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[2023.1]最新ワールドミュージック・チャート紹介【Transglobal World Music Chart】2023年1月|20位→1位まで【聴きながら読めます!】

e-magazine LATINA編集部がワールドミュージック・チャート「Transglobal World Music Chart」にランクインした作品を1言解説しながら紹介します! ── ワールドミュージックへの愛と敬意を込めて。20位から1位まで一気に紹介します。

※レーベル名の後の [ ]は、先月の順位です。
「Transglobal World Music Chart」は、世界各地のワールドミュージック専門家の投票で決まっているワールドミュージックのチャートです。主な拠点がヨーロッパなので、ヨーロッパに入り込んだワールドミュージックが上位にランクインする傾向があります。

20位 Mahsa Vahdat & Skruk · Braids of Innocence

レーベル:Kirkelig Kulturverksted [-]

 イラン人女性歌手 Mahsa Vahdat 、ノルウェーの合唱団 SKRUK 、ノルウェーのハープ奏者 Ellen Bødtker による最新作。
 Mahsa Vahdat は、1973年テヘラン生まれ。テヘラン芸術大学で音楽の学士号を取得し、ペルシャの伝統音楽を様々な師匠から学んできた。ペルシャの古典音楽や声楽の伝統に根ざしつつも、現代的で革新的な表現を反映、個性的な演奏スタイルを確立している実力派歌手。海外のアーティスト達と多くコラボレーションを行い、国際的にも活躍している。姉のMarjan Vahdatも歌手であり、共演も多数行っている。(姉 Marjanも本チャート2022年5月の1位にランクインしている)姉妹はノルウェーのレーベル Kirkelig Kulturverksted と契約しており、本作もこのレーベルからリリースされている。
 本プロジェクトは3年前から構想されており、昨年の8月に実際に録音された。Mahsaがメロディーを作り、彼女の夫であるイラン系アメリカ人の音楽家・作曲家の Atabak Elyasi が合唱団のために作詞と編曲、メロディーを追加で書き、プロデューサー Erik Hillestad が、詩を英語に翻訳した。他にも古典のルーミーや現代詩人の詩も本作に収録されている。タイトルは直訳すると「無垢の三つ編み」。
 昨年の9月、ヒジャブ着用を義務づける法律に違反したとして、22歳の女性がテヘランで道徳警察に逮捕・拘束され、その後死亡した。これはイラン人女性の怒りに火をつけることとなり、三つ編みは女性たちの自由のシンボルとされた。亡くなった女性もヒジャブの下に三つ編みをしている写真が公開されている。録音したのもタイトルを付けたのもこの事件の前のことであるが、偶然が重なり本作は注目されることとなった。Mahsa と合唱団の女性メンバーは、抗議と連帯のため髪を切る動画を制作し、世界的にも拡散されている。
 アルバム収録曲は、Mahsaのソロ歌唱とEllenのハープの音、そしてそれを支えるかのように合唱団のコーラスが重なる。彼女の歌の表現力が実に見事で、女性たちの苦しみを代弁しているかのようだ。とても美しく、希望や真っ直ぐなメッセージが強く伝わる音となっている。SKRUKの指揮者は、本作を「音色の絵画」と表現している。まさに絵画のごとく心に響く音色だ。

19位 Angelique Kidjo & Ibrahim Maalouf · Queen of Sheba

レーベル:Mister Ibé [8]

 本チャートでもおなじみ、アフリカ・ベナン出身の歌姫アンジェリーク・キジョーと、レバノン・ベイルート出身でフランス在住のトランペッター/作曲家/マルチインストゥルメンタリスト、イブラヒム・マーロフによる初のコラボ作がランクイン。
 本作は、ヘブライ語の聖典や新約聖書、コーラン、ヨルバ族の言い伝えなどに登場するシバの女王マケダとソロモン王のエルサレムでの出会いの伝説がテーマとなっている。伝説では、シバの女王はソロモン王にいくつかのなぞなぞを尋ねたとされている。アンジェリークがイブラヒムと出会った時に、そのなぞなぞのいくつかをイブラヒムに話したところ、それがあまりにも詩的だったため、それら一つ一つに曲を付けることを思い付いたそうだ。アンジェリークはシバの女王とソロモン王の愛の物語を伝える7つのなぞなぞを選び、新たな解釈を加えた詩をヨルバ語で作り、そしてイブラヒムはこれらの詩を音楽に変換し、アフリカのグルーヴと中東の音階やメロディーをミックスした楽曲を作り上げた。
 イブラヒムは、彼の父が開発した四分音を出すことができる “微分音トランペット” を用いる世界唯一のトランペット奏者として知られている。この微分音トランペットと、オーケストラの演奏、そしてアンジェリークの力強くも魅力的なヴォーカルが見事にミックスされ、この物語を壮大なものにしている。芸術的なコラボレーションが堪能できるアルバム。

