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[2022.9]最新ワールドミュージック・チャート紹介【Transglobal World Music Chart】2022年9月|20位→1位まで【聴きながら読めます!】

e-magazine LATINA編集部がワールドミュージック・チャート「Transglobal World Music Chart」にランクインした作品を1言解説しながら紹介します! ── ワールドミュージックへの愛と敬意を込めて。20位から1位まで一気に紹介します。

※レーベル名の後の [ ]は、先月の順位です。
「Transglobal World Music Chart」は、世界各地のワールドミュージック専門家の投票で決まっているワールドミュージックのチャートです。主な拠点がヨーロッパなので、ヨーロッパに入り込んだワールドミュージックが上位にランクインする傾向があります。

20位 Itzhak Ventura · Aligned 

レーベル:Riverboat / World Music Network [-]

 イスラエルのネイ(アラブ音楽で使われる葦笛)奏者、イツァーク・ヴェントゥーラのデビューアルバム。収録曲はすべて彼のオリジナル楽曲で、彼の個人的な物語をこのアルバムで表現している。
 イツァークは、エルサレム・オーケストラ・イースト&ウェストに所属している。このオーケストラは2009年に設立され、大きく分けると3つの宗教(ユダヤ教、イスラム教、キリスト教)を持つ人々で構成されているイスラエルならではの多文化な特徴を持つ。東洋と西洋の音楽手法を組み合わせ、アラブやイスラムの国々の音階やリズムと、西洋音楽の美学や調和が融合されている楽曲を演奏するとてもユニークな存在。(上記動画二つ目は、日本・イスラエル外交70周年を記念しイスラエル大使館が制作した動画で、このオーケストラのことがとてもよくわかる内容。大変興味深いです!)
 このオーケストラで研鑽してきたイツァークだからこそ表現できている内容で、現代ジャズとネイの音色が見事に融合されたアルバム。ゲストに、アヴィシャイ・コーエンのトリオでも活躍しているパーカッショニストのイタマール・ドアリ(Itamar Doari)、イスラエル・ジャズ・シーンでも活躍しているドラマー、アミール・ブレスラー(Amir Bresler)、世界で活躍するイスラエル出身のピアニスト、ガイ・ミンタス(Guy Mintus)も参加。イスラエル・ジャズシーンの強力なメンバーが彼をサポートしている。
 ペルシャ、トルコ、アラブ製の3種のネイを巧みに吹き分けており、低音、高音とバラエティ豊かである。中東古典民俗音楽とジャズのハイブリッド・サウンドが斬新な作品。

↓国内盤あり〼。

19位 África Negra · Antologia Vol. 1

レーベル:Les Disques Bongo Joe [6]

 赤道付近に位置するアフリカの島国サントメ・プリンシペのグループ、África Negra のアンソロジー作品。本作は彼らの代表曲12曲をセレクトしリマスタリングしたもの。
 África Negra は1970年代初頭に結成され、サントメ・プリンシペでよく知られたグループである。最初の録音は1981年に行われ、アンゴラやカーボベルデ、ポルトガルなどを回るツアーを成功させた。
 サントメ・プリンシペは、かつてポルトガル領であり、サトウキビやコーヒー、カカオの栽培が盛んで、奴隷貿易の中継地点でもあったため、ポルトガル、アンゴラやカーボ・ヴェルデなどから多くの人が流入した。そのような背景から、アンゴラのセンバやカーボ・ヴェルデのコラデイラ、さらにはブラジル音楽やカリブのメレンゲ、コンゴ共和国のリンガラ音楽など、多くの音楽文化が取り入れられ、サントメ・プリンシペ独自のPuxa(プシャ)と呼ばれる音楽が成立した。África Negra は、そこにアフリカ音楽特有のエレキギターによるフレーズを入れ、キャッチーなメロディーと陽気なリズムが組み合わさる魅力的な音楽を展開していた。
 本作は選び抜かれた楽曲が集められているだけに彼らのグルーヴ感やエネルギーがとても感じられる作品。この続編として、ツアーマネージャ―が残していたというスタジオテープからデジタル化された未発表音源もリリースされるという。それも非常に楽しみである!

