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[2023.5]最新ワールドミュージック・チャート紹介【Transglobal World Music Chart】2023年5月|20位→1位まで【聴きながら読めます!】

e-magazine LATINA編集部がワールドミュージック・チャート「Transglobal World Music Chart」にランクインした作品を1言解説しながら紹介します! ── ワールドミュージックへの愛と敬意を込めて。20位から1位まで一気に紹介します。

※レーベル名の後の [ ]は、先月の順位です。
「Transglobal World Music Chart」は、世界各地のワールドミュージック専門家の投票で決まっているワールドミュージックのチャートです。主な拠点がヨーロッパなので、ヨーロッパに入り込んだワールドミュージックが上位にランクインする傾向があります。

20位 Naïssam Jalal · Healing Rituals

レーベル:Les Couleurs du Son [31]

 シリア人の両親のもとパリで生まれたフルート奏者/作曲家、ナイサム・ジャラルの最新作。
 幼い頃からクラシックフルートを学び、仏・コンセルヴァトワール修了後は、自身のルーツを探求すべく、シリア・ダマスカスのアラブ音楽研究所でネイを専門的に学んだ。その後エジプトの偉大なヴァイオリニスト、アブドゥ・ダゲール(Abdo Dagher)に師事。2006年フランスに戻り、それ以降はレバノン出身パレスチナ人ラッパーや、エジプト人ウード奏者などと多数共演。さらに2009年からはウード/ギター奏者のヤン・ピタード(Yann Pittard:フランス在住のサックス奏者仲野麻紀さんともユニット「Ky」を組んでいる)ともデュオを結成し、フランス、シリア、日本、レバノン、チュニジアなどでツアーを行うなど精力的に活動している。異なる音楽文化、東洋と西洋の間を行き来しオリジナルのスタイルを確立、多くの賞を受賞する実力派アーティストである。
 ある時、彼女が数週間入院することになり、友人のミュージシャンが彼女の病室で演奏してくれた。その時に、音楽が内面的(精神的)に癒されるだけでなく、生理学的にも身体に大きなインパクトを与えてくれたそうだ。これがきっかけとなり今まで自分が受けてきた幸運を他の人にも音楽で返すべく、本作が生まれた。アルバムタイトルは「癒しの儀式」。苦しむ肉体を癒すため、沈黙、トランス、美という3点から想像力を結集して創作した。自然の要素が今まで自身にどのように幸福をもたらしてくれたかを思い、各曲のタイトルとなっている自然の要素、風、太陽、丘、川、大地、森、月、霧からインスピレーションを得て、それぞれの要素が持つエネルギーを音楽に転写した。彼女のフルート、ネイ、ヴォーカルの他、クレモン・プティ(Clément Petit)のチェロ、クロード・チャミッチアン(Claude Tchamitchian)のコントラバス、そしてドラムスにザザ・デシデリオ(Zaza Desiderio)の四重奏。ジャズであり、中東の伝統音楽でもある。前衛的で、独創的で、即興性も感じられる。彼女が経験してきた区切りのない音楽の世界が広がっている。そして心の深い奥底に彼女の精神性が響き渡る。良作です。

19位 Plena Libre · Cuatro Esquinas

レーベル:GN Música [-]

 結成30周年、グラミー賞やラテングラミー賞に複数回ノミネートされるプエルトリコのベテラングループ、プレナ・リブレの最新作。本作が16枚目のアルバムとなる。プエルトリコ発祥の大衆音楽プレナ(Plena)や、アフリカがルーツの伝統音楽ボンバ(Bomba)のリズムにアフロ・カリビアン、ラテンジャズが融合した音楽を世界中の聴衆に届けている。
 アルバムタイトルは直訳すると「4つの街角」。バンドの創設者であり、リーダーでベーシストのゲイリー・ヌニェスが10代の頃住んでいた地域の4つ角のこと。そこでは人々が集まり、悲しみや喜び、ロマンスや冒険などが繰り広げられていた。本作ではその経験を表現したもので、プエルトリコの「伝統的」な曲とオリジナル曲をミックスし、グルーヴ感あふれるダンスミュージックを展開している。
 ヴォーカリストたちの歌と彼らのハーモニーが圧倒的な存在感を放っている。プレナで使われる打楽器「pandero(パンデロ:タンバリンのような形状でジングルが無いもの。大中小のサイズがある)」の繰り返されるリズム、ホーンの音色とヴォーカルの組み合わせが非常に心地よく、中南米音楽が好きな人にはたまらないアルバム。サルサやバチャータとはまた違ったテイストが堪能でき、カリブ海のサウンドに酔いしれてしまう。

18位 Taraf Syriana · Taraf Syriana

レーベル:Lula World [11]