18位 Meral Polat Trio · Ez Kî Me

レーベル:Meral Polat / AudioMaze [26]

 トルコ系クルド人のルーツを持つオランダ人女性、Meral Polat がメインのトリオ Meral Polat Trio によるデビューアルバム。彼女は俳優でもあり、舞台やテレビ、映画などに主演し活躍してきた。パンデミックになり外出禁止になったことで音楽活動を始め、バンドを結成することになった。ギターとピアノにアメリカ出身のChris Doyle、ドラムにプエルトリコ出身のFrank Rosaly、Meral はヴォーカルとパーカッションを担当し、三人とも現在はオランダに在住している。
 本作では、Meral がクルド語とトルコ語で歌い、彼女自身による歌詞と、彼女の父、故Ali Ihsan Polat の詩も使われている。アルバムタイトルはクルド語で、直訳すると「Who am I ?(私は誰?)」。彼女自身のルーツを辿り、トルコ地方の民族音楽と現代の曲が融合した彼ら独自の多国籍な音楽を表現している。アナトリアン・ロックを思わせるロック調の強いギタープレイの楽曲で始まり、ブルースを思わせる抒情的な楽曲や、メランコリックな楽曲、力強いグルーヴィーな楽曲など、多彩な楽曲が収録されている。俳優だからか表現力がとても豊かで、何より彼女の歌声が楽曲といい具合にマッチしており聴いていてとても心地よい。国籍、時間を超えた音楽の旅ができる、三人独特の作品。

17位 VRï · Islais a Genir

レーベル:Bendigedig [15]

 ウェールズ出身の若手音楽家トリオ VRï のセカンドアルバム。2018年にデビューアルバム『Ty Ein Tadau』をリリース、数々の賞を受賞し好評価を得た。本作はそれ以来の作品となる。フィドル(ヴァイオリン)、ヴィオラ、チェロによる弦楽トリオで、ウェールズ語と英語で歌っている。
 彼らの出身地ウェールズでは、ラグビーソング、男声合唱団などが盛んで「歌の国」と言われている。メンバーそれぞれが小さい頃からウェールズの伝統音楽や賛美歌などと触れ合う環境で育ち、音楽大学に進学。大学卒業後はウェールズの伝統音楽のシーンで活躍し始めた。フィドル担当のパトリック・ライムス(Patrick Rimes)は、人気グループ Calan の創設メンバー、チェロ担当のジョーダン・プライス・ウィリアムズ(Jordan Price Williams)は、コントラバス、ウェールズ・バグパイプ、ハルモニウムなども演奏しウェールズの伝統音楽グループ Elfenと No Good Boyo のメンバー。フィドル担当のアネイリン・ジョーンズ(Aneirin Jones)も No Good Boyo のメンバーで、そして、3人はウェールズの伝統音楽とロックやファンク、ラップ等を演奏する若手人気グループ Pendevig のメンバーでも活動している。各々で活動していたが、3人で一緒演奏したのは2014年12月、テレビのショー番組でだった。ユニット名 VRï とは直訳すると「上へ」という意味だが、高揚感や軽さ、浮遊感といった意味合いも含んでいる。自分達の音楽を「ボーカルと楽器の室内楽」と表現し、ドラムやキーボードなどの楽器は一切使用せず、弦楽器と彼らの声とハーモニーのみのシンプルな構成となっている。長く抑圧されてきたウェールズ語を使い、ウェールズの伝統的なメロディーを独自に解釈、彼らのアイデンティティや多様性の尊重などを音楽で表現している。本作品では、詩人で歌手の Beth Celyn も朗読、ゲストヴォーカルで参加、女性の地位向上や文化の自由などのメッセージを織り込んでいる。
 実力派メンバーのユニットだけあって、弦楽器のハーモニーはさることながら、歌のハーモニーもすごく美しく、とてもメランコリック。シンプルな構成だが決して単調ではなく、若いエネルギー、高揚感を感じられる作品。このようなバンドがいくつも存在するのなら、ウェールズ伝統音楽の未来は明るいだろう。

16位 Jake Blount · The New Faith

レーベル:Smithsonian Folkways Recordings [40]

