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[2024.6]【境界線上の蟻(アリ)~Ants On The Border Line〜20】カーボ・ヴェルデ音楽の未来を拡張する2人の才媛~ナンシー・ヴィエイラとカヴィータ・シャー

文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto

 アフリカ大陸西端のセネガルからさらに約500km沖合の大西洋上に浮かぶ大小15の島からなる火山群島国のカーボ・ヴェルデは、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカの三大陸にアクセスが容易な中継地として、1975年に独立するまでポルトガルの支配を受けながら独自の文化を育んできた。ポピュラー音楽では、ブラジル音楽におけるサウダージに相当する〝ソダーデ〟と呼ばれる郷愁の感覚を根底に持ち、ポルトガルのファドにも通じる哀愁味の強いメロディが特徴的なモルナを筆頭に、よりダンサブルなコラデイラ、メレンゲにも似たフナナーといった多様なスタイルが発展。〝カーボ・ヴェルデ音楽の父〟とも称される管楽器奏者のルイス・モライス、90年代に渋みのある歌声で世界的なブレイクを果たしたセザリア・エヴォラらのベテラン勢の後の世代では、パリを拠点により軽快かつ幅広い音楽性で支持されたマイラ・アンドラーデ、リスボン生まれの移民2世のサラ・タヴァレスなどが注目を集めてきたが、よりカーボ・ヴェルデに根ざした音楽性と抜群の歌唱力でとりわけ高い評価を集めてきたのがナンシー・ヴィエイラだろう。

 そんな彼女が約6年ぶりに完成させた最新アルバム『人々とのつながり(原題:Gente)』は、キャリアを重ねて着実に深みを増しながらも、もったいぶったような重みとは無縁な柔らかさを保った歌声の素晴らしさとともに、モルナやフナナーを主軸としながらも、ブラジルのサンバ、ポルトガルのファド、アンゴラのセンバといった汎ポルトガル語圏の音楽=ルゾフォニア音楽へと広がりをみせる多様性を気負いなく獲得している点にも心惹かれる会心作となっている。2曲目にはナンシーが75年に誕生した地でもあるギネア=ビサウの新鋭シンガーのレンナ・シュワルス、10曲目で現代ファドをリードし続ける才人として日本にも熱心なファンが多い才人アントニオ・ザンブージョ、12曲目ではアンゴラ出身でリスボンを拠点に活動するセンバの音楽家であるパウロ・フローレスをゲストに迎えているのが最も象徴的だが、演奏面を支えているメンバーもバスク出身のベース奏者に、ブラジル出身のアコーディオン奏者とクラリネット奏者、ヴァイオリン奏者はウクライナ出身と実に国際色豊か。さらに13曲目で作詞/作曲と歌を担当しているアメーリア・ムージも、モザンビーク出身のポルトガル人音楽家であり、ルゾフォニア文化圏の幅広さを再認識させてくれる。

 このように説明するとかなりハイブリッドな多国籍ミクスチャーのようだが、音楽的にはあくまでもカーボ・ヴェルデ音楽の豊かさを円熟味が増した歌声と的確かつアコースティックな演奏で表現したものであり、クリオール音楽の新たな名花と呼ぶべきもの。振り返ってみれば、07年にリリースした『ルース(光)』でもペルーやキューバの楽曲まで取り上げていた彼女だけに、もともと混血性が高いカーボ・ヴェルデの音楽の可能性をナチュラルに拡張するような本作の試みにも無理がない。

 一方で、最近のカーボ・ヴェルデ音楽をめぐる面白い動きといえば、インド系の米国人ジャズ・シンガーとして活動してきたカヴィータ・シャーが昨年末に発表した異色のアルバム『Cape Verdean Blues』も忘れることができない。カヴィータといえば、ベニン出身のギタリストのリオーネル・ルエケや編曲に日本の挟間美帆らを迎えて制作したデビュー作『Visions』(14年)が秀逸で、個人的にもワールド系ジャズの逸材として注目してきたが、『Cape Verdean Blues』はなんと7年にも及ぶカーボ・ヴェルデのサンヴィンセンテ島への滞在を経て、本格的なモルナに取り組んだ作品だった。デビュー作でもカバー曲として取り上げていたセザリア・エヴォラへの並々ならない傾倒が、島に移住してまでモルナを習得する道へと彼女を誘ったようだが、生前のセ゚ザリアとも共演したバウ(Bau)との共同制作で作り上げた本作における歌いぶりは、付け焼き刃でトライしてみたような水準ではなく、モルナのアルバムとしても非常に高いクオリティを示したもので驚かされる。

 レパートリーの多くは敬愛するセザリアの名唱で知られる楽曲のカバーだが、アルバム後半ではブラジルのジャヴァンの名曲や、グジャラート語で歌われるインドの伝統曲も取り上げ、ラストはジャズ・シンガーらしく父親がカーボ・ヴェルデ出身だったピアニストのホレス・シルヴァーが父を偲んで60年代半ばに書いた佳曲「 Cape Verdean Blues 」で締めているのも心憎いところ。カーボ・ヴェルデ音楽を起点にその翼を広げていくようなナンシーとは対照的なスタンスだが、偶然にもほぼ同時期に世に出たこの2枚の秀逸なアルバムを聴き比べながら、まだまだ尽きることを知らない可能性を秘めたモルナの未来に想いを馳せてみてほしい。

(ラティーナ2024年6月)


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