 シリアの民族音楽に影響を受けたカナダ在住の4人の音楽家によるユニット Taraf Syriana(タラフ・シリアナ) のデビューアルバム。シリア内戦の戦火を逃れカナダに移住したシリア人音楽家、Naeem Shanwar(カヌーン)、Omar Abou Afach(ヴァイオリン・ヴィオラ)を始め、モルドバ出身のアコーディオン奏者 Sergiu Popa、スイス人チェリスト Noémy Braun による構成。彼らはシリアやその近隣諸国の民族音楽を専門にしており、メンバーの中には教鞭を取っているものもいる。パンデミックの最中に結成され、リハーサルはリモートで、初コンサートはオンラインで開催された。
 本作には、シリアや中東の少数民族の伝統的な歌や、ロマの歌、そして彼らのオリジナル楽曲などが収録されている。シリアで最も有名なロマの音楽家 Mohammed Abdul-Karim (1911-1989) が作曲したタンゴの楽曲も収録されており、この地域の民族音楽が多様性に溢れていたことがよくわかる。 
 ゲストヴォーカルに、ロマのギタリスト/歌手の Dan Armeanca、カナダで俳優やミュージシャンとしても活躍しているシリア人 Ayham Abou Ammar が参加し、楽曲に彩りを与えている。また、チェロは本来4弦なのだが、2弦を追加し6弦のものを使用。シタールや東地中海の弓奏楽器ケメンチェ、リュート、ギンブリなどの音をチェロで表現したくて使用しているそうだ。カヌーンとチェロ、ヴァイオリンの弦楽器と、アコーディオンの音の組合せがとても絶妙で素晴らしい。シリアは古くから文化や文明、民族が交差する場所だったということがよくわかる作品。様々な民族的、音楽的背景を持つ音楽家たちによる多様で豊かなアンサンブルが堪能できる。

17位 Gaïsha · Ana Aïcha

レーベル:Zephyrus [-]

 モロッコ系ベルギー人歌手、アイシャ・ハスカル(Aïcha Haskal)と、ベルギーの音楽シーンで活躍するミュージシャンたちとのユニット Gaïsha の1stアルバム。
 アイシャはベルギーのクレズマーバンド Va Fan Fahre でも活躍していた歌手。その他のメンバーも、ベルギーのロックバンド Absynthe Minded をはじめ、サイケデリック・ジャズバンド Echoes of Zoo、来日ライヴも行ったことのあるジャズ・ピアノ・トリオ De Beren Gierenなどで活動していて、キャリアは確か。様々なバックグラウンドを持つ彼らならではの、オリエンタルでサイケデリックな音楽を本作で表現している。
 シングルで先行リリースされた「L'Amour Digital」は、伝統的なムワシャー(Muwasha:11世紀のイスラム教国スペイン、アル・アンダルス発祥のアラビア語による韻文詩で、中東音楽のジャンルの一つでもある)の詩にアンサーする形でアイシャがフランス語の詩を書き、それをラップで歌っているのがとても印象的。
 グルーヴ感がハンパないロック調でサイケデリックな楽曲もあれば、中東のメロディ、音色でじっくり聴かせる楽曲もある。アルトゥン・ギュン(Altın Gün)やガイェ・ス・アキョル(Gaye Su Akyol)などのターキッシュ・サイケデリア、アナトリア・ロックが好きな人にも好まれるだろうが、それだけではない魅力や実力も兼ね備えているユニット。西洋と東洋が見事に融合されており、これはいい!

16位 La Marisoul and Los Texmaniacs · Corazones and Canciones

レーベル:Smithsonian Folkways Recordings [26]

 メキシコ系アメリカ人(チカーノ)が作り、広めてきた音楽のジャンル「テハーノ・ミュージック(テックス・メックス)」をおさめたアルバム。このジャンルの魅力を世界に向けて発信し、2010年にはグラミー賞を受賞したバンド、Los Texmaniacs(ロス・テクスマニアックス)と、ロスの中南米系音楽グループで2014年にグラミー賞を受賞した La Santa Cecilia(ラ・サンタ・セシリア)のリード・ヴォーカルで、ソロ活動もしているチカーノ系女性歌手 La Marisoul(ラ・マリソウル)がタッグを組んで制作されたアルバム。メキシコの伝統的な音楽ジャンルであるランチェーラやボレロなど、ずっと歌い継がれている名曲が収録されている。メキシコのシンガーソングライター、クコ・サンチェス(Cuco Sánchez)や、エマ・エレナ・バルデラマル(Ema Elena Valdelamar)などの名曲が、彼らオリジナルのアレンジで展開。ラ・マリソウルの芯があって伸びやかなヴォーカル、Los Texmaniacs のテクニカルな演奏、コーラスが見事にマッチしており、彼らがこの音楽を本当に愛しているのだなとひしひしと感じられる。世界的にも有名な名曲「Mucho Corazón」も圧巻のヴォーカル(デュエット)で、しっとり聴かせるアレンジになっている。
 元々はメキシコの音楽だが、全員がアメリカ在住であるため、メンバーはもはやこれはアメリカの音楽である、と言っている。他国の伝統が新たな地で新たな文化として根付くことは、多民族国家としては充分ありうること。アメリカの伝統音楽や民族音楽をコレクションしているスミソニアン・フォークウェイズからのリリースということも重要視したい。テックス・メックスがアメリカの文化として認識されていると言えるだろう。

