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[2023.5]【境界線上の蟻(アリ)~Seeking The New Frontiers~8】ティナリウェン (マリ共和国)

文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto

 2000年代以降のアフリカ音楽において、最もセンセーショナルな動きの1つとして注目を集め続けてきたのがサハラ砂漠周辺から台頭してきた〝砂漠のブルース〟。マリ、ニジェール、リビア、アルジェリア、モーリタニアといった国々に分断されながら暮らすトゥアレグ人の間で独立と連帯を促しながら発展してきたその音楽は、着実にアフリカ音楽の勢力地図をも塗り替えてきたが、そのオリジネイターにして絶対王者的な存在として君臨し続けてきたのがティナリウェンだ。70年代末~80年代初頭あたりから活動を開始し、2001年に初のアルバム『The Radio Tisdas Sessions』をリリースして以降は世界中でライブを行いながらワールドワイドな認知度を高めてきた彼らだが、とりわけ2010年代以降のアルバムではUSオルタナ・ロック界の大物をゲストに迎えることが増えてきた。ザッと振り返ってみれば、グラミー賞を獲得した『Tassili』(11年)ではウィルコのギタリストを務めることで知られるネルス・クライン、初の米国録音となった『Emmaar』(14年)ではレッド・ホット・チリ・ペッパーズのジョシュ・クリングホッファー、『Elwan』(17年)ではカート・ヴァイル、そして前作となる『Amadjear』(19年)ではサンO))) のスティーヴン・オマリーといった具合で、いずれも劣らぬキャリアと実力を兼ね備えた鬼才ばかり。その一方で、バンドとしてのベーシックな録音は、『Elwan』ではモロッコ、『Amadjear』ではモロッコからモーリタニアへと南下していく旅を行いながら録音されており、とりわけ前作ではモーリタニアのヌーラ・ミント・セイマリも複数曲で客演に迎えながら、サハラ砂漠周辺の音楽家たちとのコネクションを深めてきた点も聴き落とせない。


 基本的な音楽性には揺らぎはないものの、アルバムを制作するごとに着実にゲストの人選やレコーディング場所などに新たな試みを感じさせてきたティナリウェンだが、4年ぶりに届けられた通算9作目の最新作『Amatssou(アマツー)』は、これまでになく米国のカントリー/ブルーグラスへと接近した新境地を示した作品となっている。もともとは、以前から彼らの熱烈なファンであることを公言してきたジャック・ホワイトの提案で、彼がナッシュビルに所有するスタジオで録音する予定だったようだが、世界的なパンデミックの影響でバンドが米国に入国することが困難となり、リモートでの制作へと変更。ティナリウェン側は、今回の録音場所として世界遺産に指定された古代の洞窟壁画で知られるタッシリ・ナジェール国立公園にほど近いアルジェリア南東部のオアシスであるジャネットに即席のスタジオを構え、共演を予定していたナッシュビルの音楽家たちはリモートで音を重ねることになった。また、米国側からは、U2やブライアン・イーノなどの作品を手がけてきた名プロデュ―サーとして知られ、自身名義でも幽玄なアメリカーナ・サウンドを追求し続けるダニエル・ラノワもLAから2曲でペダル・スティ―ル奏者として客演しており、音響面も含めて個性を発揮している。


 ホワイトが信頼を置くコラボレイタ―であるウェス・コルベットのバンジョーが効果的に加わったアルバム冒頭曲の「Kek Alghalm」から幕を開ける『アマツー』は、ナッシュビル録音こそ実現しなかったものの、結果として砂漠のブルースとアメリカーナ・サウンドの〝接点〟を改めて聴き手に意識させる作品に仕上がっている。これまでのアルバムと同様に、ティナリウェンの佇まいにはそれほど大きな変化はないのだが、今回はサハラ砂漠の中に、例えば映画『パリ・テキサス』や『バグダッド・カフェ』に描かれている米国の砂漠もチラチラと見えてくる、とでも言おうか。ある意味で、彼らを敬愛する米国の音楽家たちとのコラボを続けてきたこの10年ほどの作品群の流れのひとつの到達点と呼んでもいい境地を聴くことができる。存在感という点では、やはりダニエル・ラノワが加わった2曲が際立っているが、米国側からの最大の功労者は14年作の『Emmaar』にも参加していた、マルチ奏者のファッツ・カプリンだろう。ヴァイオリン、ペダル・スティール、バンジョーを駆使しながら6曲で好サポートをみせているカプリンは、プロフィールを確認すると中東やトルコの弦楽器も演奏できるワールド・ミュージック的な資質も併せ持った才人であり、ティナリウェンの音に寄り添いつつもそこに米国音楽のエッセンスを巧みに注入することに成功している。特に、マルチ奏者ぶりも発揮したアルバム後半曲における貢献は、彼の存在なくして今作はなかったと確信させるに充分だろう。

 そんなアメリカーナへの接近の一方で、ジャネットに設立した即席スタジオへの機材提供でも貢献したアルジェリア南部を拠点とする砂漠のブルース系バンドのイマルハンのメンバーや、パリからリモートで録音に参加したグナワ・ディフュージョンにおける活躍でも知られるカビール人打楽器奏者のアマ―ル・シャウイなど、サハラ側のサポート・メンバーの好演も聴きもの。また、ジャネットに関しては、90年代後半から現地に定期的に足を運んで滞在してトゥアレグの人々と深い交流を築いてきたデコート豊崎アリサの名著『トゥアレグ~自由への帰路』(イースト・プレス)に重要な場所の1つとして何度も出てくるので、興味を持たれた方はぜひご一読を。


解説書と歌詞対訳付きの国内盤もリリース!(6/2リリース)
LPは通常盤 (ブラック・ヴァイナル) に加え、限定盤 (ホワイト・ヴァイナル) でも発売予定

そして、6年振りの来日公演も決定!(2023年12月 東京、大阪)


吉本秀純(よしもと ひですみ)●72年生まれ、大阪市在住の音楽ライター。同志社大学在学中から京都の無料タウン誌の編集に関わり、卒業後に京阪神エルマガジン社に入社。同名の月刊情報誌などの編集に携わった後、02年からフリーランスに。ワールド・ミュージック全般を中心に様々な媒体に寄稿している。編著書に『GLOCAL BEATS』(音楽出版社、11年)『アフロ・ポップ・ディスク・ガイド』(シンコーミュージック、14年)がある。

(ラティーナ2023年5月)


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