見出し画像

[2023.6]最新ワールドミュージック・チャート紹介【Transglobal World Music Chart】2023年6月|20位→1位まで【聴きながら読めます!】

e-magazine LATINA編集部がワールドミュージック・チャート「Transglobal World Music Chart」にランクインした作品を1言解説しながら紹介します! ── ワールドミュージックへの愛と敬意を込めて。20位から1位まで一気に紹介します。

※レーベル名の後の [ ]は、先月の順位です。
「Transglobal World Music Chart」は、世界各地のワールドミュージック専門家の投票で決まっているワールドミュージックのチャートです。主な拠点がヨーロッパなので、ヨーロッパに入り込んだワールドミュージックが上位にランクインする傾向があります。

20位 Naïssam Jalal · Healing Rituals

レーベル:Les Couleurs du Son [20]

 シリア人の両親のもとパリで生まれたフルート奏者/作曲家、ナイサム・ジャラルの最新作。
 幼い頃からクラシックフルートを学び、仏・コンセルヴァトワール修了後は、自身のルーツを探求すべく、シリア・ダマスカスのアラブ音楽研究所でネイを専門的に学んだ。その後エジプトの偉大なヴァイオリニスト、アブドゥ・ダゲール(Abdo Dagher)に師事。2006年フランスに戻り、それ以降はレバノン出身パレスチナ人ラッパーや、エジプト人ウード奏者などと多数共演。さらに2009年からはウード/ギター奏者のヤン・ピタード(Yann Pittard:フランス在住のサックス奏者仲野麻紀さんともユニット「Ky」を組んでいる)ともデュオを結成し、フランス、シリア、日本、レバノン、チュニジアなどでツアーを行うなど精力的に活動している。異なる音楽文化、東洋と西洋の間を行き来しオリジナルのスタイルを確立、多くの賞を受賞する実力派アーティストである。
 ある時、彼女が数週間入院することになり、友人のミュージシャンが彼女の病室で演奏してくれた。その時に、音楽が内面的(精神的)に癒されるだけでなく、生理学的にも身体に大きなインパクトを与えてくれたそうだ。これがきっかけとなり今まで自分が受けてきた幸運を他の人にも音楽で返すべく、本作が生まれた。アルバムタイトルは「癒しの儀式」。苦しむ肉体を癒すため、沈黙、トランス、美という3点から想像力を結集して創作した。自然の要素が今まで自身にどのように幸福をもたらしてくれたかを思い、各曲のタイトルとなっている自然の要素、風、太陽、丘、川、大地、森、月、霧からインスピレーションを得て、それぞれの要素が持つエネルギーを音楽に転写した。彼女のフルート、ネイ、ヴォーカルの他、クレモン・プティ(Clément Petit)のチェロ、クロード・チャミッチアン(Claude Tchamitchian)のコントラバス、そしてドラムスにザザ・デシデリオ(Zaza Desiderio)の四重奏。ジャズであり、中東の伝統音楽でもある。前衛的で、独創的で、即興性も感じられる。彼女が経験してきた区切りのない音楽の世界が広がっている。そして心の深い奥底に彼女の精神性が響き渡る。良作です。

19位 Brìghde Chaimbeul · Carry Them With Us

レーベル:Tak:til / Glitterbeat [24]

 スコットランド出身のスモールパイプ奏者、Brìghde Chaimbeul のソロ作品としては2作目となるアルバム。
 彼女は、実験的なケルト音楽を提供する第一人者であり、BBCのヤングフォークアワードとホライズンアワードを受賞した。また2021年グラスゴーで開催されたCOP26気候会議では、各国首脳の前で演奏を披露した実力派のアーティスト。
 一般的に知られているバグパイプはグレート・ハイランド・パイプという種類であり、彼女が演奏しているスモールパイプは、グレート・ハイランド・パイプを室内用に改良したもの。楽曲中ずっと低音が鳴り続いているが、それがスモールパイプの通奏低音である「ドローン」の特徴。このドローンの豊かな音色とトランスになるような音の恒常性を強調する革新的な演奏スタイルを彼女が開発した。確かにこのずっと響く音色は、楽曲の土台となっている。存在が危ぶまれるほどの楽器だったが、彼女がこの楽器を復活させたといえる。
 本作では、モントリオールを拠点に活動するカナダ系アメリカ人のサックス奏者/マルチリード奏者/作曲家、Colin Stetsonも参加している。2人の演奏と、彼女の歌も収録されている。彼女のバックボーンであるスコットランドの物語にインスパイアされた楽曲を、スコットランドの民族楽器を使いながら演奏しているが、ただ伝統的ということだけではなく、革新的な演奏方法を確立させながら現代的な音に仕上げている。アンビエントであり、ミニマルで、聴いていて気持ち良くなる作品。