 アメリカ合衆国東北部ニューイングランド地方にあるロードアイランド州プロビデンスを拠点に活動するアフリカ系アメリカ人アーティスト、ジェイク・ブロウントのソロ二作目の作品。アーティストだけでなく、研究者としても知られており、スミソニアン協会、バークリー音楽大学などアメリカ国内外で自身の研究結果を発表している。
 1995年生まれの27歳で、2013年に大学入学すると、アフリカ系アメリカ人の伝統音楽についての研究をスタート。大学在学中の2016年に、伝統的なコンテストであるアパラチアン・ストリングバンド音楽祭(通称Clifftop)で、彼のバンド “The Moose Whisperers” が優勝、オールド・タイム音楽(アメリカの伝統音楽で、フィドル、バンジョー、ギターなどで演奏し、アイルランド音楽とも似た音楽)の世界で知られるようになった。大学卒業後に本格的に音楽活動をスタートさせ、2017年フィドル奏者のタチアナ・ハーグリーヴスとユニット Tui を組み、デビューEPをリリース、本格的にツアーを行った。2020年5月にファーストアルバム『Spider Tales』をリリースし、多くのメディアで高評価を得た。本作はそれ以来の作品となる。
 本作はロックダウン中に構想、制作されたもので、「気候変動で世界の大半が住めなくなった後、黒人伝統音楽はどのように聞こえるだろうか?このコミュニティはどんな神を賛美し、どんな物語を語るのだろうか?」ということを想定し制作された。古いゴスペルや17世紀に採譜されたアフリカ人奴隷たちの労働歌など伝統的な曲を、彼なりの独自の解釈でアレンジ。ハンドクラップ(手拍子)やコール・アンド・レスポンス形式による歌唱も交え表現している。宗教的でスピリチュアルな音楽であるのだが、ラップを交えるなど現代的。フィドル、バンジョー、パーカッションというミニマムな構成が黒人伝統音楽に宿る真の力を証明している。実力派若手アーティストによる力強い作品。本作も今後の作品も大いに期待できる。

↓国内盤あり〼。

15位 Taraf Syriana · Taraf Syriana

レーベル:Lula World Records [-]

 シリアの民族音楽に影響を受けたカナダ在住の4人の音楽家によるユニット Taraf Syriana(タラフ・シリアナ) のデビューアルバム。シリア内戦の戦火を逃れカナダに移住したシリア人音楽家、Naeem Shanwar(カヌーン)、Omar Abou Afach(ヴァイオリン・ヴィオラ)を始め、モルドバ出身のアコーディオン奏者 Sergiu Popa、スイス人チェリスト Noémy Braun による構成。彼らはシリアやその近隣諸国の民族音楽を専門にしており、メンバーの中には教鞭を取っているものもいる。パンデミックの最中に結成され、リハーサルはリモートで、初コンサートはオンラインで開催された。
 本作には、シリアや中東の少数民族の伝統的な歌や、ロマの歌、そして彼らのオリジナル楽曲などが収録されている。シリアで最も有名なロマの音楽家 Mohammed Abdul-Karim (1911-1989) が作曲したタンゴの楽曲も収録されており、この地域の民族音楽が多様性に溢れていたことがよくわかる。 
 ゲストヴォーカルに、ロマのギタリスト/歌手の Dan Armeanca、カナダで俳優やミュージシャンとしても活躍しているシリア人 Ayham Abou Ammar が参加し、楽曲に彩りを与えている。また、チェロは本来4弦なのだが、2弦を追加し6弦のものを使用。シタールや東地中海の弓奏楽器ケメンチェ、リュート、ギンブリなどの音をチェロで表現したくて使用しているそうだ。カヌーンとチェロ、ヴァイオリンの弦楽器と、アコーディオンの音の組合せがとても絶妙で素晴らしい。シリアは古くから文化や文明、民族が交差する場所だったということがよくわかる作品。様々な民族的、音楽的背景を持つ音楽家たちによる多様で豊かなアンサンブルが堪能できる。

14位 Eliades Ochoa · Vamos a Bailar un Son (Special Edition)

レーベル:World Circuit / BMG [7]

 ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのメンバーで、歌手/ギタリストのエリアデス・オチョアの最新作。2020年にリリースされていたが、2022年秋から始まるヨーロッパツアーに向けて再リリースされたため、11月に8位に初ランクイン。先月は7位、今月も14位をキープ。
 本作は、キューバ・トローバの作曲家ニコ・サキートや、メキシコを代表する作曲家アグスティン・ララといったラテンアメリカの重要な作曲家の楽曲をエリアデスが再解釈したもの、さらにエリアデス自身が作曲した楽曲が収録されている。キューバのトローバ歌手パブロ・ミラネスや、スペインのフラメンコ歌手 Argentina もゲスト歌手で参加している。ソンやトローバなどキューバ満載のアルバムとなっている。
 アルバム『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』から25年。近年では、彼のキャリアを描いたドキュメンタリー映画が2018年に公開され、世界の映画祭で紹介されたり、またスペインの若手ラッパー C.Tanganaとコラボしたり、そして現在はヨーロッパツアー中、といまだ精力的に活動している。
 ギターの音色も美しく、パワフル、またしっとりと歌いあげている76歳には脱帽。40年以上にわたる彼のキャリアをがっつり堪能できる作品。まだまだ元気で頑張ってほしいアーティストだ。

