見出し画像

[2024.6]【中原仁の「勝手にライナーノーツ」 ㊼】 Moreno Veloso 『Mundo Paralelo』

文:中原 仁

本エントリーは、6/19(水)からは、有料定期購読会員の方が読める記事になります。定期購読はこちらから。

 2011年の来日時、東京で嶺川貴子、高野寛と録音した曲を含むリーダー・アルバム『Coisa Boa』(2014年発売)から10年。モレーノ・ヴェローゾが新作を発売した……、と書いたが、実はこの間、もう1枚のアルバムがある。パンデミック期間の2020年、ギターの弾き語りで録音し、USAのアート・ギャラリーのレーベルからCDでリリースされた『Every Single Night』(サブスクでは聴けない)。新作『Mundo Paralelo』は、多彩な共演者と作った『Coisa Boa』、自身の静かな内面を投影した『Every Single Night』、その両面を兼ね備えた、まさに “パラレル・ワールド” と呼べるアルバムだ。そして “バイーアのサンバ” が根底を流れている。

 まず参加メンバー、共演者を列記しよう。

ペドロ・サー、パウロ・ムッチ、フィリッピ・フェルナンデス(ギター)
ルイス・フィリッピ・ヂ・リマ(7弦ギター)
チアゴ・ダ・セヒーニャ(カヴァキーニョ)
ホドリゴ・バルトーロ(ギター、シンセサイザー)
ブルーノ・ヂ・ルーロ、カシン(シンセサイザー)
ヒカルド・ヂアス・ゴメス、アルベルト・コンチネンチーノ(ベース)
ドメニコ・ランセロッチ(ドラムス)
ステファン・サンフアン、マルセロ・コスタ、カイナン・ド・ジェージ(パーカッション)
ジャキス・モレレンバウム(チェロ)
チアゴ・ケイロス(サックス)
カエターノ・ヴェローゾ、マリア・ベターニア、ゼカ・ヴェローゾ、トン・ヴェローゾ、ニーナ・ベッケル(ヴォーカル)
チガナー・サンタナ(ヴォイス)

 録音はリオと、ドメニコらが住んでいるリスボンの2カ所。モレーノがプロデュースし録音とミックスを、最も信頼する音師のダニエル・カルヴァーリョ(ダヂの息子)がマスタリングを行なった。

 タイトル曲「Mundo Paralelo」は2023年11月、シングルで先行配信された。今年、結成50周年を迎えたバイーアのブロコ・アフロ、イレ・アイェ讃歌で、モレーノが作曲し、作詞をカルロス・ヘノーに依頼。バイーア出身のチガナー・サンタナが語りで参加し、モレーノはマルセロ・コスタと組んでブロコ・アフロのパーカッシヴなリズムを演奏している。

 モレーノとイエ・アイェと言えば、彼がまだ9歳だった1982年のサルヴァドールのカーニヴァルでイレ・アイェのパレードを見て感動し、思わず歌ったフレーズが父カエターノの耳に止まり、父がメロディーと歌詞を足して “共作曲” として完成した「Um afoxé para o bloco do Ilê」がある。モレーノは2008年、2011年の来日ソロ公演でも、イレ・アイェの曲をパンデイロを叩いて歌っていた。彼にとってイレ・アイェは音楽の一つの原点となる、かけがえのない存在だ。1982年の、父と子の貴重な共演のライヴ映像を見ることができる。

Um canto de afoxé para o bloco do Ilê - Caetano e Moreno Veloso (1982)


 2曲目からは穏やかな表情の曲が続く。「Um Dois e Já」は、オルケストラ・インペリアルで30年余りフロントのチームを組んでいるニーナ・ベッケルを迎えてデュエット。

 「Presente de Natal」はタイトルどおり、クリスマス・ソングとして作曲した。この2曲はモレーノの古くからの共作者である、バイーア出身のキト・ヒベイロが作詞した。