↓国内盤あり〼。(日本語説明の帯付き、LPもあります)


18位 Inna Baba Coulibaly · Djilly Kawral

レーベル:Remote / Studio Mali [-]

 Inna Baba Coulibalyは、マリ共和国西部のクリコロ州のナラ地区で生まれ育ったフラニ族の歌手。そこは、北にはモーリタニア・イスラム共和国との国境を接する文化のるつぼの地域だ。Inna Baba Coulibalyは、新しいアルバム『Djilly Kawral (2023)』で、4世紀の頃から同地に住むFulbé、Soninke、Bamanan、Moor のコミュニティの文化遺産を統合した音楽を奏でている。

「自分が曲を書いているのではなく、より深い源から自然発生的に湧き出る歌を、自分の声を通じて形にする器としての役割を担っている」(Inna Baba Coulibaly)

 月明かりの下で歌うのが好きな子どもだったが、若くして結婚し、歌うことが禁じられたが、祭で歌うように指示され、コンテストでNo1になり、存在が知られるようになる。

 1970年代半ばに、マリの首都バマコに移り住み、有名なンゴニ奏者である Amadou Djeliba の家に頻繁に通い、演奏に魅了された。演奏には、アリ・ファルカ・トゥーレもしばしばギターで参加していた。こういった環境で、Inna Baba Coulibalyは、ソロ歌手を目指すようになり、1975年3月に、Amadou Djeliba や アリ・ファルカ・トゥーレ と、『Sahel』を1日でレコーディングした。

 それから時を経て『Djilly Kawral 』で歌うのは、愛と平和への呼びかけであり、家族やコミュニティから、精神性や民族の誇りまで、さまざまなテーマをカバーしている。歌の面で、Inna Baba Coulibaly とコール&レスポンスしているのは、娘のAwa Pouloだ。本作で、Inna Baba Coulibalyは、リスナーを彼女の生まれ育った地域の伝統音楽の豊かな世界に引き込んでいく。

17位 Seckou Keita with BBC Concert Orchestra · African Rhapsodies: A Work for Kora and Symphonic Orchestra

レーベル:Claves [-]

 ソロだけでなく、イギリスのハープ奏者カトリン・フィンチ(Catrin Finch)とのデュオ(『Clychau Dibon』(2013年)、『SOAR』(2018年)、『Echo』(2022年))や、キューバ出身のピアニストオマール・ソーサ(Omar Sosa )とのデュオ(『Transparent Water』(2017年)、『Suba』(2021年))でも世界的に高い評価を得ているセネガル出身のコラ奏者セク・ケイタ(Seckou Keita)。「コラ」は、西アフリカが発祥のリュート型撥弦楽器で、300年以上に渡って受け継がれてきた伝統的な民族楽器だ。ハープやギターの原型とも言われ、アフリカの民族楽器の中でも最も美しい音色を持つとされる。

 過去、何世紀にもわたってオーケストラは、ヴァイオリンやピアノ、フルートなどのための編曲がされてきたが、この録音は、「アフリカの魔法のような美しい音を奏でる楽器」コラを讃えて、コラとオーケストラのために書き下ろした楽曲をスタジオでレコーディングしたもの。作曲はセク・ケイタで、オーケストラのための編曲をしたのはイタリア人作曲家の Davide Mantovani。オーケストラは、BBCコンサート・オーケストラだ。また、南アフリカのチェロ奏者Abel Sealocoe と、ガンビアの打楽器奏者Suntou Sussoがゲスト参加している。

 音楽とはどこから来てどこへ行くのか、私たちはどこから来てどこへ行くのかを考えさせられる魅惑的な作品。美しく壮大。

A work composed by Seckou Keita and arranged by Davide Mantovani
African Rhapsoides is a work in partnership with BBC Concert Orchestra
Conducted by Mark Heron
Produced by Seckou Keita & Chélima


