリエフ(Rustem Quliyev)『アゼルバイジャン・ギター(Azerbaijani Gitara)』は、改造したエレクトリック・ギターを駆使した〝ギタラ〟と呼ばれる独特のファンキーなギター・インスト・シーンが60年代から存在し、現在に至るまで発展を遂げ続けていることを伝える強烈な内容だった。その解説によれば、ギタラの創始者とされるのは60年代に登場した〝ラミシュ(Rəmiş)〟と呼ばれた若手音楽家のラフィク・ヒューザイノフ(Rafiq Hüseynov)で、もともと伝統的な弦楽器のタールを弾きこなしてムガームを習得していた彼は、当時にアゼルバイジャンに入ってくるようになった旧チェコスロバキアのジョラナ(Jolana)というメーカーのエレキ・ギターにその奏法を応用しようと考えた。たまたまジョラナ社のギターのデザインや構造がそれに適していたこともあり、ラミシュは微分音が出せる変則チューニングを用いたり、弦高を変えたりといった独自カスタマイズを行い。長髪にサングラス、赤いボディの改造エレキ・ギターといで立ちで当時の若者たちから支持された。その後も、ディストーションの応用やフレットの追加、共産主義体制の崩壊によって旧チェコ製のギター調達が困難になると国内で〝ギタラ〟に適した独自モデルのエレキ・ギターを開発する者が現れるなど、時代ごとに登場したスター・プレイヤーたちによって進化を遂げ、90年代から2000年代前半にかけて活躍しながらも36歳の若さで亡くなった名手の1人がルスタム・グリエフだった。

 その第2弾としてリリースされた Rəhman Məmmədli『Azerbaijani Gitara Volume 2』は、70年代以降にトップ・ギタリストとして活躍してきたレフマン・メンメドリの音源にスポットを当てたものとなっており、前作以上に強烈なインパクトを放つ内容となっている。レフマンは、ディストーションを導入してムガームにおける歌のエモーショナルな高揚感や楽器のニュアンスを巧みに表現することに成功したことから〝歌う指を持つ男〟と称されたギタラ史における偉人の1人であり、そのラウドなプレイの革新性は今回の編集盤のオープニング曲から確認できる。とは言っても、ディストーションを使ったことだけがレフマンの聴きどころなわけではもちろんなく、聴き進めていくと50年代にレス・ポールが試みたスぺイシーな多重録音モノ、あるいはギリシャからイスラエルに移住して60~70年代にレンベーティカからウム・クルスームまで様々な楽曲をエレキ・ギターで弾きこなして人気を集めたアリ・サン(Aris San)あたりに通じるような側面もみせ、彼こそがラミシュ以降のギタラの可能性を一気に拡大した存在だったことを追体験させてくれる。また、1961年生まれのレフマンは今も現役のプレイヤーとして精力的な活動を続けており、昨年にはアゼルバイジャンにルーツを持つ女性ボーカリストとノルウェーの電子音楽家によるYa Tosibaの最新アルバム『ASAP inşallah』にも客演。現代的なサウンドに加わってもまったく削がれることを知らない個性を発揮している。

 ムガームの有名曲のみならず、70年代のアフガニスタンで絶大な人気を誇ったアフマド・ザヒールの代表曲や、80年代初頭のボリウッド(インドの映画音楽)屈指の人気作『ディスコ・ダンサー』の挿入歌までもレパートリーに加えていたルスタム・グリエフと比べると、より荒々しくパワフルなひと世代前の先駆者であるレフマンの編集盤が出たことで、ギタラ発展の流れがより見えやすくなってきたのも嬉しいところ。次回は誰のアンソロジーとなるのかはわからないが、創始者のラミシュ、アゼルバイジャン国内で〝フィター〟と呼ばれる独自モデルのギターを開発したフィクラット・グリエフ(Fikrət Quliyəv)など歴史的重要人物とされるレジェンドがまだまだ数多く存在するので、良好なコンディションの音源発掘によってさらなるリイシューが進むことを楽しみに待ちたい。

(ラティーナ2024年7月)


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