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[2024.7]【中原仁の「勝手にライナーノーツ」 ㊽】 Badi Assad, Orquestra Mundana Refugi 『Olho de Peixe』

文:中原 仁

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 アサド兄弟(セルジオ&オダイル・アサド)の妹であるギタリスト/ヴォイス・パフォーマー、バヂ・アサド(ネイティヴにはアサーヂと発音)がオルケストラ・ムンダナ・ヘフージと共演し、レニーニ&スザーノの1993年の超名盤『Olho de Peixe(魚眼)』をカヴァー、いや、リクリエイトした意欲作『オーリョ・ヂ・ペイシ』を5月末にデジタル・リリースした。

 バヂは2019年に来日公演を行なった際、J-WAVE「サウージ!サウダージ」に出演してスタジオライヴで弾き語りしてくれた。そのときのコメントを引用しよう。

「私は幸運なことに、音楽家の家庭に生まれました。生まれた頃、兄のオダイルとセルジオは、すでにギターを演奏していました。父親はショーロの音楽家としてバンドリンを演奏。そして母親は歌手です。

私は家族を通じて音楽を学びました。幼い頃、母親が歌ってくれた子守唄に始まり、2人の兄が演奏していたクラシックやショーロ、そして9歳の時からラジオでジャヴァン、シコ・ブアルキ、カエターノ・ヴェローゾなどのブラジルのポピュラー音楽も、進んで聴くようになりました。
こうした経験を通じて私は音楽の広大な世界を知り、様々な音楽をミックスして自分自身の音楽性を築くことになったのです」。
 
私はクラシック音楽のギタリストとしてキャリアをスタートし、ブラジルのインストゥルメンタル音楽も演奏するようになりました。そしてキャリアの初期から、自分の声を楽器として使う実験もしていました。

その後、自分で作詞作曲を始めたことで、歌手としての性格が強くなりましたが、そこには、もうひとつの理由があります。局所性ジストニアという腕の病気にかかり、2年間、ギターを弾くことが出来なくなりました。
 
医者から、もう二度とギターは弾けないと言われ、その間、私は自分の声を使った表現を研究していました。
 
2年後、幸いにも回復して、またギターを弾くことができるようになりましたが、その時点で私の頭は変化し、別の人間に生まれ変わっていました。
 
その後の私はシンガー・ソングライターの道に進み、自分で歌詞を書くようになったことでポピュラー音楽の世界に入り、世界中の様々な音楽も取り入れ、ブラジル人としての音楽を作っています」。

 今回、バヂがとりあげてオマージュしたレニーニ&スザーノのアルバム『Olho de Peixe』(93年)は、ブラジル音楽の新時代の幕を開けた歴史的名盤。このアルバムがとても話題になった国のひとつが日本で、97年と98年にはデュオの来日公演も実現。彼らと宮沢和史、沼澤尚といった日本の音楽家との交流も始まった。

 アルバムはレニーニ、マルコス・スザーノと、スザーノのパンデイロ音響の共同開発者でもあるエンジニアのデニルソン・カンポス、この3人の共同プロデュースによるインディーズ盤で、全曲、レニーニが作曲。何曲かにゲストは迎えたが、基本的にデュオ・アルバムだ。

  それをバヂ・アサドは、オーケストラとの共演という鮮やかな逆転の発想でリクリエイトした。USAで “One Woman Band” と呼ばれたこともあり、ソロ・パフォーマーとしての実績も豊かなバヂ自身にとっても、やりがいのある挑戦だっただろう。

 共演するオルケストラ・ムンダナ・ヘフージ(Orquestra Mundana Refugi。以下OMRと表記)は、カルリーニョス・アントゥニス(ギター他)が中心となり、ブラジル人だけでなく世界各地からの移民と難民を集めた約20人の多国籍オーケストラで、2017年結成、本拠地はサンパウロ。これまでに2枚のアルバムを発表している。バンド名の中のMundanaは、Mundo(世界)にちなんだ造語。Refugiは避難/亡命を意味する。

 バヂ&OMRの『Olho de Peixe』は、カルリーニョスが音楽監督を、OMRのドラマー/パーカッション奏者ペドロ・イトウ(2020年、ヴァイオリン奏者ヒカルド・ヘルスのトリオのドラマーとして来日)が音楽プロデューサーをつとめ、各曲のアレンジは、この2人とOMRのメンバー、そしてバヂが分担している。

 オリジナル盤がメドレーを含む11トラックだったのに対し、バヂ&OMR盤は8トラックだが、物足りなさは全く感じさせない。曲順もオリジナル盤とは変え、各曲のアレンジは独創的でメチャ痛快だ。バヂはギターよりも歌がメインの立ち位置。OMRのメンバーの国籍を反映して、楽器もブズーキ、バラフォン、リュートなど国際的で、パーカッションは中近東色も濃い。

 そもそもマルコス・スザーノは、革命的なパンデイロのイメージが強いのだが、実はオリジナル盤での多くの曲で、タブラやアラブの打楽器ダラブッカなども用いて、ブラジル音楽の打楽器アンサンブルのクリシェから完全に解き放たれたリズム空間を構築していた。それに対するオマージュの精神を、OMRの演奏からも聴き取ることが出来る。

 若い頃はブラジル音楽が嫌いでロックばかり聴いていた、というレニーニの音楽にも、特定のジャンルに帰属しない強烈な個性と同時に、ブラジル北東部の音楽にひそむ世界各国の多様な音楽がひそんでいる。そのことも、バヂ&OMR盤は浮き彫りにしている。

 レニーニ&スザーノ。バヂ・アサド。オルケストラ・ムンダナ・ヘフージ。彼らに共通するキーワードは、ディアスポラ。かもしれない。

 今回はあえて曲ごとのコメントを避ける。ぜひオリジナル盤とバヂ&OMR盤をじっくり聴いてほしい。

名曲「Acredite ou Não」を歌うバヂ・アサド。10数年前の映像で、当時から彼女が好んでいた曲だったことがうかがえる。スタジオでの録音もある。

OMRとバヂが共演したライヴ映像。コレクティヴ・インプロヴィゼーションと、ロクア・カンザ作「Mungu」のメドレー。

共演映像をもう1曲。故クララ・ヌネスの歌で名高い「Canto das Tres Raças」(YouTubeでは曲名が誤記されている)

(ラティーナ2024年7月)





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