16位 Plena Libre · Cuatro Esquinas

レーベル:GN Música [19]

 結成30周年、グラミー賞やラテングラミー賞に複数回ノミネートされるプエルトリコのベテラングループ、プレナ・リブレの最新作。本作が16枚目のアルバムとなる。プエルトリコ発祥の大衆音楽プレナ(Plena)や、アフリカがルーツの伝統音楽ボンバ(Bomba)のリズムにアフロ・カリビアン、ラテンジャズが融合した音楽を世界中の聴衆に届けている。
 アルバムタイトルは直訳すると「4つの街角」。バンドの創設者であり、リーダーでベーシストのゲイリー・ヌニェスが10代の頃住んでいた地域の4つ角のこと。そこでは人々が集まり、悲しみや喜び、ロマンスや冒険などが繰り広げられていた。本作ではその経験を表現したもので、プエルトリコの「伝統的」な曲とオリジナル曲をミックスし、グルーヴ感あふれるダンスミュージックを展開している。
 ヴォーカリストたちの歌と彼らのハーモニーが圧倒的な存在感を放っている。プレナで使われる打楽器「pandero(パンデロ:タンバリンのような形状でジングルが無いもの。大中小のサイズがある)」の繰り返されるリズム、ホーンの音色とヴォーカルの組み合わせが非常に心地よく、中南米音楽が好きな人にはたまらないアルバム。サルサやバチャータとはまた違ったテイストが堪能でき、カリブ海のサウンドに酔いしれてしまう。

15位 Sissoko, Segal, Parisien, Peirani · Les Égarés

レーベル:Nø Førmat [23]

 フランスで活動するコラ、チェロ、サックス、アコーディオンの4人の奏者が溶け合った美しい作品。

 コラには、マリを代表する作曲家/コラ奏者のバラケ・シソコ(Ballaké Sissoko)。チェロには、フランス出身でバラケ・シソコとの共作アルバム『Chamber Music』(2009年)が世界的にヒットしたバラケ・シソコの盟友、ヴァンサン・セガール(Vincent Segal)。サックスは、フランス出身の若手ソプラノサックス奏者エミール・パリジャン(Emile Parisien)。アコーディオンは、フランス出身アコーディオン奏者ヴァンサン・ペイラーニ(Vincent Peirani)。

 バラケ・シソコとヴァンサン・セガールに『Chamber Music』(2009年)、『Musique De Nuit』(2015年)というデュオ作があるように、エミール・パリジャンとヴァンサン・ペイラーニには、『Belle Époque』(2014年)、『Abrazo』(2020年)というデュオ作があり、この4人の共演は、Duo × Duo と捉えることもできる。

 このカルテット「 Les Égarés(失われたもの)」の結成の契機は、2019 年に、 NØ FØRMATレーベルの 15 周年を祝うイベントで、4人が会したことがきっかけ。ジャズでもトラッドでもチェンバーでもアヴァンギャルドでもない、様々な音楽的な豊かさに満ち溢れた穏やかなアルバムに結実した。

メンバー:
Ballaké Sissoko(kora)
Vincent Segal(cello)
Emile Parisien(soprano saxophone)
Vincent Peirani(accordion, accordina)

14位 Aditya Prakash · Karnatik Roots

レーベル:Yarlung [-]

 Aditya Prakash のHPをのぞくとまず、ティグラン・ハマシアン(Tigran Hamasyan)によるコメントが目に入る。
「Aditya Prakashは、自分自身の言葉を話ながらも、すべての人に語りかける方法を見つけた、ビジョナリーアーティストです」

 ロサンゼルスに生まれ、インドと米国で育ったAditya Prakashは、カルナティック音楽(南インド古典音楽)の若き名手で、16歳の若さで、かのRavi Shankarとツアーを演奏を行った最年少の音楽家のうちの1人だ。その後、Anoushka Shankar、 Karsh Kale、Tigran Hamasyan,、 Mythili Prakash、Akram Khan といった一流の音楽のイノベーターと演奏を続けてきた。

 前作では、Aditya Prakash Ensemble を結成し、カルナティックとジャズが対話する折衷的な音楽を追求したが、本作は、タイトルの『Karnatik Roots』が示すように、カルナティック音楽(南インド古典音楽)の伝統を真正面から向き合った作品。7つのラーガを披露し、非常に高音質なDSD環境で録音した。Pure DSD Stereo や、5 Channel Surround Sound DSD 256 といったフォーマットでも音源を購入することができる。