↓国内盤あり〼。

15位 Clément Janinet & Adama Sidibé · Sokou !

レーベル:SHelico Music [35]

 フランスのジャズヴァイオリニスト、クレマン・ジャニネ(Clément Janinet)と、マリ共和国のソクー(sokou:マリの民族楽器で1弦の擦弦楽器)奏者アダマ・シディ(Adama Sidibé)が共演したアルバム。
 このプロジェクトの原点は、2020年にクレマンがマリの首都バマコへ行き、マリで唯一のプロのソクー奏者であったアダマに会ったこと。元々クレマンは自身のトリオ「Les Spaces Galvachers」で、即興音楽から伝統音楽まで多様な音楽を演奏、様々なミュージシャンと共演してきた。クレマンは絶滅の危機に瀕しながらも数千年の歴史を持つ西アフリカの伝統楽器ソクーに出会い、それにスポットをあて、2人で共演することになった。「ソクーのための協奏曲」として作曲、演奏し、それをまとめたものが本作である。マリの伝統的な楽曲から彼らのオリジナル曲が収録されている。
 弦楽器であるヴァイオリンとソクーの音の重なり具合がなんとも絶妙。ソクーの音色は女性歌手が高音で歌っているかのようだ。マリのグリオ伝承者/歌手の Mah Demba や、ンゴニ奏者 Badjé Tounkara も参加し、マリのテイストが加わっている。インスト曲だけでなく、ヴォーカルが入った楽曲もある。
 上記動画二つ目は、夕暮れ時に水辺で2人で演奏している姿がなんとも幻想的で、二つの弦楽器が奏でる音も魅惑的。お互いがそれぞれの楽器で会話しているようにも見える。アフリカ音楽で土着感もあるが、ジャズや即興要素も加わり現代的な部分もあり、斬新なアルバム。

14位 Bassidi Koné · Kaïra

レーベル:Remote / Studio Mali [10]

 西アフリカ・マリ共和国出身のジャンベ/バラフォン奏者であるバシディ・コネ(Bassidi Koné)の1stソロアルバム。
 マリのグリオの家系に生まれ、父親がバラフォン(ひょうたんを共鳴させる木琴楽器)奏者で、先祖代々受け継がれてきた伝統的な歌とリズムを幼少期から教え込まれてきた。父親とも一緒に演奏し、その際にはバラ(ひょうたんの太鼓)を演奏していた。13歳の頃、首都バマコに移り、ジャンベの名手 Koninba Bagayogo と出会う。バシディのバラの演奏技術に感銘を受けたKoninba はジャンベも演奏するよう薦めたことがきっかけで、Koninbaのもとでジャンベの演奏技術を磨き才能を伸ばしていった。革新的なプレイで独自の個性を確立し、ジャンベ奏者として国際的なコンテストで際立った存在となり、2005年に自身のルーツであるブワ族の伝統を守るため、同じ系統のグリオ出身のメンバーで構成するパーカッショングループ「Bwazan」を設立。今ではマリを代表するグループとなり、自分たちの音楽的遺産を守りつつ、マリ国内はもとより世界中に平和と連帯のメッセージを広めている。アフロジャズやラテン、レゲエやクラシックなど、ルーツが異なる様々なミュージシャンたちとコラボし、彼が受け継いできた伝統音楽に他のジャンルを取り入れ、芸術性を高めている。
 グループとしてのアルバムリリースはあったが、ソロとしては本作が一作目。今までの活動を色濃く反映した作品となっており、マリの伝説的なミュージシャンたち(ンゴニ奏者のバセク・クヤテや、マリのマルチプレイヤーであるセク・バー、コラ奏者ママドウ・ディアバテ)も参加している。何よりバシディのジャンベの超高速リズムが衝撃的な作品。2曲目「An Kan Ben」では、マリの音楽とキューバの音楽が見事に融合!(マリとキューバの音楽交流は1960年代から行われていたそう)
 マリの豊かな音楽性、バシディの無限の芸術的な演奏テクニックが存分に楽しめるアルバムだ。