13位 Wesli · Tradisyon

レーベル:Cumbancha [9]

 ハイチ出身、現在はカナダ在住のソングライター/ギタリスト/プロデューサーである Wesli の6作目のアルバム。
 1980年ハイチの首都ポルトー・プランス生まれ。8人兄弟で、裕福とは言えなかった家庭に生まれたが、音楽が生活の一部であった。2001年カナダ政府主催の奨学金コンテストで優勝しカナダのモントリオールに移住、アレンジとパーカッションを学びながら様々なアーティストの作品に参加していた。2009年にデビューアルバム『Kouraj』をリリース、以降4枚のアルバムをリリースした。2018年にリリースしたアルバム『Rapadou Kréyol』は高く評価され、2019年カナダのJuno賞(ワールドミュージックアルバム部門)を受賞した。本作はそれ以来の作品となる。
 自身のルーツに立ち返り、ハイチの伝統の隠された側面を探るべく彼は数年かけて旅に出た。何百年も前にハイチに持ち込まれたアフリカの言葉の歌を学ぶためにハイチのブードゥー教信者の集会所やコミュニティグループを訪れたり、ハイチの民族楽器などのテクニックを研究した。本作では、その成果が結集された作品となっており、ハイチの過去を語り、未来を想像する2部作の1枚目としてリリースされたもの。ヴードゥー教のカーニバル音楽「ララ」やレゲエなどハイチ音楽の幅広く伝統的なジャンルに、エレクトロニック、アフロビート、ソウル、ファンク、ヒップホップなどを融合させ、とても魅力的な楽曲を作り出している。また、ハイチのルーツともなるアフリカの文化とも見事に融合、ハイチの豊かな音楽史に敬意を表し、その魅力を余すところなく伝えている。2部作の2枚目もぜひ聴いてみたい!

↓国内盤あり〼。(日本語解説付き)

12位 Lucas Santtana · O Paraíso

レーベル:Nø Førmat! [-]

 ブラジル・サルヴァドール出身のSSW、ルカス・サンタナの最新作。2019年リリースの前作同様パリのレーベル NO FORMAT! からのリリースで、本作が9作目となる。
 タイトル『O Paraíso』とは「楽園(パラダイス)」のこと。パンデミック中に構想された内容で、我々に「楽園はここにある」という発想の転換を促している。自然の美に対する感覚が、実は普遍的なものであるということからインスピレーションを得たそうだ。近年の地球環境問題についての危機へのメッセージも込められいる。
 ルカス自身のギターに、Zé Luís Nascimento のパーカッション、日本に来日したこともあるチェリスト Vincent Segal のチェロなどが加わり、フランス在住のミュージシャンたちが参加している。ブラジル人女性歌手Flavia Coelho、フランスのバンド L'Impératrice の女性歌手 Flore Benguigui もゲストヴォーカルで参加。
 ほとんどの楽曲がルカスによるオリジナル作品だが、カバー曲2曲収録されている。1974年にリリースされた Jorge Ben Jor の曲「Errare Humanum Est」と、のちにセルジオ・メンデスもカバーしたビートルズの「The Fool on the Hill」で、本作のコンセプトに合わせて選んだようだ。
 カポエィラやマラカトゥのリズムが感じられる楽曲から本作は始まり、ルカスの世界が広がっている。根底にはブラジルのリズムが感じられ、ジャズやエレクトロニクスがミックスされた独創的なサウンドとなっている。シリアスな内容を扱い、哲学的な内容となっているが、彼の柔らかい歌声や人柄からなのか、繊細で、洗練されたエレガントな作品に仕上がっている。フランス語やスペイン語(これがまたボサノヴァ風で不思議な感じだが良い!)で歌っている曲もあり、ブラジルだけでなくヨーロッパに向け作られていることも推察される。パリのレーベルからのリリースだから本チャートにランクインされたのだろうが、ブラジル音楽としての完成度はとても高い!ルーカスの父親はトン・ゼーの従兄弟で、ジルやカエターノと共にトロピカリアを創ってきたプロデューサーの Roberto Sant'Ana(ホベルト・サンタナ)。まさにトロピカリアの継承者であると言える素晴らしい作品。