「ラーガとは、メロディーの実体であり、曲であり、フレーズである。また、ラーガは人格であり、生き物であり、その世界に自由に入り込み、探求を始めるために親しくならなければならない友人やパートナーである」(Aditya Prakash)

13位 Al Bilali Soudan · Babi

レーベル:Clermont Music [-]

 グループ名の「Al Bilali Soudan」は、西アフリカのマリ共和国内のニジェール川の中流域、川の湾曲部に位置する砂漠の民トゥアレグ族の都市「トンブクトゥ」の昔の名前に由来する。Al Bilali Soudanは、トゥアレグ人のグリオによる冠婚や祝祭のダンス音楽、“タカンバ”をベースにし、現代のバンジョーの先駆けである「テハルダント(弦楽器ンゴニと同じ、タマシェク語でこう呼ぶ)」の掛け合いが聴きどころだ。

 2012年のデビューアルバム時点では、純アコースティックなテハルダントの演奏だったが、2020年の前作『TOMBOUCTOU』でテハルダントが電化し、クラクラするようなトランシーな音圧に圧倒されるようになった。「砂漠のブルース」と言われる素晴らしいバンドもいくつか存在するが、Al Bilali Soudanのサウンドは、ノイジーで無機質で最も荒々しい。
 打楽器のメンバーは、大型の瓢箪を2つに割った打楽器、カラバシを演奏する。大地を叩くようなカラバシの音がビートを刻む。
 ヴォーカルは、歌というより叫び / 語りであり、この音楽的の原始的で力強い磁力を増幅している。

 メンバーは全員、何世代にもわたって “タカンバ” を演奏してきたトゥアレグ族の出身で、テハルダントの名手であるAbellou Yattara がリーダーを務めている。

12位 Altın Gün · Aşk

レーベル:Glitterbeat [4]

 アムステルダムを拠点に活動、「ターキッシュ・サイケデリア」や「アナトリア・ロック」を現代版にアレンジしたことで知られるオランダ/トルコの混成グループ、アルトゥン・ギュンの最新作!本作は2021年リリースの『Yol』以来の作品となり、これが5作目となる。
 2019年に発表のアルバム『ゲジェ〜夜』が大注目され、2020年のフジロックに参加予定だったが、残念ながらコロナにより中止に。しかし、昨年のフジロックについに登場!日本の音楽ファンたちの度肝を抜いたステージを披露した。
 前作では、パンデミックの影響で自宅で制作したためエレクトロニックでシンセサイザーが効いたサウンドだったが、本作では一転、初期の頃の作品と同様に70年代のアナトリアのフォーク・ロックサウンドへの豪快な回帰を示している。メンバーみんなでスタジオに入り、一緒に音楽を作り上げていった。テープによるライブ録音に戻り、ヴィンテージの機材や録音技術を使い、細部までにこだわりながら制作したとのこと。生演奏のサウンドと共にメンバーの一体感、パワーやエネルギーなども音から感じられる。
 本作でもトルコの伝統的な民謡を現代風に彼ら独自に再解釈した楽曲が収録されている。サウンドを一転したということだが、エレクトロニックな楽曲が全く無いわけではなく、今まで以上にパワーアップしていると感じられる。本作でもエレクトリック・サズが使われており、彼らのサウンドの特徴であることは変わりない。パンデミックが明けた喜びも感じられ、ますます前進していくぞ!という気概が伝わる作品。

↓国内盤あり〼。(日本語解説/帯付き、LPもあります)

11位 King Ayisoba · Work Hard

レーベル:Glitterbeat [3]