13位 Dobrila & Dorian Duo · Dobrila & Dorian Duo 2: Pile Šareno

レーベル:SJF [-]

 マケドニア(正式には北マケドニア共和国)の女性歌手、ドブリラ・グラシェスカ(Dobrila Grašeska)と、音楽家のドリアン・ヨヴァノヴィッチ(Dorian Jovanović)のデュオ、Dobrila & Dorian Duo の最新作。本作がこのデュオにとって2作目となる。
 マケドニアの伝統音楽が彼らのアレンジにより収録されている。ドリアンがウードで演奏し、ドブリラが歌う。アコースティックな音かと思いきや、ルーパーなども使われエレクトロニックな音も入っているが、あくまでもミニマムなサウンド。透明感、浮遊感があるドリアンのヴォーカルと、ウードの音色の組み合わせが、なんとも絶妙で歌の世界観を押し広げている。
 伝統音楽であるが、彼らのオリジナル性も感じられ、静謐なアルバム。心が落ち着く作品だ。

12位 Baaba Maal · Being

レーベル:Marathon Artists [-]

 ユッスー・ンドゥールと並ぶセネガルの音楽家、バーバ・マールの最新作。前作は2016年リリースなので、7年ぶりのリリースとなる。
 セネガル北部の町ポドール出身で、パリにも音楽留学し30年以上音楽活動をしているベテランミュージシャン。海外でも公演するなど、国外のミュージシャンたちとの繋がりも深い。フラ族の言語であるプラール語で歌い、その伝統を広く伝えている。また、人道的な活動も精力的に行っており、国連親善大使にも任命されている。
 本作のタイトル直訳は「〜であること」。アフリカ出身であること、シンガーソングライターであること ……など、パンデミック期間中に「ただ存在すること」が重要だと感じて名付けられた。
 プロデューサーのヨハン・カールバーグ(Johan Karlberg)と、アイデアやデータをやり取りしながら制作したとのこと。エレクトロニックとアコースティック、スピード感とスロー感、自然とテクノロジー、古代の儀式のような感じと未来への高揚感など、相対する部分がシームレスに融合した音楽となっている。ロンドンのグループ The Very Best のシンガーでマラウィ出身の Esau Mwamwaya や、新人シンガー Rougi、モーリタニアのラッパーGeneral Paco Lenol もゲスト参加している。
 砂漠のブルースやトランスっぽさもあり、そしてスピリチュアルさも感じられる。高揚感を得て、最後の曲は儀式で歌われているよう。歌というより世界に向けた彼の魂の祈りに聞こえる。アルバムに引き込まれてしまい、何度もリピートしてしまう。素晴らしい!

11位 Gao Hong & Kadialy Kouyate · Terri Kunda

レーベル:ARC Music [15]

 中国出身で現在はアメリカ在住のピパ(琵琶)奏者ガオ・ホンと、セネガル出身のコラ奏者カディアリー・クヤテのデュオアルバム。
 ガオ・ホンは幼少の頃からピパを演奏し北京のエリート中央音楽院を卒業後、1994年に渡米。中国の伝統音楽を演奏しつつ、多くのミュージシャンや交響楽団とも共演、伝統音楽だけではなく多様なジャンルにおいて音楽活動を行なっている。カディアリー・クアテはセネガルのグリオ家系に生まれ現在はイギリス在住、大学でコラを教えたり、多くのミュージシャンとコラボし活動している。
 ピパ(琵琶)とコラ、おそらく出会うことがほぼ無いであろう楽器が、二人の名手によって、出会い、音楽的な交流が始まった。本作タイトル「Terri Kunda」はセネガルのウォロフ語で「出会いの場所」を表す。二人が出会い、音楽的な交流が始まったことを意味している。
 イギリスとアメリカにいる二人はZoomでやり取りをしていたそう。どちらかがリードしもう一方はそれに乗るというスタイルを曲ごとに展開。お互いリラックスした状況で創作していったという。それがゆったりとした美しい音色にも表れている。どちらも弦楽器ではあるが、それぞれの個性や魅力が二人の演奏で豊かに引き出されている。楽器で二人が会話しているようだ。中国のメロディもあり、アフリカ特有のコラの楽曲と思わせるものもある。二人がそれぞれの楽器を通して会話し、友情を育んでいる、そんなことを思わせるアルバム。それぞれの楽器の音色にうっとりする。

10位 Hiram Salsano · Bucolica

レーベル:Hiram Salsano [-]

