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[2024.8]【境界線上の蟻(アリ)~Ants On The Border Line〜22】 『AKIRA REMIX』とそれに呼応する現在進行形の動き

文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto

 原作者の大友克洋が自ら監督を務めて制作され、1988年に公開された劇場版アニメーション映画『AKIRA』。第三次世界大戦を経た後の混沌とした2019年の〝ネオ東京〟を舞台に、それまでのアニメ作品とは異なるスケール感とインパクトを孕んだ内容でサブ・カルチャー全般に多大な影響を与えた『AKIRA』は、芸能山城組が手がけた音楽もまた強烈極まりないものであり、インドネシアのガムランやケチャ、ブルガリアをはじめとするヨーロッパ周縁の合唱音楽、アフリカのピグミーのポリフォニー、声明(唱名)、能楽、現代音楽などが毅然一体となったサウンドは、当時に広く関心を高めつつあったワールド・ミュージック隆盛の流れとも相まって、映画本編に勝るとも劣らない刺激的なヴィジョンを示した傑作だった。

 2016年には、映画音楽として使うために録音された『交響組曲アキラ(Symphonic Suite AKIRA)』が超高音質ハイレゾ=ハイパーソニック・ハイレゾ音源で配信リリースされ、翌年にはその新音源を元にしたアナログ盤が米国のレーベルから発売されて国内外で再評価の機運も高まったが、公開から35周年というタイミングでリリースされたCD2枚組『AKIRA REMIX』は、タイトル通り『AKIRA』の音楽を再構築し、今にアップデートした作品となっている。

 この『AKIRA REMIX』は、もともと昨年に東京と大阪で開催された「大友克洋全集 AKIRAセル画展」の会場内で流すために制作されたもので、大友自らの人選で音源のリミックス/リワークに取り組んだのは久保田麻琴、小西康陽、蓜島邦明という3人の大物ミュージシャンたち。人選の意図については、大友がメール・インタビューに答えた記事(大友克洋全面プロデュース「AKIRA REMIX」|本人へのメールインタビューで探る、「AKIRA」の音楽を再構築した理由 - 音楽ナタリー 特集・インタビュー (natalie.mu) )に詳しいが、ワールド・ミュージック~世界の祭り音楽と同時に現行のダンス・ミュージックにも精通し、作曲者である芸能山城組・主宰の山城祥二の意図を組みながら多角的な『AKIRA』の音楽に新たなエッセンスを加えられる音楽家という点では、キャリアや実績も含めてベストな人選と言えるだろう。

 特にCD-1の全13曲を手がけている久保田は、70年代から後のワールド・ミュージック隆盛に繋がる志向性をみせ、インドネシアやマレー半島の音楽、ブラジル北東部の新世代サウンド、宮古島や日本各地の民謡、阿波踊りの音楽などにもイチ早く注目して世に送り出してきた第一人者だけに、原曲の持ち味を尊重しつつテイクごとにこれまでに培ってきた多彩なアプローチを応用し、『AKIRA』のサントラが内包する世界各地の音楽エッセンスをより鮮明かつダンサブルに引き出しているのは流石の一言。また、1曲目における、こちらも海外での再評価が改めて高まっている裸のラリーズの水谷孝がノイズ成分の強いギターで参加というサプライズも、あらゆる音楽を通過してきた氏ならでは。DJ/リミキサーとしても定評のある小西、『世にも奇妙な物語』のテーマ曲を筆頭とする膨大な数の音楽を手がけてきた 蓜島が3曲ずつ手がけたCD-2も、汎用性の高い絶妙なビート使いやコンポーザーとしての非凡さといった各々の個性がしっかり出た仕上がりで、CD2枚組の長尺でも飽きさせない。


 この後に書き足すことは単なる個人的な拡大解釈かもしれないが、実は最近にいくつかの新譜を聴いていてジャンルやエリアを跨いで『AKIRA』の音楽のことを想起させられることがあった。最もダイレクトに連想させられたのは、気鋭の現代音楽家にして『大豆田とわ子と三人の元夫』のサントラなども手がけてジャンルレスな活躍をみせる坂東祐大が音楽を手がけた人気アニメ『怪獣8号』のサウンドトラック盤で、もちろんアプローチなどは異なるが、作品と音楽双方の高密度さやインパクトの強さも含めてコレは現代版のAKIRAだと興奮させられた。また、インドネシアのバリ島を拠点に活動する2人組ユニットで、ガムランで使用されるジェゴグ(竹琴)やグンデル(鉄琴)にエレクトロニクスなども併用しながら、呪術的かつ尖った音作りでオルタナティヴなノリが強い現代ガムランを展開するKADAPATの音楽(2022年に発表したアルバムが日本のSUB Recordsからアナログ盤でリリースされ、10月中旬には来日公演を行う予定)も、『AKIRA』の中に登場してきそうな刺激的なものだった。そして、筆者は残念ながら観ることはできなかったが、8月後半に鼓童の招聘によって佐渡島と東京で初来日公演を成功させたウガンダのNakibembe Embaire Groupの音楽も、アフリカならではのポリリズミックなグルーヴの中にインドネシアの竹製ガムランで奏でられるジェゴグに通じる多様な響きを孕んでいて、彼らのアルバムの中でインドネシアの奇才Gabber Modus Operandiが客演した曲などは極めて『AKIRA』的だ。そんな偶発的に点在するシンクロニシティが認められる中で、今回の『AKIRA REMIX』がリリースされたことに、筆者は単なる35周年企画という以上の興奮を覚えたことをココに記しておきたい。

(ラティーナ2024年8月)


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