11位 Derya Yıldırım & Grup Şimşek · Dost 2

レーベル:Les Disques Bongo Joe [-]

 2014年に結成された5人組(現在は4人で活動)ユニット、デリヤ・ユゥドゥルム&グループ・シムシェクの3rdアルバム。2021年にリリースされた『Dost 1』に続く二部作のアルバムとしてリリースされた。
 メンバーは80年代から90年代生まれで、トルコ、ドイツ、イギリス、フランス出身と多国籍な構成。それぞれベルリン、コペンハーゲン、南仏に暮らしており、コンサートやレコーディングの時に集まって活動している。アルトゥン・ギュンなどに続き、トルコ/アナトリアのフォークやロック、サイケデリア、ポップスを演奏するグループとして注目されている。
 タイトル「Dost」はトルコ語で「友達」のことを意味する。このアルバムで、彼らの人生と個人的経験を掘り下げ、尊敬や寛容、愛と平和を持ちながら有意義に過ごすためのつながりを表現している。
 ヴォーカルとバーラマ(サズ)を担当するデリヤ・ユゥドゥルムは、ドイツ・ハンブルグでトルコ系移民の音楽家の家庭に育った。父親の影響でバーラマをはじめ、ベルリン芸術大学で本格的に学んだ。本作ではトルコ語で歌っている。収録曲は彼らのオリジナル曲だが、60〜70年代のトルコのサイケデリア・ロックを彷彿させる曲調で、どこか懐かしくメランコリーな気分になる。彼女の物憂げな声とバーラマが、アナトリアのレトロなサウンドに乗り、彼女の心情が伝わってくるかのようだ。
 彼女自身はドイツ生まれだが、親や親戚などの世代はトルコからドイツへの移住者である。多くの移住者が祖国に帰れないことが明らかになったとき、自国の文化として残ったのが音楽だった、とデリヤは言う。悲しみや痛み、別れなどが想像されるが、音楽がそれらを癒してきたという現実が感じられる作品。彼ら目線の、民族音楽のパワーが感じられる。

10位 Antonis Antoniou · Throisma

レーベル:Ajabu! [3]

 2022年8月にワールドミュージック・フェス「スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド」で初来日したキプロスのバンド、ムシュー・ドゥマニのリーダー、アントニス・アントニウのソロ二作目。
 ムシュー・ドゥマニの日本公演もとても盛り上がったが、今年はバンドで世界ツアーを催行。しかし本作はほとんど一人で制作したそうだ。(一体どこにそんな時間があるのか謎である……)
 本作でもギリシャの伝統楽器のジュラ(小型サズ)を使い、ダーティなアナログシンセの音色と催眠的リズムによるループが続く。タイトルの訳は「ささやき声」。囁くようなヴォーカルが演奏に乗り、サイケデリックでアンダーグラウンドな雰囲気が醸し出されている。前作よりもさらに独自の世界観が広がっているようだ。また、母国語であるギリシャ語で歌われており、歌詞は実存主義に対する詩的な考察により特徴付けられているとのこと。この辺りもアントニスだから表現できるのだろう。
 上記のMVは、来日した時に東京(チームラボプラネッツ)で撮影した映像を使い制作されたもの。東洋的で幻想的な雰囲気が楽曲と非常にあっており、とても良い。
 バンド同様に、彼のソロ活動も今後注目していきたい。多様な世界観が期待できる要注目のアーティスト。

9位 Mostar Sevdah Reunion · Lady Sings the Balkan Blues

レーベル:Snail Records [-]

 ボスニア・ヘルツェゴビナの伝説的なグループ、モスタル・セヴダ・リユニオンの12作目となる最新作。ボスニア・ヘルツェゴビナ発祥の伝統的な民族音楽セヴダ(セヴダリンカともいう)を演奏する。ユーゴスラビア紛争の最中1998年に結成され、今年で結成25周年。途中メンバーの死去や新メンバー加入を経て、現在も活動している。セヴダだけでなく、ロマのミュージシャンとも共演したり、セヴダと現代音楽との融合を試みている。1stアルバムは1999年にリリースされ、それ以来様々なワールドミュージックのフェスティバルで演奏し、多くの音楽賞を受賞しているグループ。
 セヴダは短調で感情的なメロディーが特徴で、ブルースやフラメンコ同様に喜怒哀楽(特に哀しみ)を表現し、庶民のための音楽。本作は「バルカン・ブルースを歌う女性」ということで、2017年に加入した女性ヴォーカル Antonija Batinić の歌がメインとなっている。女性の気持ちを歌った伝統的なセヴダの楽曲や、オリジナル曲が収録されている。愛する人を待ち続けている女性や、望まぬ結婚をさせられる女性の気持ちを、彼女の伸びやかで力強くも切ない歌声で感情的に表現している。
 アルバム最後の曲は、2021年ツアー前に亡くなってしまったグループのメンバー Milutin Sretenovic Sreta を偲んで録音された曲。Sreta は2018年にリリースされた前作『The Balkan Autumn』でメインヴォーカルを務めていたキーパーソン。SretaとAntonija が一緒に歌っているこの曲が最後の収録となり、ボーナストラックとして本作に収録されている。
 地理的なことも影響するのだろうが、東洋的な音階も感じられるセヴダ。現代的にもアレンジされており、非常に聴きごたえのある印象的な作品。

