見出し画像

[2023.8]【境界線上の蟻(アリ)~Seeking The New Frontiers~11】シルビア・ペレス・クルス(スペイン)最新作『Toda la vida, un día(人生のすべて、ある日)』

文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto

 スペイン発の女性シンガーといえば、最近ではやはりダンサブルな音楽性に転じて汎スペイン語圏を制するポップ・ディーヴァとなったロサリア(Rosalia)の躍進が目を引いてきたが、同じくフラメンコを起点としながら2010年代以降に独自のスタイルを確立してきた歌い手としては、方向性はまったく違うがシルビア・ペレス・クルスも忘れることはできない。83年にカタルーニャ州に生まれ、国内外で高い評価を集めた4人組女性フラメンコ・ユニットのラス・ミガスでの活動を経てソロとなった彼女は、現代カタルーニャを代表する歌姫として、日本においてもハイブリッドなジャズや静謐なブラジル音楽などを好む聴き手からもジャンルレスに支持されてきたが、所属レーベルをユニバーサルからソニーに移して発表された最新作『Toda la vida, un día(人生のすべて、ある日)』は、タイトル通りにアルバム1枚で人生の始まりから終わり、人の営みの循環を表現したような大作。パンデミックの中で命の尊さについて改めて考え、5つの楽章に分けられた全21曲を重厚な合唱団や管弦アンサンブル、地元のスペインや隣国のポルトガルに、南米、メキシコ、キューバからも豪華なゲストを迎えつつ練り上げていった本作は、これまでにないスケールで聴く者に迫る圧巻の内容となっている。

 小さな花が開くような幼少期から、成長を遂げつつ個性を確立していく青年期、そこから大きく羽を伸ばす成熟期、死へと向かう晩年を経て、新たな再生の時へ…。チャプターに沿ってアルバムの流れをザッと説明すればこのようになるわけだが、サウンド面でも各章ごとに象徴的なゲストを配置しながらフラメンコ、南米フォルクローレ、フィーリン、ボレーロ、ジャズ、ヨーロッパ周縁の多彩な音楽を包括しながら進んでいく壮大な音絵巻は、汎スペイン語圏ポップスの今を1枚に凝縮したかのよう。フラメンコ・ギターの名手ペペ・アビチュエラや歌手のディエゴ・カラスコに、アカ・セカ・トリオでもお馴染みのフアン・キンテーロ、現代メキシコを代表する歌い手となったナタリア・ラフォルカデ、深みを増した歌声でとりわけ存在感を示すアルゼンチンンのリリアナ・エレーロ、ポルトガルのサルヴァドール・ソブラルやマロ、同郷の才媛トロンボーン奏者&シンガーのリタ・パイエスまで。現在40歳を迎えたシルビアの同世代、ベテラン、気鋭の若手たちを各国から迎えた客演陣の並びだけでも画期的だが、アルバム全編において活躍するコルシカ島やブルガリアのポリフォニーを想起させる荘厳な合唱団、クラシカルな弦楽アレンジ、自身もサックスを手にしての管楽器アンサンブルも綿密に練り込まれたものとなっており、起伏に富んだ音の連続で一篇の映画のようなストーリーを描いている。また、MVもアイスランドに赴いて撮影されたリリアナ・エレーロとの共演曲を筆頭にアルバムと同様に凝った作りのモノが複数制作されており、本作への並々ならない意気込みを感じることができる。

 現在のシルビア自身を本作に投影してみれば、ちょうど第三章の始まりのあたりに位置付けられると言えるかもしれない。従来のインティメイトな路線からは、一歩やや違う場所へと踏み出したような印象もあり、そこは賛否を分けるところだろうが、よりスケールの大きなシンガーへとさらなる深化を遂げていく起点のような作品になるのではないかと個人的には思える。もちろん重厚と呼ぶ他ない大作ではあるが、キャリアの集大成的な作品というよりは、ここからまた新たなシルビア・ペレス・クルスが始まるという予感や可能性が不思議と全編から聴き取れるというか。彼女の音楽の旅にまだまだ終わりがないことを確信させる点にこそ魅力を感じる。アルバムという表現フォーマットに手間をかけ過ぎることが様々な意味でリスキーなものとなってきている昨今において、ここまでトータル性が高く作り込まれた作品を完成させてきたこと自体にも敬服させられるが、人生の成熟期に差しかかったところで、より高いハードルを設定してパンデミックの困難の中でそれに向かっていった姿勢に心を打たれるようなアルバムとなっていることが、この人の器の大きさを物語っている。これまでの歩みやルーツを改めて総括するとともに、これから向かう先や未来を照らし出したような、人生のターニングポイントに築き上げた大作。カタルーニャから汎スペイン語圏へと射程圏を拡げ、尽きることのない音楽の大海原へと果敢に乗り出していくだろう今後の彼女の〝新章〟に引き続き期待したい。

吉本秀純(よしもと ひですみ)●72年生まれ、大阪市在住の音楽ライター。同志社大学在学中から京都の無料タウン誌の編集に関わり、卒業後に京阪神エルマガジン社に入社。同名の月刊情報誌などの編集に携わった後、02年からフリーランスに。ワールド・ミュージック全般を中心に様々な媒体に寄稿している。編著書に『GLOCAL BEATS』(音楽出版社、11年)『アフロ・ポップ・ディスク・ガイド』(シンコーミュージック、14年)がある。

(ラティーナ2023年8月)


ここから先は

0字

このマガジンを購読すると、世界の音楽情報誌「ラティーナ」が新たに発信する特集記事や連載記事に全てアクセスできます。「ラティーナ」の過去のアーカイブにもアクセス可能です。現在、2017年から2020年までの3.5年分のアーカイブのアップが完了しています。

「みんな違って、みんないい!」広い世界の多様な音楽を紹介してきた世界の音楽情報誌「ラティーナ」がweb版に生まれ変わります。 あなたの生活…