18位 Catrin Finch & Seckou Keita · Echo

レーベル:Bendigedig [8]

 イギリスのハープ奏者カトリン・フィンチとセネガルのコラ奏者セク・ケイタのデュオ最新作。このデュオとしては、2013年のデビュー作『Clychau Dibon』、2018年作『SOAR』に続く三部作の三作目となり、デュオ10周年を記念した作品。
 前作は好評を博した作品だったが、本作もそれを越えるような作品。さすがデュオ10周年ともなると、ジャンルの垣根を越え二人の呼吸がぴったり合った作品となっている。
 本作の基本テーマは、彼らの関係を、ひとつのシームレスな創造的全体へと発展させることだそう。タイトルの『エコー』は、愛、人間関係、死、記憶の重要性にも焦点を当てている。これらのテーマは、この2年間の世界的な状況を考え、多くの人が考えている大きな実存的なテーマとなっている。
 音色が似ているともいえるコラとハープ、これらの音が重なるとさらに美しく豊かに広がるのが本当に素晴らしい。収録されている曲数は7曲とそんなに多くはないが、各曲が長めとなっていて、美しさを充分に堪能できる。じんわりと心に沁み入る音色が美しい作品。

17位 Master Musicians of Jajouka, Led by Bachir Attar · Dancing Under the Moon

レーベル:Glitterbeat [15]

 ローリング・ストーンズのリーダーだったブライアン・ジョーンズ(1942-69)やオーネット・コールマンといった著名な音楽家たちを魅了したモロッコの神秘的音楽として世界に知られているジャジューカ。しかしモロッコ国内ではほとんど知られていなかったというなんともミステリアスな音楽でもある。精力的にワールド・ミュージックをリリースするドイツのレーベルであるGlitterbeat が、ジャジューカの最新アルバムをリリースした。
 亡くなる1981年までジャジューカのリーダーだったハージ・アブドゥッサラーム・アタールの実息バシールが率いるグループによるこの2枚組は、ジャジューカ音楽の神秘性と精神性を、最高精度を誇る音響機材が忠実に捕らえた大傑作。コロナ禍が始める直前の2019年11月にジャジューカ村で録音され、最新の録音機材を同村に持ち込み様々な伝統音楽スタイルを可能な限り高音質で録音した。使用されているのはガイタ(ダブルリードの木管楽器)、リラ(竹製の笛)、カマンジャ(ヴァイオリン)、ロウタール(リュート)、その他ティベル(両面太鼓)を始めとする打楽器類で、曲によっては祝祭色溢れるヴォーカルもある。もちろん西洋音楽の歩み寄るようなミクスチュアは一切無く、代々受け継がれてきた伝統に則った演奏が、リアルな音質と共に繰り広げられている。恍惚の世界へと導く不思議な魅力に満ちあふれる作品である。

↓国内盤あり〼。

16位 Moktar Gania & Gnawa Soul · Gnawa Soul

レーベル:MusjoMusic / Nuits d’Afrique [7]

 モロッコの港町エッサウイラを拠点に活動するグナワ音楽のアーティスト、モクタール・ガニアと彼のバンド、グナワ・ソウルのデビューアルバム。エッサウィラは、1997年から毎年夏の初めに開催されるグナワ・フェスティバルの開催地であり、まさにそのメッカとも言える街で活動しているグループ。
 モクタールは、数多くの西洋音楽家とコラボレーションし、グナワ音楽を世界的に広め、2015年に亡くなったマフムード・ガニアの弟でもある。家系的にも長い歴史を持つ音楽家の家系を継ぎ、現在のグナワ・シーンで重要な地位を確立している。グナワ音楽には欠かせない弦楽器ゲンブリの名手であり、マアレム(マスター)の称号を持つ。モクタールもまた兄と同様、世界のミュージシャンたちと共演している。
 参加メンバーは、作曲家 / ギタリストのAnoir Ben Brahim、編曲家 / パーカッショニストの Yacine Ben Ali、そしてこれもグナワ音楽には欠かせない鉄製のパーカッション、カルカバ担当の Simo Errabaa 。他にコラ奏者や、ゲストヴォーカルでモロッコ出身のイスラエル人歌手 Neta El Kayam も参加している。
 催眠術にかかりそうなゲンブリの低音の連続、エレキギターのリフ、リズムはグナワ音楽特有でとても魅力的なのだが、楽曲はどれも今までのグナワ音楽よりも洗練された音のような気がする。と思っていたら、ミキシングはグラミー賞を4回受賞したプロデューサーのChris Shawがアメリカで行い、マスタリングはロンドンで行なったという。モロッコ人アーティストとしては初めてメジャーレーベルのプロデュースを受けることになったそうで、ユニバーサル(MENA:中東・北アフリカ地域)からのリリースが決定したとのこと。これがデビューアルバムということだが、今後の活動も非常に期待できるユニットだ。

15位 Päivi Hirvonen · Kallio

レーベル:Nordic Notes [-]