8位 Al-Qasar · Who Are We

レーベル:Glitterbeat [6]

 アラブ系移民が多く暮らしているパリのバルベス地区で2017年に結成されたフランス人/モロッコ人の混成五人組バンド、アル・カサールのデビューアルバム。10月にいきなり1位にランクインし、今月も8位をキープ!
 バンド結成後、最初はフランス、次にヨーロッパと中東でライブを行い、カイロで録音されたEP『Miraj』を2020年にリリースし高い評価を得ていた。本作は、満を持して制作されたフルアルバムである。
 サイケデリックな音色を持つエレクトリック・サズを演奏するトマ・アタル・ベリエを中心に、モロッコ人歌手ジャウアド・エル・ガルージュによるアラビック・テイストと、ドラムズ/ベースによるエッジの効いたロック・テイストとが高純度に融合したミクスチュア・サウンドである。
 伝統的なアラブ音楽のグルーヴと、グローバルなサイケデリック、北アフリカのトランス・ミュージック、そして現代のパンクやロックが爆発的に混ざり合ったサウンドとなっている。
 カイロの街から、結成されたパリのバルベス地区まで、アラブの若者たちは抑圧的な指導者、人種差別、貧困に我慢している。ストリートの喧騒とエネルギー、一部のエリートと大多数の人々の生活環境の格差…といった現実を本作で表現。まさに今の流動的な世界のために作られた楽曲が詰め込まれている。
 ゲストに、リー・ラナルド(Sonic Youth)やジェロ・ビアフラ(Dead Kennedys)といったパンキッシュな大物ゲスト、そしてウードの名手、Mehdi Haddab(Speed Caravan)も参加。また、スーダンやエジプトの女性歌手も参加し、美しく力強いメッセージを表現している。
 タイトルで「我々は何者なのか?」と問いかけ、その答えはアルバム・ジャケットで表現している。正体不明の二人が鏡を持ち、鏡でお互いを見るよう促しているようだ。自分自身を改めて確認しろと言わんばかりに…。強いメッセージ性が感じられる作品。

7位 Okra Playground · Itku

レーベル: Nordic Notes [14]

 フィンランド・ヘルシンキを拠点に活動する6人組ユニット Okra Playground の3rdアルバム。伝統的なフィンランドの音楽を新鮮なアプローチで演奏したいという共通の思いを持ったミュージシャン達により2010年に結成された。本チャートでも何度かランクインしているミュージシャン、マイヤ・カウハネン(Maija Kauhanen)、パヴィ・ヒルボネン(Päivi Hirvonen)もこのユニットのメンバー。2016年にデビュー作『Turmio』、2018年には2ndアルバム『Ääneni yli vesien』をリリースし、どちらも好評を博した。それ以来、ヨーロッパをはじめとした海外でのフェスに多く出演、ツアーも開催し、世界で認められるユニットとなった。
 弦楽器のヨウヒッコ(jouhikko)や、カンテレなどフィンランドの伝統的な民族楽器を使い、エレクトロやポップ、ロックなどの影響を受けた現代的なサウンドに仕上げている。
 本作品のテーマは、変化、成長、矛盾。パンデミックやウクライナの戦争など、世界を揺るがすような社会問題を扱ったオリジナルの楽曲を作り、彼ら自身のメッセージを歌詞に込めている。3人の女性メンバーのヴォーカルも美しく、神秘的なエネルギーが感じられる。伝統と現代が融合されている素晴らしい作品。

6位 Vieux Farka Touré et Khruangbin · Ali

レーベル:Dead Oceans [17]