 1988年生まれ、イタリア南部カンパニア出身、現在はチレント在住の民族誌研究者、パフォーマーのヒラム・サルサノ(Hiram Salsano)のデビューアルバム。
 南イタリアの伝統舞踊と音楽、特にカンパニアの伝統舞踊に関心を寄せ、南イタリアの口承レパートリーなどを研究してきた。研究中に得た要素を彼女の音楽的感性で融合させ、人間にとって原始的な楽器のひとつである声に焦点を当て、伝統的な歌が伝える意図と表現を維持しようとするために制作された作品。
 本作では彼女は歌だけではなく、tammorraと呼ばれるフレームドラムやカスタネットも担当。他にアコーディオンや、ギター、バグパイプ、ウード、ドラムなどの演奏サポートもある。
 彼女は、イタリア国内および海外の伝統舞踊ワークショップで講師を務める一方、チレント地方のオリーブの木の工芸品に特化した家族の工房で研究・制作を行っている。そして田舎に住んで家族のために自給自足をしているそうだ。彼女の歌から自然が大いに感じられるのは、そのせいだろうか?
 上記動画では口琴から始まるのだが、それ以降に驚かされた。人々が這うようにして草を食べ、そして謎の男性が刀を披露する。この意味がわからない!何か意味があるのだろうか?(意味が知りたい!)
 不思議な世界観を醸し出している動画ではあるが、アルバムとしては伝統的な歌に向き合い、自身の研究成果として正統派の作品となっている。土着感があり、かつ斬新で新鮮さも感じられる作品。

9位 Mara Aranda · Sefarad en el Corazón de Grecia

レーベル:Mara Aranda [8]

本作の音源、動画について、公開を待っておりましたが、公開されず、CD販売のみのようです。そういうポリシーなのかもしれませんね。
以下のSpotifyは、同じシリーズの前作(2019年リリース)となります。前作は、トルコをターゲットとしたセファルディの作品です。
動画はシリーズ1作目、モロッコのセファルディの動画です。ご参考までに。
(2023/6/2 以下追記)
音源がSpotifyで公開されましたので、Youtube と共に差し替えます。

 キャリア30年以上のスペイン・バレンシアの女性歌手、マラ・アランダの最新作。彼女はセファルディ音楽を研究、歌い続ける活動をしている。
 かつてはイスラム文化の拠点だったスペインから追い出され、女性たちの間で歌い継がれてきたユダヤ人の音楽が、セファルディ音楽。北アフリカ・ギリシャ・トルコ・黒海周辺などの地域に逃れた。逃れた先の土地の言葉やリズムも取り入れられ発展していった。多くはスペイン語のヘブライなまりの言語、ラディーノ語で歌われ、歌詞の内容は、ユダヤの歴史や文化を伝えるものであることには間違いないが、女性が歌い継いできたことから、子孫繁栄や子供の幸せ、結婚を願うものが多い。
 本作は、その逃れた先の地域にスポットを当て、その地域でのセファルディ音楽をまとめた5部作のうちの3作目となる。1作目はモロッコ、2作目はトルコ、本作はギリシャ。2017年リリースの1作目、2019年リリースの2作目ともに、本チャートをはじめとしたヨーロッパの年間ランキングで上位を獲得するなど好評を博した。今回も満を辞しての作品であるが、まだ音源を聴けていないのが残念なところ。本作に続いて、ブルガリアと旧ユーゴスラビアをターゲットにしたものが発売される予定とのことで、こちらも期待できる。
(2023/6/2追記)
音源が公開されたので、聴いてみたところ、やはり以前のシリーズ作とはまた異なる趣になっている。場所が違うとこうも違うのかとセファルディの奥深さを感じられる。

8位 Mostar Sevdah Reunion · Lady Sings the Balkan Blues

レーベル:Snail [2]

 ボスニア・ヘルツェゴビナの伝説的なグループ、モスタル・セヴダ・リユニオンの12作目となる最新作。1月に9位で初ランクイン、3月に1位となり今月も上位をキープ!
 彼らは、ボスニア・ヘルツェゴビナ発祥の伝統的な民族音楽セヴダ(セヴダリンカともいう)を演奏する。ユーゴスラビア紛争の最中1998年に結成され、今年で結成25周年。途中メンバーの死去や新メンバー加入を経て、現在も活動している。セヴダだけでなく、ロマのミュージシャンとも共演したり、セヴダと現代音楽との融合を試みている。1stアルバムは1999年にリリースされ、それ以来様々なワールドミュージックのフェスティバルで演奏し、多くの音楽賞を受賞しているグループ。
 セヴダは短調で感情的なメロディーが特徴で、ブルースやフラメンコ同様に喜怒哀楽(特に哀しみ)を表現し、庶民のための音楽。本作は「バルカン・ブルースを歌う女性」ということで、2017年に加入した女性ヴォーカル Antonija Batinić の歌がメインとなっている。女性の気持ちを歌った伝統的なセヴダの楽曲や、オリジナル曲が収録されている。愛する人を待ち続けている女性や、望まぬ結婚をさせられる女性の気持ちを、彼女の伸びやかで力強くも切ない歌声で感情的に表現している。
 アルバム最後の曲は、2021年ツアー前に亡くなってしまったグループのメンバー Milutin Sretenovic Sreta を偲んで録音された曲。Sreta は2018年にリリースされた前作『The Balkan Autumn』でメインヴォーカルを務めていたキーパーソン。SretaとAntonija が一緒に歌っているこの曲が最後の収録となり、ボーナストラックとして本作に収録されている。上記MV最後の映像が彼が歩く後ろ姿を映しているのだが、背中で別れを告げているようだ。
 地理的なことも影響するのだろうが、東洋的な音階も感じられるセヴダ。現代的にもアレンジされており、非常に聴きごたえのある印象的な作品。


