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[2023.5] 【映画評】 『EO イーオー』 ⎯⎯ 1頭のロバに導かれて覗き見る、人間の心の深淵。その唯一無二の映像体験に心が震える。

1頭のロバに導かれて覗き見る、人間の心の深淵。
その唯一無二の映像体験に心が震える。

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文●あくつ 滋夫しげお(映画・音楽ライター)

 EO(イーオー)とは、本作の主人公であるロバの名前だ。主人公と言っても擬人化されて話すわけではなく、ドサ廻りの小さなサーカス団で普通の動物のままのロバとして、可憐なカサンドラとコンビを組んで客席を魅了している。心優しいカサンドラが深い愛情を注ぎ、親身に世話を焼いているEOは、とても幸せそうに見える。しかし動物愛護団体の「調教は拷問だ」という過剰な反対運動を受けて、市はサーカス団から全ての動物を没収し、EOとカサンドラにも突然の別れが訪れる。そしてそこから、EOの数奇な運命の旅路が始まるのだ。

『EO イーオー』
5月5日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ他にて全国ロードショー
© 2022 Skopia Film, Alien Films, Warmia-Masuria Film Fund/Centre for Education and Cultural Initiatives in Olsztyn, Podkarpackie Regional Film Fund, Strefa Kultury Wrocław, Polwell, Moderator Inwestycje, Veilo ALL RIGHTS RESERVED

 監督はカンヌ、ベルリン、ヴェネチアの三大国際映画祭で何度も受賞を果たしている、ポーランドが世界に誇る名匠イエジー・スコリモフスキだ。『イレブン・ミニッツ』(15)以来7年ぶりの新作で、カンヌ国際映画祭で審査員賞と作曲賞を受賞し、アメリカのアカデミー賞では国際長編映画賞にノミネートされている。そして本作はEOの目を通して人間の様々な営みが浮かび上がってくるロードムービーで、観客はEOと行動を共にしながら人間が抱える真の姿を、衝撃を持って目撃することになる。

 本作はロバが主人公で、セリフは全体的に少なくナレーションも一切ないので、映像に語らせる割合が大きい。スクリーンにはEOの瞳に映った光景だけでなく、EOの内面に浮かぶ心象風景までもが映し出される。それは随所に現れる赤く染まったシーン(冒頭では黒地に白抜きの文字やロゴマークが少しずつ赤に移行し、遂には真っ赤な照明の中にEOとカサンドラが蠢く姿をカメラが捉える)を基調としつつ、ドローン撮影や逆再生の映像を効果的に使ったオリジナリティ溢れる多彩な表現が斬新で、観る者に鮮烈な印象を残す。何よりシンメトリーや俯瞰を多用した構図と逆光を上手く取り込んだきらめく映像が美しく、何度も息を飲む魔法のような瞬間を味わうことが出来る。

『EO イーオー』
5月5日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ他にて全国ロードショー
© 2022 Skopia Film, Alien Films, Warmia-Masuria Film Fund/Centre for Education and Cultural Initiatives in Olsztyn, Podkarpackie Regional Film Fund, Strefa Kultury Wrocław, Polwell, Moderator Inwestycje, Veilo ALL RIGHTS RESERVED
『EO イーオー』
5月5日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ他にて全国ロードショー
© 2022 Skopia Film, Alien Films, Warmia-Masuria Film Fund/Centre for Education and Cultural Initiatives in Olsztyn, Podkarpackie Regional Film Fund, Strefa Kultury Wrocław, Polwell, Moderator Inwestycje, Veilo ALL RIGHTS RESERVED

 EOは基本的に無表情で、むしろそれが深く澄んだ瞳の無垢な美しさを際立たせている。そんな眼差しで人間たちの様々な善行や悪行を見つめるEOは、場面場面で喜びや悲しみ、不安や恐怖、そして諦めなどの感情が、その繊細な瞳から自然に伝わってくる。それは極端な瞳のアップや身体の動きなどカットの瞬間的な切り取り方や、人間の行動や感情が現れた前後のカットとの繋がりなど、撮影や編集の高度な技術を含む総合的な演出の力によるものであり、スコリモフスキ監督の的確な表現に唸らされるばかりだ。

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