 マリのギタリスト、SSWであるヴィユー・ファルカ・トゥーレの最新作。昨年11月に来日公演を行ったテキサス出身のトリオ、クルアンビン(Khruangbin)とのコラボ作品となる。ヴィユーの父で、2006年に亡くなったマリの伝説的なギタリスト、アリ・ファルカ・トゥーレへのオマージュ作品で、アリの楽曲のカバー曲が収録されている。アルバムタイトルはもちろん敬意を込めてアリの名前からつけられた。
 クルアンビンは、1960年代のタイ・ファンクから影響を受け2009年に結成されたバンドで、ダブ、ロック、ファンク、サイケデリックなど独自の音楽を展開し、近年世界の音楽フェスに引っ張りだこの存在。バンド名はタイ語で「飛行機」を意味する。そんな彼らとヴィユーが出会い、本作を制作することになったのだが、パンデミックの影響で一時は中断せざるを得なかったがこの度ようやく完成となった。
 マリの伝統音楽のスタイルとブルースが融合されたアリのサウンドを維持しながら、新たな次元の音楽となっている。アリの音楽的遺産が見事なまでに昇華され、若い世代にも伝わるに違いない。ヴィユーとクルアンビンの、アリへの敬愛がとても感じられる作品。

↓国内盤あり〼。

5位 Liraz · Roya

レーベル:Glitterbeat [4]

 60〜70年代のイランのポップサウンドを現代に甦らせることで注目されている、イラン系イスラエル人歌手リラズの2年ぶりとなる最新作。2018年リリースのデビュー作『Naz』では、彼女が好きなイランの女性シンガーによる革命前のポップソングを中心に集め、イランのSNSを賑わせた。記憶に新しい2020年にリリースの前作『Zan』では、カバー曲以外にも自身で作詞・作曲した曲も収録、そしてイスラエルとは国交の無いイランの匿名音楽家たちとオンラインで共演し話題となった。
 本作では前作オンラインで共演した音楽家たちと、トルコの “人目につかない” 地下のスタジオで実際に落ち合い、10日間で録音を行った。前作同様イスラエルのサーフロック・バンド “Boom Pam” の中心人物であるウリ・ブラウネル・キンロトがプロデュースを担当。70年代風のアナクロ・サウンドを忠実に再現する一方で、2020年代らしい先進性も感じられ、前作以上に洗練され、かつ攻めている作品となっている。
 アルバムタイトル「Roya」とはペルシャ語で「ファンタジー」を意味する。同名曲がバージョン違いでアルバムの最初と最後に収録されている。最後の “Female Version” は、メンバーが帰る1時間前にお願いし、女性ミュージシャンのみでのアコースティックバージョンとして、1テイクでライブ収録したもの。「素晴らしい出来に喜び、別れを惜しんで泣いていたら、“まるでそこにいなかったかのように” みんないなくなってしまった」というエピソードが印象的で、まさにファンタジー。イランの伝統楽器タールや、サズといった弦楽器とストリングス、彼女のメッセージ性が強く感じられる歌声とのバランスがとても胸に刺さる。

↓国内盤あり〼。(日本語解説付き)

4位 Baul Meets Saz · Banjara

レーベル:Uren Production [10]

 トルコ出身ベルギー在住のサズ奏者 Emre Gultekin と、インド出身でバウル(インド・ベンガル地方の吟遊詩人のことでユネスコ無形文化遺産に登録されている)を実践している音楽家 Malabika Brahma(歌手)、Sanjay Khyapa(パーカッショニスト)によるトリオの最新作。前作は2018年にリリースしており、本作はそれ以来のリリースとなる。
 Emre Gultekin はブリュッセルを拠点とし、海外でサズを演奏する活動を行なっている。2016年インド・ベンガル地方に行った際に、Malabika と Sanjay の二人に出会い、音楽や人間性に自分のルーツと共通するものを感じたという。トルコにもサズを演奏するアーシュク(aşik)と呼ばれる吟遊詩人がおり、共通部分が多いのだろう。その場で一緒に演奏し、それ以来機会があると共演している。
 力強く伸びやかな Malabika の歌声、そしてサズとドゥブキ(小さいフレームドラム)がそれを支えている。二つの文化と音楽的な伝統が見事に融合し、神秘的で哲学的でありながら、現代的な音楽となっている。アルバムを聴いていると、三人が音楽を通して対話しているようだ。ライヴでの音源も収録されており、即興演奏の感じも伺える。国境や人種、文化の違いを超越し、彼らの友情や人間愛といったものが感じられる。バウルとサズの出会い、まさにアルバムタイトル通りで、三人が織り成す音がとても美しい。

3位 Constantinople, Kiya Tabassian & Ghalia Benali · In the Footsteps of Rumi

レーベル:Glossa [5]