7位 Driss El Maloumi · Aswat

レーベル:Contre-Jour / Zig Zag World [14]

 2017年(国内盤は2019年)にリリースされたアルバム『Anarouz(希望)』が好評を博したユニット3MAのメンバー、モロッコ出身のウード奏者ドリス・エル・マルーミ(Driss El Maloumi)のソロ名義最新作。3MAでは、マリのコラ奏者バラケ・シソコと、マダガスカル出身のヴァリハ(マダガスカルの民族楽器で竹筒の周りに弦を張った撥弦楽器)との共演がとても素晴らしく、世界で大きく評価された。
 ドリスは1970年モロッコ生まれ。1994年モロッコ国内のウードコンテストで名誉賞を受賞するなど数多くの賞を受賞している。ヨーロッパや中東など世界の多くのミュージシャン、詩人などとの共演や、映画音楽にも携わるなど活躍しており、「ウードの魔術師」とも称される実力派アーティスト。
 本作はウードとパーカッションによる音楽で、何年も前から構想していたという。アルバムタイトル『Aswat』は、アラビア語で「音」という意味。アラブ音楽におけるタラブ(tarab:音楽を聴いた後の至福、満足、歓喜、恍惚の間にある驚きの感覚)を追求した作品となっている。パーカッションは、ラフシーン・バキール(Lahoucine Baqir)、サイード・エル・マルーミ(Saïd El Maloumi)の二人が担当。サイードはドリスの弟で、本作ではウードも演奏している。また彼らの妹カリマ・エル・マルーミ(Karima El Maloumi)もヴォーカルとして参加。ウードとパーカッションの世界が豊かに広がり、歌で彩りをそえている。ドリスのウードのテクニックに驚嘆すると同時に、ウードの音色の豊かさに心奪われ、まさに魔術にかかるような感覚をおぼえる美しい作品。

↓国内盤あり〼。(日本語解説/帯付き)

6位 Moonlight Benjamin · Wayo

レーベル:Ma Case [7]

 ハイチ出身フランスで活動するシンガー(ヴードゥー教の祭司でもある)ムーンライト・ベンジャミンの最新作。本作が4作目となる。
 1971年ハイチで産まれるがその際に母親が亡くなり、牧師の養女として孤児院で育てられた。教会のゴスペルを聴きながら育ち、ハイチのミュージシャンたちのバックコーラスを務るなど歌手活動をしていたが、2002年フランス・トゥールーズへ渡り本格的に歌(ジャズ)を学び始める。2009年ハイチで多く信仰されているヴードゥー教に正式に入信するためハイチに戻る一方、フランスでの歌手活動も並行して行いオマール・ソーサなど著名なアーティストとも共演、ジャズシンガーとしての名声を高めていった。
 2011年には1stアルバムをリリースしたが、それはハイチに根ざしたアコースティックなワールドミュージックだった。2017年にギタリスト/プロデューサーのマティス・パスコー(Matthis Pascaud)と出会ったことで、ヴードゥーロックのスタイルにシフトし、2018年にアルバム『Siltane』をリリース。さらに2020年には前作『Simido』をリリース、彼女オリジナルのヴードゥーロックを展開し大きな好評を得た。
 アルバムタイトルはハイチのクレオール語で「痛みの叫び」と訳される。楽曲はクレオール語で歌い、低音ヴォイスのヴォーカルが心に響く。祈りにも聴こえるような静かな歌声から、ハイチの人々の叫びを表現しているかのような歌声、そして何よりもパワー漲るヴォーカルとそのグルーヴ感にどっぷりと引き込まれてしまう。エレキギターと、疾走感あるドラムの組み合わせが、前作以上にサウンドの重厚感を増している。はっきり言うとロック!でも単なるロックではなく、彼女のバックグラウンドであるハイチ、さらにはワールドミュージックの要素も加わっており、前作よりさらに重みがあるロックとなっている。私たちの耳にも馴染みやすい単語が連呼されており、これは聴けば聴くほどハマってしまう!聴き終わるとなぜかスッキリし、また聴きたくなってしまう。ひょっとしたら魔術にかかってしまったのかもしれない、と思わされるアルバムだ。