 フィンランド・ヘルシンキを拠点に活動する音楽家/作曲家、パヴィ・ヒルボネンの最新作。2018年にリリースされたソロデビューアルバムとなる前作は、フィンランドの権威ある賞の年間ベストアルバムにもノミネートされたほどとても評価を博した作品だった。今回も前作同様ドイツのレーベル Nordic Notes からのリリース。
 フィンランドの名門音楽大学シベリウス音楽院民族音楽科出身で、音楽家としての活動の他、教師として国内各地でワークショップを行うなど音楽家の育成にも力を注いでいる。ソロ活動だけでなくバンドや他のミュージシャンとのユニットでも国際的に活動している。本チャート7月の10位にランクインしているマイヤ・カウハネンも所属しているバンド Okra Playground のメンバーでもある。(同じバンドのメンバーがソロでそれぞれ上位にランクインしてくるとはすごい!)
 フィドルや、リラを弓で弾きながら歌うのが彼女のスタイル。このアルバムでも、彼女の力強く深みのある歌声とフィドル、リラの音色が美しく絡みあっている。フィンランドの伝統音楽に根ざした彼女のオリジナル楽曲が収録されており、全体的にストーリー性のある構成となっている。インスト曲もあり彼女の演奏も堪能できる。声とフィドル(またはリラ)だけのシンプルな構成なのに、彼女の強さとしなやかさが感じられる作品。

↓同じバンドのメンバーであるマイヤ・カウハネンが10位にランクインした7月の記事はこちら

14位 Fanfara Station · Boussadia

レーベル:Garrincha Gogo [-]

 イタリアを拠点に活動する多国籍トリオ、Fanfara Station の2作目となる最新作。メンバーは、チュニジア出身のマルチ・インストゥルメンタリスト Marzouk Mejri、イタリア在住歴が長いアメリカ人トランペッター/トロンボーン奏者の Charles Ferris、電子音楽DJ/プロデューサー Ghiaccioli e BranziniことMarco Dalmasso 。
 本作品は、メンバーそれぞれの文化を探求する三部作の第一章として構想され、まず Marzouk Mejri のルーツを辿る内容で、チュニジアで現地のアーティストとの共同作業を行い、録音された。チュニジアの黒人社会と深く結びついた音楽ジャンルと言われる「スタンベリ(Stambeli)」をインスパイアした内容となっている。スタンベリはアニミズム(精霊信仰)の音楽であるが、根深い構造的な人種差別により国家はこの音楽ジャンルをチュニジアの文化遺産として扱わず、むしろ異質なものとして扱ってきた。しかし、ここ数年スタンベリに興味を持つ若者が増えているそうで、スタンベリの音楽家たちは、スタンベリ音楽に西洋の楽器を導入し、融合させることで継続性を確保しようとしているという動きもある。
 この虐げられてきた音楽とは一体どういうものなのだろうか?と興味深々で聴き始めたら、悲鳴か?雄叫びか?とも思えるパワー溢れる声からスタート。トロンボーンの音と催眠的なリズム、電子音楽がミックスされ、圧倒的なパワーを感じる。ほとんどの楽曲は、ライブの即興演奏を録音して作られた楽曲で、スタンベリの古典音楽も現代的にアレンジされ収録されている。聴けば聴くほどクセになるアルバム。三部作の第一章というから、今後の二作も大いに期待できる。

13位 V.A. · Wantok Musik Vol. 3

レーベル:Wantok Musik [26]

 オセアニア地域の様々な先住民音楽や文化を支援するオーストラリアの非営利財団で、そのレーベルである Wantok Musik が創立21周年を記念し制作したコンピレーションアルバム。財団が数年にわたり録音した幅広い楽曲全24曲が収録されている。
 財団は現芸術監督の David Bridie と前共同芸術監督の Airileke Ingram によって設立され、オセアニアの先住民の古くからの伝統や多様性、創造性、文化的な豊かさを支援し、国際的に紹介している。オセアニアを代表する音楽レーベルに成長させ、アーティストがチャンスを得て自立できるように、またその育成にも力を注いでいる。
 このアルバムの参加アーティストは、レーベルに見出され今や国際的にも活躍しているミュージシャン(George Telek、Frank Yamma、Kutcha Edwards など)や、これから注目されるだろうというミュージシャンたち。音楽ジャンルもロック、ブルース、ゴスペル、ポリネシアの伝統的なチャントや、先住民の歌のアカペラといったようにとても多様。パンパイプや水の音(!)やウクレレなどその地域ならではの楽器も使われており、音楽的にも非常に豊かである。
 また、過去に開催した複合的なアートプロジェクトで使われた曲も収録されており、音楽やダンス、文化が一体化しているこの財団だからこそリリースできるアルバムと言えよう。オセアニア、メラネシア、ポリネシアの島々やその人々が思い浮かぶアルバムだ。

↓e-magazine LATINA で連載されている小西潤子さんの記事「太平洋諸島のグルーヴィーなサウンドスケープ」を読むと、一層このアルバムの豊さが感じられます。是非ご覧ください!