 イラン出身でカナダ在住のシタールの巨匠キヤ・タバシアンによって2001年にモントリオールで設立されたユニット、コンスタンチノープルの最新作。東洋と西洋の異文化間の交流促進、世界中の多様な音楽的要素を取り入れた音楽を制作するために活動、これまでに20枚のアルバムをリリースしている。
 本作は、13世紀のペルシャのスーフィー(イスラム神秘主義)の詩人、ルーミーの作品がテーマとなっている。キヤ・タバシアンが、チュニジア系ベルギー人のアーティスト/歌手のガリア・ベナリと出会ったことで、本作のプロジェクトが具体化された。キヤは「彼女こそ、ルーミーの洗練された詩を歌うための理想的な声であり、ルーミーの作品の象徴的な意味を音楽的に伝える名手たちのアンサンブルをすべてまとめるために必要な原動力だと感じた」と言っている。まさにその通りでルーミーの世界観や普遍性といったものが、音楽的に見事に表現されている。音楽に合わせてガリアによる詩の朗読もあり、とても美しい。
 2018年にリリースされたセネガル人歌手/コラ奏者アブライエ・シソコとの共演作品『Traversees』も記憶に新しいが、それとは世界観が全く異なる作品となっており、コンスタンチノープルのテクニックに驚嘆せずにはいられない作品。

2位 Souad Massi · Sequana

レーベル:Backingtrack Production [1]

 アルジェリア出身のSSWスアド・マシの最新作。本作が彼女にとって10作目のアルバムとなる。先月1位で、今月は2位に!
 幼い頃から音楽と近くにある環境で育ち、クラシック音楽とアラブ・アンダルシア音楽を学んだ。フラメンコグループや、ハードロックバンドでも活躍、1998年に初のソロ・カセットをリリースした。翌年パリで開催されたフェスティバルに出演し、自ら作詞・作曲を手がけたことで注目を集め、大手レーベルとの契約が成立。その後の作品は世界で多くの賞を受賞し、キャリア20年を越える実力派アーティストである。
 本作は、ほぼ彼女が作詞・作曲を行い、パンデミックで感じた不安や孤独に立ち向かう強い気持ちを表現、フランス語、アラビア語で歌っている。プロデュースはティナリウェンやラシッド・タハを手掛けたイギリスのギタリスト/作曲家のジャスティン・アダムズ(Justin Adams)。彼のアイデアで、カントリー、ロック、カリプソ、ボサノヴァ、砂漠のブルースなど、今までの作品より多彩なサウンドとなっている。
 タイトルは、ガロ=ローマ時代に癒しと治癒の力を持つと考えられていた女神セクアナ(Sequana)から名付けられている。このアルバムを聴いて癒されるように、ということだろうか? 彼女の柔らかく、心に寄り添うような歌声と、ギターの音色は確かに癒される。ジャンルにとらわれず、彼女独自の世界観を堂々と表現していて、強さも感じられる。とても気持ちのいい作品。

↓国内盤あり〼。(日本語解説付き)

1位 Gaye Su Akyol · Anadolu Ejderi

レーベル:Glitterbeat [2]

 2017年に SUKIYAKI Meets the World で来日し多くのファンを魅了したトルコの女性歌手、ガイェ・ス・アキョル(本作でガイ・ス・アクヨルより呼び名が変更)の最新作。本作で4作目、4年ぶりのリリースとなる。先月初登場で2位にランクインし、今月は1位!来ると思ってました!
 トルコのサイケデリアをベースに、サーフロックやポストパンクの要素を織り交ぜた独自の音楽性を展開し、世界各地のフェスやツアーで飛び回っていた。しかし、パンデミックにより自宅で作曲に集中、その間100曲以上作曲したとのこと。これらの曲を中心に本作に収録されている。(選曲と曲順を決めるのが大変だったそう!)
 タイトルは直訳すると「アナトリアのドラゴン」、神話に登場するドラゴンが深い眠りから目覚める様子を表現している。母国トルコでかつて起きたクーデーターで多くのものが失われたことを憂い、現在の政治に対してのメッセージ、そして女性や性的マイノリティの人々の権利向上を訴える内容となっている。ドラゴンが咆哮するかのごとく、まさに彼女の魂の叫びがこのアルバムに込められている。
 過去作からの進化形として、本作では新しいサウンドを追求した。それは楽器編成にも表れており、ロックギターやベース、ドラムといった現代の楽器に、ウードやエレクトロ・バグラマ、ジュンブシュ(トルコのバンジョーのような弦楽器)などの伝統的な楽器が加わり、トルコの過去と現在をより密接に結びつけるものとなっている。
 過去作よりもポップさは感じられるが、サイケデリックやロックとの融合が本当に絶妙で気持ち良い!MVのセンスも(いい意味で)ぶっ飛んでいて、カッコ良い!彼女の叫びがストレートに心に響く。良い作品です。

↓国内盤あり〼。(日本語解説/帯付き、LPもあり)


(ラティーナ2023年1月)

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