5位 Kimi Djabaté · Dindin

レーベル:Cumbancha [1]

 西アフリカのギニアビサウ共和国出身で現在はポルトガル在住のギタリスト/パーカッショニスト/バラフォン(アフリカの木琴)奏者、キミ・ジャバテの最新作。先月は1位となり、今月も5位をキープ!
 1975年グリオ家系の生まれ。貧しいながらも音楽一家で育ち、3歳の頃バラフォンを与えられ、早くから神童と呼ばれた。彼が演奏することで家族の収入源となった。19歳の時ギニアビサウの国立音楽舞踊団に所属し、ヨーロッパツアーに参加。そのままポルトガルのリスボンに移り住み、地元音楽シーンのネットワークを構築、多くのミュージシャンと仕事しながら独自のサウンドを確立してきた。2019年にはマドンナの「Ciao Bella」にフィーチャリングシンガーとしても参加している。
 初のソロアルバム『Teriké』は2005年に自主制作、2009年には2ndアルバム『Karam』、2016年には3rdアルバム『Kanamalu』を発売、本作が4作目のアルバムとなる。これまでの作品と同様、グリオへのオマージュを込めているが、同時にアフリカの現代生活の複雑さ、喜びと障害についても表現している。アルバムタイトル『Dindin』は、ギニアビサウ北部のマンディンカ族が話すマンディンガ語で「子供」を表す。子供や女性の権利や貧困、教育、宗教など社会的、政治的なテーマを本作で扱っている。
 ギニアビサウの伝統音楽ジャンルであるグンベに、レゲエやアフロビート、カーボヴェルデのモルナや砂漠のブルース、そしてポルトガルのファドなどの多様な音楽が絶妙にミックスされたグルーヴ感がたまらなく心地よい。自身のルーツや、今までのキャリアが凝縮されており、グリオや伝統音楽、母国のギニアビサウやアフリカを、音楽で讃えているのが感じられるアルバム。

↓国内盤あり〼。(日本語解説付き)

4位 Altın Gün · Aşk

レーベル:Glitterbeat [5]

 アムステルダムを拠点に活動、「ターキッシュ・サイケデリア」や「アナトリア・ロック」を現代版にアレンジしたことで知られるオランダ/トルコの混成グループ、アルトゥン・ギュンの最新作!本作は2021年リリースの『Yol』以来の作品となり、これが5作目となる。
 2019年に発表のアルバム『ゲジェ〜夜』が大注目され、2020年のフジロックに参加予定だったが、残念ながらコロナにより中止に。しかし、昨年のフジロックについに登場!日本の音楽ファンたちの度肝を抜いたステージを披露した。
 前作では、パンデミックの影響で自宅で制作したためエレクトロニックでシンセサイザーが効いたサウンドだったが、本作では一転、初期の頃の作品と同様に70年代のアナトリアのフォーク・ロックサウンドへの豪快な回帰を示している。メンバーみんなでスタジオに入り、一緒に音楽を作り上げていった。テープによるライブ録音に戻り、ヴィンテージの機材や録音技術を使い、細部までにこだわりながら制作したとのこと。生演奏のサウンドと共にメンバーの一体感、パワーやエネルギーなども音から感じられる。
 本作でもトルコの伝統的な民謡を現代風に彼ら独自に再解釈した楽曲が収録されている。サウンドを一転したということだが、エレクトロニックな楽曲が全く無いわけではなく、今まで以上にパワーアップしていると感じられる。本作でもエレクトリック・サズが使われており、彼らのサウンドの特徴であることは変わりない。パンデミックが明けた喜びも感じられ、ますます前進していくぞ!という気概が伝わる作品。

↓国内盤あり〼。(日本語解説/帯付き、LPもあります)

3位 King Ayisoba · Work Hard

レーベル:Glitterbeat [3]