 「Bailando」はイタリアのピエロ・ピッチオーニ(Piero Piccioni)が映画音楽として作ったインスト曲に、モレーノとブルーノ・ヂ・ルーロがスペイン語で歌詞をつけた。2人の子供達に捧げた曲。

 そして続く2曲が、このアルバムのハイライト・シーンだ。「Unga Dorme Nesse Frio」はモレーノが作詞作曲、『Every Single Night』で録音した曲。寒い夜に息子のジョゼを寝かしつける曲で、ウンガはジョゼのニックネームのひとつ。そんな愛らしい曲が、ここではカポエイラの音楽に変身した。父の重要なバンド仲間でもあった、ジャキス・モレレンバウム(チェロ)とマルセロ・コスタ(ビリンバウ)との共演。モレーノが今までに録音してきた中で、最もディープなアフロ・バイーア音楽だ。

 そしてモレーノが作詞作曲、皿をナイフでこすりながらリズムをとる、お家芸のサンバ・ヂ・ホーダ「A Donzela Se Casou」。父カエターノ、叔母マリア・ベターニア、弟のゼカとトンの家族が勢揃いして歌う。トンはギターも演奏。パーカッションはカイナン・ド・ジェージ。父のルイジーニョ・ド・ジェージが率いるアギタヴィ・ド・ジェージの、そしてカエターノの『Meu Coco』ツアーバンドにも参加していた、最近この名前を書く機会が激増している注目株だ。

  ペドロ・ミランダがリオの公園で休日の午後、定期的に行なってきたフリー・ライヴにモレーノがゲスト出演。「A Donzela Se Casou」を、皿とナイフつきで歌った映像がある。2022年とクレジットされているので、レコーディングより前かもしれない。ちなみに、ペドロがハイスクール時代に参加していた学生劇団サークルの音楽の先生の一人がモレーノで、ペドロのパンデイロの師匠もモレーノだったという。

MÚSICA INÉDITA - Moreno Veloso e Pedro Miranda em A Donzela se Casou de Moreno Veloso

 「Vista da Janela」はキト・ヒベイロとの共作。そして次にまたハイライト曲が来る。

 リオのサンバとショーロの達人7弦ギタリスト/プロデューサー、ルイス・フィリッピ・ヂ・リマが作曲、モレーノが作詞してバイーアの風物を歌う「É de Hoje」は、バイーアとリオのサンバの気高く芳しい出会い。こういう曲を自然体で表現できるのは、バイーアとリオのダブル・アイデンティティを内包するモレーノならでは、と深く感じ入る。

 「Ninguém Viu」もキト・ヒベイロとの共作で、2016年のアルゼンチン映画『Una a Novia de Shanghai』のオープニング・テーマ。ヴェローゾ家の父子4人の共演ライヴ盤『Ofertôrio』にも収録されていた。

Caetano Veloso, Moreno Veloso - Ninguém Viu (Ao Vivo)  

 「Deixe Eatar」は唯一の完全カヴァー曲。マリーナ・リマが兄の詩人アントニオ・シーセロと共作、90年代末に発表した。カシンがシンセサイザーを演奏している。

 外交的なカーニヴァル・サウンドとは一味異なる、静かで内面的な広がりを備えたアフロ・バイーアのリズム。+2の時代からの特徴である、ヒネリを効かせた音響。2人の子供の父の穏やかな表情。気がつけば50代を迎えたモレーノ・ヴェローゾの、音楽家としての、そして一人の人間としての深化がハッキリと聴きとれる。何度も繰り返し聴いているうちにジワジワと染み込んでくる、潤いのあるアルバムだ。

(ラティーナ2024年6月)



ここから先は

0字

このマガジンを購読すると、世界の音楽情報誌「ラティーナ」が新たに発信する特集記事や連載記事に全てアクセスできます。「ラティーナ」の過去のアーカイブにもアクセス可能です。現在、2017年から2020年までの3.5年分のアーカイブのアップが完了しています。

「みんな違って、みんないい!」広い世界の多様な音楽を紹介してきた世界の音楽情報誌「ラティーナ」がweb版に生まれ変わります。 あなたの生活…