12位 Lamia Yared & Ensemble Oraciones · Ottoman Splendours / Lumières Ottomanes

レーベル:Analekta [4]

 レバノン生まれでカナダ・モントリオール育ち、現在はモントリオールを拠点に活動している歌手/ウード奏者のラミヤ・ヤレドの最新作。2019年リリースの前作以来、本作が2作目となる。モントリオールの音楽財団、Centre des musiciens du monde の協力のもと制作された。彼女のプロジェクトである「Ensemble Oraciónes」もこの財団に登録されており、ワークショップを行ったり、海外でも公演するなど財団のサポートのもと音楽活動を行っている。
 彼女は、ギリシャ、トルコ、レバノンを旅し、アラブやトルコの古典音楽の著名な巨匠たちと出会い、その地方の歌や、ウード演奏の技術を磨き活動してきた。ギリシャの民謡やギリシャの大衆歌曲であるレベティコ、トルコやアラビアの古典音楽を探求し、オスマン帝国時代にその地域周辺の民族達が何世紀も共存してきたセファルディ音楽をはじめとする音楽、そしてその文化について研究し、それを音に具現化したのがこのアルバムだそうだ。
 セファルディ音楽は、基本的には女性によって歌い継がれてきたもの。結婚式で歌う歌や恋の歌など、日常生活での身近な歌が収録されている。一方で、オスマン帝国の宮廷音楽も収録されており、非常に多様なレパートリーとなっている。演奏しているメンバーも多様で、カナダ出身者だけでなく、シリアやトルコなどの一流ミュージシャンたちが参加している。カヌーンやケメンチェといった伝統楽器からチェロやヴィオラ、クラリネットなど音の彩りがとても豊かである。そしてラミヤの歌もとても美しくて素晴らしい。ラディーノ語、ギリシャ語、トルコ語で見事に歌い上げており、楽曲の豊さを際立たせている。歴史的にも非常に価値があるアルバムといえよう。

11位 Ali Doğan Gönültaş · Kiğı / Gexî / Kegui

レーベル:Ali Doğan Gönültaş [14]

 イスタンブール出身のトルコ系クルド人バンド Ze Tijê のリードヴォーカル Ali Doğan Gönültaş のソロ作品。バンドは2007年に結成され、2015年にデビューアルバムをリリース、現在まで2作品をリリースしている。2018年頃よりソロで活動をはじめ、ソロコンサートも行なっていた。本作がソロアルバムとして初めてのリリースとなる。バンド活動だけでなく、映画音楽の制作や、テレビ番組にも出演するなど、幅広い活動をしている。
 本作のタイトルは、トルコ東部にある彼の生まれ故郷の街の名前だそうだ。彼自身の物語と、この地域の150年の歴史と文化に音楽的、そして言語的な側面からスポットを当て表現しているとのこと。この地方の言語であるザザキ語をはじめ、クルド語やトルコ語でも歌っている。この地方の伝統的な音楽だけでなく、彼が思い描いていた実験的な要素も本作で表現されている。ソロ作品ではあるが、楽器やヴォーカルでサポートメンバーも多数参加している。彼本人のヴォーカルだけでなく、女性ヴォーカルの曲もあり、男声と女声が交互に歌っている曲などバラエティ豊な曲が多数収録されている。トルコの弦楽器であるバーラマや、メイ、ドゥドゥク、ズルナ、クラリネットなどの木管楽器の音色が、彼の世界観にぴったり嵌まっている作品。

10位 Oriental Brothers International Band · Oku Ngwo Di Ochi

レーベル:Palenque [18]

 ナイジェリアの伝説的バンド、オリエンタル・ブラザーズ・インターナショナル・バンドの最新作。1973年にデビューアルバムをリリースし来年で50年を迎えることを記念し、アフロ・コロンビア音楽とアフリカ音楽を専門とするコロンビアのレーベル、PALENQUE RECORDSよりリリースされた。
 ナイジェリアの南東部イモ州の州都であるオウェリを拠点とし、イボ・ハイライフ(西アフリカのポピュラー音楽であるハイライフとイボ族の伝統音楽がミックスされた音楽)系のバンドとして人気があった。パワフルな歌詞と巧みな演奏で知られ、独自のハイライフのスタイルを持ち数十年にわたって活動してきた。結成当時は3人だったが、途中メンバーの加入や離脱などが頻繁に起こった。離脱したメンバーが新たにバンドを結成しバンド名に “オリエンタル・ブラザーズ” を取り入れるなど、結果的には “オリエンタル・ブラザーズ” 系バンドが複数あったという少々複雑な経緯がある。
 創設時のメンバーの1人、Dr Sir Warriorは1999年に亡くなってしまったが、他のメンバーは彼が亡くなった後も昔の曲をライブで演奏するなどして、バンドの名前を継続させている。
 今回は当時のメンバー2名が中心となっている。若いメンバーも加わりリフレッシュされた感じ。彼らのキレキレのギターとヴォーカル、イボ族の伝統的なリズムは未だ健在で、むしろ新しく感じられる。今となっては、かつての複雑な経緯も良い感じに新陳代謝が行われた結果なのかもしれない。ベテラン勢も若手もお互いに刺激し合っているのが感じられる活き活きとしたアルバム。