 ガーナ北部出身1974年生まれ、フラフラ族の伝統楽器コロゴ(二弦の弦楽器)を使って弾き語りするキング・アイソバの最新作。2017年の前作『1000 Can Die』以来のリリースとなる。
 幼い頃からコロゴを独学で学び、演奏し続け、2000年代前半にガーナの音楽界に登場。彼の鋭いダミ声での歌声とコロゴによるライブパフォーマンスで多くの注目を集め、ヨーロッパにも活動の場を広げた。2014年リリースのアルバム『Wicked Leaders』の収録曲「Mbhee」で、ガーナ音楽賞の最優秀伝統曲賞をキャリアで2度目となる受賞を果たした。
 本作のプロジェクトは当初オランダでレコーディングを始めたが、パンデミックの影響でガーナに戻ることとなった。アルバムを完成させるためガーナで全力を注ぎ制作された渾身の作品。タイトルは「Work Hard」は、自分の音楽と懸命に向き合ったということを表現しているのだろう。10年来活動を共にしてきたオランダ人音楽家 Zea(アーノルド・デ・ボーア)が今回もプロデューサーとして参加、ガーナ音楽の伝統と最先端の音楽をさらに融合させたミクスチュアを構築している。また、ガーナにおける社会問題についても取り上げており、選挙の際に公約だけを掲げいざ当選すると国民に背を向ける政治家や、国境における緩い規制、政治家がいかに汚職に目をつぶっているか、ガーナの女性たちの不平等な立場などについて、フラフラ語、トウィ語、彼独特のスタイルのピジン英語でメッセージを送っている。
 アフリカ独特のリズム感、歌詞のリピート、そしてアイソバのダミ声によるヴォーカルが絶妙にマッチしている。笛と太鼓を使い日本のお祭りの音楽にも聴こえる曲もあり、何度も繰り返して聴きたくなる。
「ボブ・マーリーがレゲエ・ミュージックを世界に広めたように、私はコロゴ・ミュージックを世界に広めたい」と語るアイソバ。彼の思いが濃縮している本作を通して、世界に伝わっているのではないだろうか。

↓国内盤あり〼。(日本語解説/帯付き、LPもあり)

2位 Dur-Dur Band Int. · The Berlin Session

レーベル:Outhere [4]

 東アフリカのソマリアで80年代に活躍したバンド、ドゥル・ドゥル・バンド。ファンクやソウル、レゲエやディスコ・ミュージックと、ソマリアの伝統音楽がミックスされた独自の大衆音楽「モガディスコ・サウンド」を作り上げ、大ブレイクした。内戦が激しくなった80年代終盤以降活動の場を失ってしまい、90年代には解散。しかし、2011年にロンドンを拠点とし、ドゥル・ドゥル・バンド・INTという名前で再結成、本作が実に30年ぶりとなる新作。ソマリア時代の1st、2ndアルバムをリイシューし、2枚組として2018年にリリースされたアルバムも大きな反響があったことは記憶に新しい。
 本作は、2019年にベルリンに招かれた際に録音した作品。ソマリアの伝説的ヴォーカリスト3名も参加、80年代黄金期の「モガディスコ・サウンド」を忠実に再現している。ソマリアの伝統音楽とファンク、ディスコサウンドがミックスされているが、ヴォーカルはどことなく民謡や演歌を思わせ、親近感を感じる。そして超カッコイイ!グルーヴ感がたまらない!
 上記動画からは、レジェンドたちが心から楽しんで演奏している様子が伝わってくる。黄金期を越え、そこに渋さや人生の深みといったいぶし銀の魅力が加わり、音楽的にも幅が広がっている。上位に食い込んできたのも納得できる作品。

↓国内盤あり〼。(日本語解説/帯付き、LPもあります)

1位 Ali Farka Touré · Voyageur

レーベル:World Circuit [22]

 マリの伝説的なギタリスト/ヴォーカリスト、アリ・ファルカ・トゥーレの未発表音源集。アリの息子のヴィユー・ファルカ・トゥーレとクルアンビンが、アリをリスペクトしてリリースしたコラボ作品が今年1〜3月の本チャートにランクインしていたのも記憶に新しいが、本作はアリ自身の作品。2011年にグラミー賞ベスト・トラディショナル・ワールド・ミュージック賞を受賞したアルバム『Ali & Toumani』以来のリリースとなる。
 マリの伝統的な音楽スタイルとブルースの明確な要素を融合させ、今では「デザート・ブルース(砂漠のブルース)」としてよく知られる画期的な新ジャンルを生み出した。残念ながら2006年に亡くなってしまったが、今なおアフリカ音楽、ワールド・ミュージックの伝説とされている。
 本作は、1991年から2004年にかけて即興のジャムセッションやコンサートのリハーサルで録音された未発表の音源で、息子のヴィユーの協力を得て制作された。それぞれ録音されたのだろうが、アルバム全体の流れとしてはとても自然に感じられ、まるであらかじめ制作する予定であったかのように聴こえるのが素晴らしい。本チャートの2021〜2022のシーズンベストアルバムにも選ばれたマリ出身のベテラン女性歌手ウム・サンガレも参加し、マリのスーパースターの共演が実現されている。
 タイトルは「旅人」を意味する。彼の生涯、そして亡くなってもまだ「旅人」であることを意味しているのであろう。伝説として世界的に尊敬されていることを再認識した作品だ。

(ラティーナ2023年5月)

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