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[2022.11] 【映画評】 『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』 ⎯⎯ 心揺さぶる王道の恋愛物語と斬新で大胆な表現がせめぎ合う、特異で非凡な画家を描いた異色作。

『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』
 
心揺さぶる王道の恋愛物語と
斬新で大胆な表現がせめぎ合う、
特異で非凡な画家を描いた異色作。

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文●あくつ滋夫しげお(映画・音楽ライター)

 ルイス・ウェインという人物を知っているだろうか? 19世紀末から20世紀にかけて、擬人化された猫の絵が大人気となったイギリスの画家で、その絵を見れば思い当たる方もいるはずだ。本作はそんな彼の人生を描いており、当然多くの猫やその作品も登場するので、猫好きには何ともたまらない一本だ。しかしいわゆる “猫映画” と言われて思い浮かべるほのぼのとした癒し系映画ではなく、邦題から想像する夫婦愛と猫との絆を描いた心温まる感動作というだけのものでもない。もちろんそれらの要素も持っているが、むしろ人の心の内側を深く見つめ、背景には現代にも通じるような社会的な視点が浮かび上がる、一筋縄では行かない多面的な作品なのだ。

『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』
12月1日(木)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給:キノフィルムズ
©2021 STUDIOCANAL SAS - CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION

 1881年、ヴィクトリア朝のロンドン。上流階級の一人息子として生まれたルイスは、父が死んで母と5人の妹を一人で養うことになり、挿画家として新聞社と契約を結ぶ。しかし彼の心の中には常に混沌が渦巻き、孤独を感じていた。そのため美術や音楽、発明など多くの趣味を持ち、体を動かし、なんとか心の平静を保っていた。そんな時にまだ小さな三人の妹の家庭教師として、年上の美しいエミリーがウェイン家にやって来る。ルイスとエミリーは互いに通じ合うものを感じ恋に落ちるが、社会的地位の違う関係は世間から奇異な目で見られ、厳格な一番上の妹キャロラインも二人を認めなかった…。

 本作の原題は『The Electrical Life of LOUIS WAIN』で、「Electrical Life」は「電気生活」か「電気が彩る人生」とでも訳せばいいだろうか。当時のイギリスでは、科学的見地から電気を実用化するための発見と発明が盛んで、実際1882年にはロンドンの街路に白熱電灯が導入されている。本作でも裕福なウェイン家には電燈が備わり、ロウソクの火と併用されている。しかしルイスは、電気を「人間の理解を超えた最も深くて驚くべき人生の秘密への鍵となるもの」と考え、生涯にわたって電気の謎に囚われ続ける。そしてこの電気にまつわるルイスの不安定でスピリチュアルな感覚こそが、本作を語る上でとても重要な要素として、全体を包みこむトーンとなっている。

 電気についてのこの感覚はルイスを妄想の世界へと誘い、やがて彼は精神に変調をきたすが、同時にそれは彼の作品にも大きな変化をもたらす。まるでグレイトフル・デッドのダンシング・ベアを先取りしたようなサイケデリックな猫や、KUBRICKのフィギュアのような “未来派の猫” シリーズなど、次々と新たな猫の世界を生み出し、その魅力を広めていった。実際に当時の猫は、単なるネズミ退治の役割や物語の中の不吉な存在として不気味がられており、もしルイスがいなければ現在の猫ブームがあったかどうかさえ分からないはずだ。

 またこの感覚は本作の様々な面にも反映されている。例えば音楽のスコアには電気時代の幕開けに生まれた世界初の電子楽器テルミンが使われ、ミュージカル・ソー(ノコギリの楽器)と共にそのアナログで不安定な旋律が、全編にわたってルイスの心に寄り添うように鳴り響いている。ちなみにテルミンを演奏しているのは、この楽器を開発したレフ・テルミンの従兄弟の孫で、かつてレフ本人からも直接指導を受けたという第一人者リディア・カヴィナだ。

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