9位 Minyeshu · Netsa

レーベル:ARC Music [17]

 エチオピア出身のヴォーカリスト、ミネイシュの5作目となる最新作。先月17位でランクインしていたが、今月は9位にランクアップ。
 彼女は歌だけではなく、ダンサーや振付師、プロデューサー、俳優としてもキャリアを築いており、現在はオランダ在住、世界のフェスティバルでパフォーマンスを行なっている。パンデミックでツアーが中止され、時間ができ改めて音楽と向き合い、このアルバムが制作された。タイトル『Nesta』とはエチオピアの公用語であるアムハラ語で「自由」を意味する。身体の一部でもあり、そして自身を自由にしてくれる音楽を探求し、曲を制作しながら自由になるための時間を待っていたそうだ。
 彼女はエチオピアでの学生時代に、エチオピア・ジャズの父と呼ばれる作曲家ムラトゥ・アスタトゥケに出会い、彼の影響を大きく受けた。今回の作品でもそれを感じることができる。ギター、サックス、ドラムなど西洋の楽器の他に、エチオピアの伝統楽器であるマセンコ(1弦の弓奏楽器)やクラル(6弦の竪琴)、ワシント(竹製の管楽器)なども使われ、サウンドが見事に融合されている。また、Tizita(ティジータ:Tezata とも言う)と呼ばれるエチオピア音楽のジャンル(ブルースやバラードに例えられ、多くの人の心を揺さぶるような音楽。言葉としてはポルトガル語のサウダーヂ(郷愁)と同義)の曲も収録されている。聴いたことがある感じだなと思ったら、日本の民謡や演歌と同じように五音音階で作られているそうだ。これもこの Tizita の特徴で、まさに胸がキュンとする感じ。
 ジャズやレゲエをも感じさせるエチオピアのグルーヴ感と、彼女のヴォーカルがとても良い!コーラスで2曲、南アの女性ユニット Afrika Mamas も参加しており歌声に彩りを与えている。聴いているとパワーをもらえ、自由に羽ばたいていきそうになるアルバム。これは名盤です。

8位 Madalitso Band · Musakayike

レーベル:Les Disques Bongo Joe [5]

 アフリカ南東部の国マラウイの二人組、マダリツォ・バンドの最新作。国際リリース盤としては、二作目となる。2019年にリリースされた前作は国内盤としても発売され好評を博した作品だった。
 彼らはマラウイの街角で演奏していたところを発見され、そこからデビューへと繋がった。ババトニ(babatoni)と呼ばれる手作りの一弦ベースを演奏するヨブ・マリグワ、4弦ギター(おそらく元は6弦ギターなのだが…)を弾きながら、これまた手作りの牛革のキック・ドラムを踵で操るヨセフェ・カレケニによるデュオである。ヨブがリードヴォーカルで、ヨセフェがコーラスを担当。ドラムの速いテンポにババトニのアクセントが加わり、素朴ながらも力強さが感じられる。上記動画二つ目の演奏風景に見入ってしまう。シンプルな楽器を使い二人で演奏しているとは思えない音の豊さ、そして何より二人の笑顔がすごく良い!観ていてリズムに引き込まれてしまう演奏だ。(お揃いの衣装が可愛い!)
 彼らはすでに Womex や Womad などでも演奏し、ヨーロッパでもツアーを行なっているそうだ。前作よりもキャリアを重ねているのが、本作のサウンドから感じられる。人柄の良さが演奏に出ているのは変わらないので、そこはずっと変わらず活躍していって欲しい。

7位 Lass · Bumayé

レーベル:Chapter Two / Wagram Music [-]