 ガーナ北部出身1974年生まれ、フラフラ族の伝統楽器コロゴ(二弦の弦楽器)を使って弾き語りするキング・アイソバの最新作。2017年の前作『1000 Can Die』以来のリリースとなる。
 幼い頃からコロゴを独学で学び、演奏し続け、2000年代前半にガーナの音楽界に登場。彼の鋭いダミ声での歌声とコロゴによるライブパフォーマンスで多くの注目を集め、ヨーロッパにも活動の場を広げた。2014年リリースのアルバム『Wicked Leaders』の収録曲「Mbhee」で、ガーナ音楽賞の最優秀伝統曲賞をキャリアで2度目となる受賞を果たした。
 本作のプロジェクトは当初オランダでレコーディングを始めたが、パンデミックの影響でガーナに戻ることとなった。アルバムを完成させるためガーナで全力を注ぎ制作された渾身の作品。タイトルは「Work Hard」は、自分の音楽と懸命に向き合ったということを表現しているのだろう。10年来活動を共にしてきたオランダ人音楽家 Zea(アーノルド・デ・ボーア)が今回もプロデューサーとして参加、ガーナ音楽の伝統と最先端の音楽をさらに融合させたミクスチュアを構築している。また、ガーナにおける社会問題についても取り上げており、選挙の際に公約だけを掲げいざ当選すると国民に背を向ける政治家や、国境における緩い規制、政治家がいかに汚職に目をつぶっているか、ガーナの女性たちの不平等な立場などについて、フラフラ語、トウィ語、彼独特のスタイルのピジン英語でメッセージを送っている。
 アフリカ独特のリズム感、歌詞のリピート、そしてアイソバのダミ声によるヴォーカルが絶妙にマッチしている。笛と太鼓を使い日本のお祭りの音楽にも聴こえる曲もあり、何度も繰り返して聴きたくなる。
「ボブ・マーリーがレゲエ・ミュージックを世界に広めたように、私はコロゴ・ミュージックを世界に広めたい」と語るアイソバ。彼の思いが濃縮している本作を通して、世界に伝わっているのではないだろうか。

↓国内盤あり〼。(日本語解説/帯付き、LPもあり)


10位 Driss El Maloumi · Aswat

レーベル:Contre-Jour / Zig Zag World [7]

 2017年(国内盤は2019年)にリリースされたアルバム『Anarouz(希望)』が好評を博したユニット3MAのメンバー、モロッコ出身のウード奏者ドリス・エル・マルーミ(Driss El Maloumi)のソロ名義最新作。3MAでは、マリのコラ奏者バラケ・シソコと、マダガスカル出身のヴァリハ(マダガスカルの民族楽器で竹筒の周りに弦を張った撥弦楽器)との共演がとても素晴らしく、世界で大きく評価された。
 ドリスは1970年モロッコ生まれ。1994年モロッコ国内のウードコンテストで名誉賞を受賞するなど数多くの賞を受賞している。ヨーロッパや中東など世界の多くのミュージシャン、詩人などとの共演や、映画音楽にも携わるなど活躍しており、「ウードの魔術師」とも称される実力派アーティスト。
 本作はウードとパーカッションによる音楽で、何年も前から構想していたという。アルバムタイトル『Aswat』は、アラビア語で「音」という意味。アラブ音楽におけるタラブ(tarab:音楽を聴いた後の至福、満足、歓喜、恍惚の間にある驚きの感覚)を追求した作品となっている。パーカッションは、ラフシーン・バキール(Lahoucine Baqir)、サイード・エル・マルーミ(Saïd El Maloumi)の二人が担当。サイードはドリスの弟で、本作ではウードも演奏している。また彼らの妹カリマ・エル・マルーミ(Karima El Maloumi)もヴォーカルとして参加。ウードとパーカッションの世界が豊かに広がり、歌で彩りをそえている。ドリスのウードのテクニックに驚嘆すると同時に、ウードの音色の豊かさに心奪われ、まさに魔術にかかるような感覚をおぼえる美しい作品。

↓国内盤あり〼。(日本語解説/帯付き)

9位 Hiram Salsano · Bucolica

レーベル:Hiram Salsano [10]

