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[2022.11]【琉球音楽周遊❺】 ~宮古島の島うた①| 宮沢和史

「宮沢和史の琉球ソングブック」
 ラジオ沖縄で毎週木曜日、夜7:00から放送中


 ラジオ沖縄公式ホームページ https://www.rokinawa.co.jp/

文●宮沢和史

*以下敬称略

 宮古島では五穀豊穣、弥勒世を願う祈願、感謝のために神と交信しようという神唄が多く歌われてきた。その一方で、島にまつわる重要人物についての物語を記すものや、教訓歌など、島民の生活の営みを歌にしたものを「アーグ」ないしは「アヤグ」と呼ぶ。宮古島は山の無い平面的な地形で、水を確保するのが大変困難で干ばつに苦しんできた歴史をたどっている。そのため、歌による神との交信が頻繁に行われ、雨乞いの歌である “声合クイチャー” の歌たちを大勢で歌い踊る文化も発達した。このような状況に置かれてきたことで、山と川が多く水には困らなくて農業や住居に適した土地を多く有する石垣島の音楽・芸能文化とは異なった独自の文化を形成してきた。「石垣島では雨が降ったら作業をやめて歌でも歌うか」となるところを宮古島では「雨が続くから農作業をやめて縄でも編もうか」となる。という小話を聞いたことがある。それだけ、宮古島諸島の生活は苦しいものだったのだろう。現在では灌漑事業で地下に建設した地下ダムによって水が管理、コントロールされ、農業や生活に必要な水源を確保している。宮古諸島といっても宮古島本島、池間島、大神島、伊良部島、下地島、来間島、多良間島、水納島、では言葉も文化も差異が見られる。特に多良間島は地理的に宮古島から離れている分(宮古島と石垣島の中間あたりに多良間島は浮かぶ)独自の文化、生活習慣を形成している。だが、それは八重山諸島にも言えることで、石垣島とその西側の西表島では気候も自然環境も大きく異なる、さらに最南端の波照間島、最西端の与那国島を有する広範囲にわたる八重山諸島は宮古諸島よりも島々の差異が大きい。
 宮古島の唄者に話を聞くと、本来宮古の歌は集落や島内で歌われ共有されるものであって、他所様に聴かせるものではない。という考え方が長く存在したようだ。確かに言われてみれば、宮古島の唄者として沖縄本島や県外で知られている宮古島の唄者は沖縄本島を拠点にしている方々が多い。三線の伴奏がつくようになったのも八重山よりも遅いと思う。島のアーグや声合が三線の伴奏で歌われるようになって、宮古島の歌はパフォーマンスすることができる手法を得たのではないかと見ている。沖縄本島において宮古島の歌を発信してきた唄者としては、これまで、国吉源次、HIRARA、砂川美香、宮國喜効、古堅宗揮などがいるが、国吉源次の一番弟子であった松原忠之の台頭や、宮古島本島からの直接の発信も徐々に強まってきているように思う。


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