 セネガル出身で現在はフランス在住のアフロポップ歌手 Lass のデビューアルバム。全て彼のオリジナル作品で、歌詞はセネガルのウォロフ語で書かれている。タイトル『Bumayé』はコンゴのリンガラ語で「彼を殺せ」と意味(「猪木ボンバイエ」 “ボンバイエ” の語源です!)だが、「どうぞ」という意味も持っている。自分を鼓舞しながら、故郷のことを思い、「アフリカのために戦え」というメッセージを込めて付けられたとのこと。
 セネガルでは貧しい暮らしで音楽学校には通っていなかったが、毎日海に向かって歌の練習をし、波よりも大きな声(!)で歌っていたとのこと。音楽をやりたいという夢を持ち2009年に渡仏。渡仏後は、別の仕事をしながら音楽の道を探っていたところ、フランス人プロデューサーの Bruno "Patchworks" hovart と出会い、彼のプロジェクト『Voilaaa』に参加、徐々に道を切り拓いていった。フランスのエレクトロ・デュオ Synapson とも共演し、「Toujours」をリリース、今やプラットフォーム上で400万回以上聴かれている。(上記動画二つ目)
 幼い頃から Omar Pene や Ismael Lô の演奏を見たり、Orchestra Baobab などのアフロ・キューバサウンドに触れながら育ってきた。本作はそんな彼のルーツが色濃く感じられる。エレクトロ、アフロポップ、アフロ・キューバン、レゲエ、セネガルの伝統音楽が、モダンにうまくミックスされている。そして、彼の深く力強い、時には甘いエレガントな歌声が、もうたまらない!彼の故郷セネガルへの愛が強く感じられる作品。ブラジル人女性歌手 Flavia Coelho や、ドイツ出身のSSW/歌手の Patrice もゲストで参加している。
 昨年、今年と各国の音楽フェスに引っ張りだこのようで、今勢いあるシンガーの一人で、今後の活躍がとても期待される。

6位 Leyla McCalla · Breaking the Thermometer

レーベル:Anti- [10]

 ニューヨーク生まれのハイチ系のアフリカ系アメリカ人で、現在はニューオーリンズ在住、SSWでもありチェロ奏者のレイラ・マッカーラの最新作。ソロとして4作目となる。2013年リリースの前作『Vari-Colored Songs: A Tribute to Langston Hughes』は、昨年リイシュー盤がリリースされこちらも好評だった。(2020年12月〜2021年1月で本チャートにランクイン)
 本作は演劇パフォーマンス作品「Breaking the Thermometer to Hide the Fever」のための楽曲が収録されている。このプロジェクトは、ハイチ初の独立系ラジオ局で、1970年代にはハイチ人の多くが話すクレオール語でニュースと解説を伝える唯一の存在だったラジオ・ハイチの物語がベースになっている。政治的抑圧を受けながらも局は存続していたが、2000年にオーナーでありジャーナリストであった Jean Dominique が暗殺されてしまい、その後3年間はなんとか放送を続けたが、2003年には閉鎖せざるを得なくなった。このラジオハイチの貴重なアーカイブがノースカロライナ州のデューク大学に残されており、ステージやアルバムの中で効果的に使われている。
 本作には、レイラのオリジナル作品が多く収録されているが、他にもハイチの活動家/SSWでもあり海外にも亡命経験のあるマンノ・シャルルマーニュや、ハイチ系アメリカ人のギタリスト/作曲家フランツ・カセウスらの曲や、カエターノ・ヴェローゾが亡命中に制作した曲「You Don’t Know Me」なども収録されている。ブルースやクレオールのアクセントがきいている彼女のオリジナル作品と、これらの曲が物語としてうまくマッチしている。ハイチの人々の数世紀にわたる厳しい政治的抑圧や、貧困といった現実の問題、そして活動家たちへの敬意もこの作品で表現している。移民と活動家であるハイチ人の両親の間にニューヨークで生まれた彼女のルーツともなる物語がこのアルバムに込められている。ハイチ人の不屈の精神、抵抗、表現の自由が胸に響く。

5位 BKO · Djine Bora

レーベル:Les Disques Bongo Joe [11]

 マリの五人組ユニットBKOの最新作で、本作が3作目となる。2015年にワールドミュージック・フェス「スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド」で来日(その時のユニット名は BKO QUINTET)、大盛況のステージだった。2017年にリリースされた2ndアルバムも好評を博した作品だったが、本作はそれ以来5年ぶりのリリースとなる。
 BKOとはマリのバマコ空港のコードのことで、文字通りバマコを拠点に活動しているグループ。アフリカ音楽の新世代として注目されている。グリオが使う伝統的な弦楽器ジェリ・ンゴニ、狩りの儀式に使う弦楽器ドンソ・ンゴニを電気増幅させて演奏、そこにジャンベ、パーカッションのリズムセクション、グループのカリスマ的シンガーであるファサラ・サッコの嗄れた声のヴォーカルが加わり、彼ら独自の新しいサウンドを生み出している。
 本作のタイトルは「精霊の出現」という意味。マリの最近の状況は、2020年に軍事クーデターが起こるなど政治的にもとても厳しい状況。マリの精霊たちを彼らの音楽で呼び起こし、マリの政治的危機や貧困など人々の身近の問題に訴えかけようとしている。神秘的でいて、彼らの熱いエネルギーが感じられる。