 1988年生まれ、イタリア南部カンパニア出身、現在はチレント在住の民族誌研究者、パフォーマーのヒラム・サルサノ(Hiram Salsano)のデビューアルバム。
 南イタリアの伝統舞踊と音楽、特にカンパニアの伝統舞踊に関心を寄せ、南イタリアの口承レパートリーなどを研究してきた。研究中に得た要素を彼女の音楽的感性で融合させ、人間にとって原始的な楽器のひとつである声に焦点を当て、伝統的な歌が伝える意図と表現を維持しようとするために制作された作品。
 本作では彼女は歌だけではなく、tammorraと呼ばれるフレームドラムやカスタネットも担当。他にアコーディオンや、ギター、バグパイプ、ウード、ドラムなどの演奏サポートもある。
 彼女は、イタリア国内および海外の伝統舞踊ワークショップで講師を務める一方、チレント地方のオリーブの木の工芸品に特化した家族の工房で研究・制作を行っている。そして田舎に住んで家族のために自給自足をしているそうだ。彼女の歌から自然が大いに感じられるのは、そのせいだろうか?
 上記動画では口琴から始まるのだが、それ以降に驚かされた。人々が這うようにして草を食べ、そして謎の男性が刀を披露する。この意味がわからない!何か意味があるのだろうか?(意味が知りたい!)
 不思議な世界観を醸し出している動画ではあるが、アルバムとしては伝統的な歌に向き合い、自身の研究成果として正統派の作品となっている。土着感があり、かつ斬新で新鮮さも感じられる作品。

8位 Omara Portuondo · Vida

レーベル:One World [-]

 現在92歳のキューバの至宝「オマーラ・ポルトゥオンド(Omara Portuondo )」。全11曲中10曲に、一流のゲストを迎えており、ベスト盤か何かの企画盤かと見間違うようなレパトリーの面構えだけれど、92歳のオマーラがリリースした新作オリジナル・アルバムで、タイトルは「人生(Vida)」だ。心して聴くべし!

 前作『Omara Siempre』をリリースしたのは87歳の時。90歳のオマーラは、パンデミックによって、ツアーを中断しせざるを得なくなりハバナから動けなくなったが、この人類史の重要な時期に、やはり音楽で表現することを選んだ。オマーラの息子で、彼女のキャリアを20年以上支えてきたAriel Jiménez Portuondoは、近年グラミー賞にもノミネートされているグアテマラ出身のシンガーソングライター、ギャビー・モレノ(Gaby Moreno)という今のオマーラにとって完璧なプロデューサーを見つけ、オマーラと繋ぎ、レコーディングを企画した。
 オマーラは、本作に多くの愛情を注ぎ、長年の友人や音楽で繋がった仲間たちと、リモートで繋がり、本作の制作に参加してもらい、オマーラの築き上げてきた音楽的遺産へのトリビュートでもいうべき、濃密な本作が完成した。

 時代を超越する楽曲たちを、伝説となる歌手たちと歌っている。人生へのオマージュを表現したTr1「Bolero A La Vida 
feat. Gaby Moreno」やTr10「Gracias A La Vida. feat. Natalia Lafourcade」。Tr2「Silencio. feat. Andy Montañez」、Tr4「Duele. feat. Gonzalo Rubalcaba」、Tr7「Se Feliz. feat. Keb’ Mo’」というバラードには、パンデミックによって失われた親愛なる友人たちを悼むオマーラのメランコリーが反映されている。また「BLM(ブラック・ライヴズ・マター)」運動に共感し、今再び歌わなければいけない楽曲として、1963年にレナ・ホーンが歌い、70年代にオマーラがキューバで有名した楽曲Tr8「Now」を取り上げている。ビッグバンドに乗せて歌うオマーラ・ポルトゥオンドの歌声は、とてもとても力強い。

 また、本作がラストアルバムなどというわけではなく、間も無くステージで歌うことを再開し、録音も続けていく。しかしながら、「人生(Vida)」というタイトルにも現れているように、音楽活動を通じて人生を愛してきたオマーラの音楽的遺産が散りばめられた特別なアルバムだ。

7位 Kimi Djabaté · Dindin

レーベル:Cumbancha [5]

