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[2021.06]【新連載:アントニオ・カルロス・ジョビンの作品との出会い① 】「三月の水」をめぐる話① 包み紙に走り書きした歌

文と訳詞●中村 安志 texto y traducción por Yasushi Nakamura

お知らせ●中村安志氏の執筆による好評連載中「シコ・ブアルキの作品と出会い」についても、素晴らしい記事がまだ続きますが、ここで一旦、別の新連載の方をスタートさせ、少しの間ジョビンの連載を。
 その後も、何回かずつ交互に掲載して行きます。両連載とも、まだまだ凄い話が続きます。乞うご期待!!!(編集部)

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著者プロフィール●音楽大好き。自らもスペインの名工ベルナベ作10弦ギターを奏でる外交官。通算7年半駐在したブラジルで1992年国連地球サミット、2016年リオ五輪などに従事。その他ベルギーに2年余、昨年まで米国ボストンに3年半駐在。Bで始まる場所ばかりなのは、ただの偶然とのこと。ちなみに、中村氏は日本を代表するフルート奏者、城戸夕果さんの夫君でもありますよ。

 「三月の水(Águas de março)」は、アントニオ・カルロス・ジョビンが生み出した数々の作品の中でも最高傑作の1つに数えられるでしょう。「ミ・ド・ミ・ド……」という素朴な音形を少しずつ変化させただけのフレーズが不規則に繰り返される中、「棒切れだ、石だ、行き止まりだ、残った切り株、ちょっと寂しい……」といった断片的で謎めいた言葉で始まり、しばらくすると、「朝の光、届けられるレンガ、薪木、昼間、小道の末端、焼酎の空き瓶」と、田舎の敷地の情景めいたものを示唆する言葉も現れます。

三月の雨


 この不思議な歌が作られたのは、1972年の3月。ブラジルの3月は北半球の9月で、ほぼ夏の終わり頃に相当します。特にリオはまだまだ暑く、毎夏冠水する幹線道路にぷかぷかと浮かぶ自動車を風刺した山車がカーニヴァルで人気を博すなど、まさに水の季節です。
 当時、リオ市内から約140km内陸のポッソ・フンド(Poço Fundo)という地にジョビンの別荘が建設中。ジョビンはその頃、何度も手直ししては満足できずにいた「マチータ・ペレー(Matita Perê)」という別な大作(73年に発表)の仕上げに追われていましたが、別荘が完成するまでの仮宿としていた掘立て小屋で過ごしたある日、ふとアイデアが浮かんだ結果、「マチータ・ペレー」の作業も中断し、一気に「三月の水」を書き上げたとか。工事中の時期らしく、歌詞には、家屋の設計図(projeto da casa)といった言葉も登場します。
 また、ジョビンは、次々浮かんできた言葉を残すべく、歌詞をそこら辺にあったパンの包み紙に鉛筆で書き込んでいったようです。その走り書きの写真には、「口だ、一生ずっとだ」という1行を横線で消し、「足だ、地面だ……」という最終版に残ったフレーズを挿入するなど、随所に修正の跡が見受けられます。

ジョビンの譜面写真XXX

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