4位 Oumou Sangaré · Timbuktu

レーベル:World Circuit / BMG [2]

 マリ・バマコ出身のベテラン女性歌手ウム・サンガレの最新作。今月も上位をキープ!
 5年ぶりの作品で、本作が9作目となる。現在のマリ、コートジボワール、ギニアの3カ国の国境が交わる地点を囲み、ワスル川流域にある文化圏および歴史的地域でもあるワスル地方の伝統音楽、ワスル音楽を代表するアーティストでもある。
 1989年に1stアルバムをリリースして以来精力的に活動しており、これまでリリースされたアルバムがグラミー賞のベスト・ワールド・ミュージック・アルバムにノミネートされるなど、大きな評価を得ている。また、アリシア・キーズとテレビ番組でデュエットしたり、同じマリ出身のアーティストAya Nakamura が彼女に捧げる歌「Oumou Sangaré」をリリースしたり、2019年にはビヨンセが映画『ライオンキング:ギフト』のサウンドトラック「Mood 4 Eva」で、彼女の代表作の一つ「Diaraby Néné」をサンプリングするなど、多くのアーティストから慕われている偉大な存在。
 本作はパンデミック中に渡米したところロックダウンとなってしまい、滞在が延長され、その中で生まれた楽曲がほとんどを占めている。同郷の旧知の友人であるカマレ・ンゴニ奏者のママドゥ・シディベとともに楽曲制作を行った。彼女の30年にわたるキャリアの中で一番、音楽、歌詞に向き合った時間だったと言う。
 タイトルの『Timbuktu』は、マリ中部にある砂漠の民トゥアレグ族の都市のこと。崩壊の危機にあるマリの現在の政治状況を憂慮し、かつて栄えたこの都市がマリの象徴である歴史に希望を見出すべく名付けられたそうだ。また、アフリカの悪しき習慣、強制結婚や一夫多妻制などで制限されている女性達の状況も表現している。強く訴えているかのような低くパンチのある声、そして時には女性達に寄り添うような優しさ溢れる声がとても印象的。ワスル音楽の伝統的なリズムと現代的なアレンジがうまく噛み合い、サウンドが心地良い。
 彼女は実業家でもありマリで事業を興し、そこで雇用を生み、また彼女自身の財団を作り生活に困難な女性や子供達を支援するなど、音楽活動だけに留まらず、社会活動にも大きく貢献している。マリはもとよりフランスからも勲章が授与され、ユネスコ賞も受賞、2003年に彼女は国際連合食糧農業機関 (FAO) の親善大使も任命されている。
 彼女の活動、社会的貢献を考えると、本作はヒューマニズムの信念に基づく芸術活動の集大成とも言える説得力のあるアルバムだと言えよう。

3位 Cimarrón · La Recia

レーベル:Cimarrón Music [3]

 コロンビアのグループ、シマロンの最新作で、4作目のアルバムとなる。7月にいきなり1位にランクインし、今月は先月同様3位に。
 ベネズエラからコロンビアにかけての内陸部のオリノコ川流域の平原地帯(ジャノ)の伝統音楽「ホローポ(joropo)」を世界に発信しているグループで、アルパ奏者のカルロス・"cuco"・ロハスとヴォーカルのアナ・ヴェイドーが中心となり2000年に結成された。残念ながらカルロスは2020年に65歳で亡くなってしまったが、現在はアナがリーダーでグループを継続している。2017年には日本でもツアーを行い、各地で大盛況だったことは記憶している。その時国内盤としてリリースされたアルバム『Orinoco』は、2019年国際的にリリースされ、ラテン・グラミー賞にもノミネートされるなど高く評価された。本作は、それ以来の作品となる。
 カルロスが亡くなったため彼の演奏する音はもう聴けないのかと思いきや、本作では彼が亡くなる前に制作準備の作業で残していた音源が一部使われている曲もある!彼を偲んだ曲「Cuco en el Arpa」にもその音源が使われている。
 また、本作ではアマゾン先住民が儀式やコミュニケーションのために使っていた伝統打楽器、マンガレーも使われている。その音は20km先まで聞こえるそうで民族同士の宣戦布告や愛の告白(!)にも使われていたようだ。
 本作のタイトルは訳して「強い女性」。ホローポは男性中心の社会で生まれた音楽のため、女性であることがいかに困難であったかとアナは語っている。この地域において強い女性であること、そしてそれを求める女性たちを認めることをこのアルバムで訴えかけている。
 スピリチュアルなサウンド、22年に及ぶキャリアの中で育んできたテクニックで、伝統的なホローポの枠を超えた表現をしている。大きなレーベルとは組まず、彼ら自身のレーベルからリリースしており、商業的なフォルクローレに対する批判も込めている。カッコイイです。

