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[2023.6]【境界線上の蟻(アリ)~Seeking The New Frontiers~9】ウルトラズーク (フランス)

文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto

 プログレとワールド・ミュージックというと何だか相性が悪そうだが、実のところそのクロス・ポイントは過去にも数多く、繋がりは深い。例えば、80年代後半のワールド・ミュージック・ブームを牽引した重要バンドのひとつである3ムスタファズ3には、英国プログレのキャメルのメンバーなどが在籍していたし、WOMADの立ち上げやリアル・ワールドの設立によってシーンの隆盛に尽力したピーター・ガブリエルも元ジェネシスのボーカリスト。2000年代以降に目を移してみても、モロッコやブラジル北東部の音楽家とのコラボで話題を集めたシンク・オブ・ワンはベルギーのアヴァン・プログレ界隈から派生したグループだったし、エチオピア音楽とマス・ロックや70年代クリムゾンをかけ合わせたような音で近年に衝撃を与えてきたユーカンダンツもフランスの実験的なプログレ界隈と繋がりを持つ異才集団だった。他にもドイツのエンブリオから分派し、80年代から現役で活動を続ける重鎮ディシデンテン(Dissidenten)なども忘れられないが、そんなプログレとワールド・ミュージックの境界線上で注目しておきたいのがウルトラズーク(Ultrazook)というフランスの3人組である。

 ウルトラズークは今年で結成13年目のバンドで、その名の通りに80年代にカリブ海のフランス語圏から隆盛して爆発的な人気を集めたダンス・ミュージックのズーク(Zouk)を取り入れた変拍子プログレ・バンドという特異なスタイルで活動を続けている。日本では、19年にリリースした初のフルアルバム『Ultra Zook』が一部のプログレ・ファンの間で〝まったく踊れないレコメン系ズンバ〟などと形容されて話題となったが、マリンバ~スティ―ル・ドラムっぽい音色も多用したシンセに、複雑骨折したような変拍子アンサンブルの応酬のなかにも確かにズークからの影響が聴き取れるリズム隊、そして素っ頓狂な裏声によるエキセントリックなボーカルが織りなす奇天烈なトロピカル・グルーヴは、どう聴いても変態的な所業ながら痛快なものだった。フランス語圏の音楽に幅広く注目していれば、80年代以降のルンバ・コンゴレーズからコート・ジボワール発祥のクーペ・デカレ、マグレブのライ、レユニオンの音楽に至るまでと、ズークの影響が極めて広範囲に伝搬したものであることを実感できると思うが、アヴァン・プログレ界隈から本格的に取り組んだ例というのは彼ら以外に知らない。

 そんなウルトラズークから4年ぶりに届けられた通算5作目となる最新作『Auvergnication』は、フランス中南部のオーヴェルニュ地方(自然豊かでヴォルヴィックの原産地としても有名)の伝統音楽との融合をテーマにした作品のようだが、コンセプトに関しては彼ら流のユーモア程度に受け止めておけばいいかもしれない。随所で欧州トラッドっぽい要素が聴き取れはするが、基本的にはこれまでの延長線上にある音で、かなりの本数のライブをこなしながら曲作りにおいてもアンサンブル面においてもより緻密さを増した境地を楽しむことができる。チップチューンというよりは80年代のRPG(ロール・プレイング・ゲーム)のサントラのようなシンセ使いも冴えわたっており、卓球のラリー音を楽曲に取り入れた前作収録の名曲「Ping Pong」と同様に掃除機の音をシンセ・サウンドに練り込んだファニーなアレンジなども健在。同じフランスのレコメン系グループの筆頭格であるエトロン・フー・ルルブランがシンセ奏者を迎えてポップになった後期の楽曲群や、その中心メンバーだったギグー・シュヌヴィエやフェルディナン・リシャ―ルが80年代にソロ名義で発表していたシンセ・ポップ色の強い作品などに通じるところもあり、聴き込むほどに多角的に楽しめる快作となっている。

 ちなみに、彼らの作品を流通させている現行フレンチ・アヴァン・プログレの最重要レーベルであるDur et Douxには、他にも面白いバンドが数多く在籍しているが、その代表格であるPoil(ポアル)もスペイン在住の薩摩琵琶奏者である上田純子とのコラボによるPoil Ueda名義でアルバム『Yoshitsune』(もちろん源義経のこと)をリリースしたばかり。二部構成で「九条錫杖」「壇ノ浦の戦い」と平家物語の世界に真っ向から取り組んだ大作となっており、以前からの日本の雅楽などの古典音楽への傾倒ぶりをさらに本格化させている。こちらはこちらで、軽妙なスタンスのウルトラズークとはまた違ったベクトルでの脱国境的な試みではあるが、興味を持たれた方はぜひ併せてチェックしてみてほしい。

◆ウルトラズークの最新作『Auvergnication』は国内盤あります!


吉本秀純(よしもと ひですみ)●72年生まれ、大阪市在住の音楽ライター。同志社大学在学中から京都の無料タウン誌の編集に関わり、卒業後に京阪神エルマガジン社に入社。同名の月刊情報誌などの編集に携わった後、02年からフリーランスに。ワールド・ミュージック全般を中心に様々な媒体に寄稿している。編著書に『GLOCAL BEATS』(音楽出版社、11年)『アフロ・ポップ・ディスク・ガイド』(シンコーミュージック、14年)がある。

(ラティーナ2023年6月)



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