2位 Vieux Farka Touré · Les Racines

レーベル:World Circuit / BMG [1]

 マリのギタリスト、SSWであるヴィユー・ファルカ・トゥーレの最新作。ソロ名義としては10作目のアルバムとなる。7月19位に初ランクインし、先月1位、今月は2位と上位をキープ!
 2006年に亡くなったマリの伝説的なギタリスト、アリ・ファルカ・トゥーレの息子であり、“サハラのヘンドリックス”として知られている。父親アリと一緒に作り、録音した曲がヴィユーのデビューアルバムに収録され、それが父親最後の録音となった。ヴィユーは、マリの音楽だけでなく他のアフリカ音楽、ロックやラテン音楽などの要素も取り入れ、彼独自のサウンドを発表し、世界各国から高い評価を受けてきた。また、ソロ作品以外にも、アメリカのSSWジュリア・イースタリンやイスラエルのSSWイダン・レイチェルとのアルバムをリリースするなど、ジャンルを超えた活躍を見せている。
 コロナのパンデミックで全てのツアーが中止となり、自宅のスタジオ(亡き父に敬意を表して「Studio Ali Farka Toure」と名付けたそう!)にこもり、ずっと制作活動をして生まれたアルバム。本作のタイトルは「ルーツ」を意味する。亡き父が世界に紹介してきたマリ北部の伝統音楽、ソンガイ音楽のルーツを探求し、彼なりに作り上げた作品。そして本作は、父が自身の作品のほとんどを録音・発表し、そして世界的な知名度を獲得した英国の名門レーベルであるWorld Circuitから初めてのリリースとなった。
 自分のルーツである父の音楽がベースにあり、部族や民族間の緊張により絶え間ない暴力に悩む母国や世界各国において人々が一つになることを切望するために制作された。時代を超えたグルーヴ感、彼自身のアイデンティティが感じられる深い作品。亡くなった父親アリも天国でさぞかし喜んでいることだろう。

1位 Maya Youssef · Finding Home

レーベル:Seven Gates [-]

 シリア出身のカーヌーン奏者マヤ・ユセフの最新作が、いきなり1位にランクイン!本作が彼女のセカンドアルバムとなる。
 カーヌーンは、アラブ音楽で伝統的に使われる撥弦楽器で、台形の共鳴箱に78本の弦を張ったもの。箏のように爪弾いて演奏する。
 シリア・ダマスカスの進歩的な芸術一家に生まれたマヤ・ユセフは幼少の頃から音楽に親しみ、7歳から音楽院で基礎を学んでいた。9歳のある日、音楽院に行くために母親と乗ったタクシーの中で、ラジオから流れてきたカーヌーンの音色に心を奪われ、マヤはこの楽器をやりたいと叫んだが、タクシーの運転手は「これは女の子は弾かない楽器なのだよ」と笑った。その後音楽院でカーヌーンのクラスが開講し参加、それ以来彼女のカーヌーン人生が始まった。12歳の時にシリア全国音楽コンクールで最優秀賞を獲得し、高等音楽院での学士号もカーヌーンを専攻。2007年ドバイでカーヌーンのソロリストとしてデビューしたが、その後より広く国際舞台で活動したいと活動拠点をロンドンに移した。今や「カーヌーンの女王」と呼ばれている。
 2011年にシリア戦争が始まって以来、彼女は他人の作品を解釈するだけでなく、作曲家としても活動を始めた。怒りと絶望が、彼女自身の音楽を創り始めるきっかけとなった。2017年にリリースされた前作のデビューアルバム『Syrian Dreams』では、この戦争によって愛する人や場所を失ったという喪失感や悲しみの激しい感情を表現した。本作では、その激しい感情はいくらか癒やされ、戦争で破壊された故郷を離れ、心の故郷を見つけることを痛切に反映している。「人類」や「世界」が自分の故郷であるということを表現している。
 アラビア音楽の伝統に根ざしているが、ジャズ、クラッシック、フラメンコとの融合も試みており、彼女独特のスタイルが確立されている。カーヌーンの他に、ピアノやストリングスなどの西洋楽器、またフレームドラムとのアンサンブルも堪能できる。カーヌーンの美しく豊かな音色が優しく寄り添い、私達を故郷に誘ってくれるかのような作品。いきなり1位にランクインするのも納得できる内容だ。

(ラティーナ2022年9月)

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