 西アフリカのギニアビサウ共和国出身で現在はポルトガル在住のギタリスト/パーカッショニスト/バラフォン(アフリカの木琴)奏者、キミ・ジャバテの最新作。
 1975年グリオ家系の生まれ。貧しいながらも音楽一家で育ち、3歳の頃バラフォンを与えられ、早くから神童と呼ばれた。彼が演奏することで家族の収入源となった。19歳の時ギニアビサウの国立音楽舞踊団に所属し、ヨーロッパツアーに参加。そのままポルトガルのリスボンに移り住み、地元音楽シーンのネットワークを構築、多くのミュージシャンと仕事しながら独自のサウンドを確立してきた。2019年にはマドンナの「Ciao Bella」にフィーチャリングシンガーとしても参加している。
 初のソロアルバム『Teriké』は2005年に自主制作、2009年には2ndアルバム『Karam』、2016年には3rdアルバム『Kanamalu』を発売、本作が4作目のアルバムとなる。これまでの作品と同様、グリオへのオマージュを込めているが、同時にアフリカの現代生活の複雑さ、喜びと障害についても表現している。アルバムタイトル『Dindin』は、ギニアビサウ北部のマンディンカ族が話すマンディンガ語で「子供」を表す。子供や女性の権利や貧困、教育、宗教など社会的、政治的なテーマを本作で扱っている。
 ギニアビサウの伝統音楽ジャンルであるグンベに、レゲエやアフロビート、カーボヴェルデのモルナや砂漠のブルース、そしてポルトガルのファドなどの多様な音楽が絶妙にミックスされたグルーヴ感がたまらなく心地よい。自身のルーツや、今までのキャリアが凝縮されており、グリオや伝統音楽、母国のギニアビサウやアフリカを、音楽で讃えているのが感じられるアルバム。

↓国内盤あり〼。(日本語解説付き)


6位 Damir Imamović · The World and All That It Holds

レーベル:Smithsonian Folkways Recordings [-]

 本作で聴くことができるのは、東欧ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦の首都サラエヴォが生み出した大衆音楽が「セヴダ」。アラビア語の「愛」に由来するこの音楽は、同地がかつてオスマン帝国に支配されていた時代に起源を持つ。20世紀になると大衆音楽として大きく成長を遂げた。「セヴダ」のサウンドからは、バルカン半島からアラブ、トルコの息吹が存分に感じられる。

 「セヴダの王様」ことダミール・イマモヴィッチ(Damir Imamović|1978年サラエヴォ生)は、父や祖父もセヴダの音楽家という家系に生まれ、2004年に、26歳でプロ・デビューした。ドキュメンタリー映画でその音楽活動が取り上げられたことがきっかけで人気を博した彼は、その後も若者たちにセヴダの魅力をアピールし続ける作品を数枚リリース。2016年、ドイツのレーベル“Glitterbeat”から発表した『ドヴォイカ~セヴダへの誘い』や、2020年の『シンガー・オヴ・テイルズ』で、世界のワールドミュージック愛好家にも名前が知られるようになった。

 ボスニア系アメリカ人作家アレクサンドル・ヘモンによる同名小説のサウンドトラックとして本作は制作され、アレクサンドルのよる小説執筆に並行して制作が進んだ。同小説は、2人のボスニア人男性、セファルディ・ユダヤ系のピントとイスラム教徒のオスマンとの間に繰り広げられる愛と喪失、苦難と忍耐の物語だ。本作でダミールは、その物語を、ボスニア語、セファルディ語、ラディノー語という3種の言語を使用し、タンブール、タール、アコーディオン他の美しい演奏を伴奏に、力強くも絶妙なテナー・ヴォーカルで聴かせている。

↓国内盤あり〼。(日本語解説付き)


5位 Dur-Dur Band Int. · The Berlin Session

レーベル:Outhere [2]

 東アフリカのソマリアで80年代に活躍したバンド、ドゥル・ドゥル・バンド。ファンクやソウル、レゲエやディスコ・ミュージックと、ソマリアの伝統音楽がミックスされた独自の大衆音楽「モガディスコ・サウンド」を作り上げ、大ブレイクした。内戦が激しくなった80年代終盤以降活動の場を失ってしまい、90年代には解散。しかし、2011年にロンドンを拠点とし、ドゥル・ドゥル・バンド・INTという名前で再結成、本作が実に30年ぶりとなる新作。ソマリア時代の1st、2ndアルバムをリイシューし、2枚組として2018年にリリースされたアルバムも大きな反響があったことは記憶に新しい。
 本作は、2019年にベルリンに招かれた際に録音した作品。ソマリアの伝説的ヴォーカリスト3名も参加、80年代黄金期の「モガディスコ・サウンド」を忠実に再現している。ソマリアの伝統音楽とファンク、ディスコサウンドがミックスされているが、ヴォーカルはどことなく民謡や演歌を思わせ、親近感を感じる。そして超カッコイイ!グルーヴ感がたまらない!
 上記動画からは、レジェンドたちが心から楽しんで演奏している様子が伝わってくる。黄金期を越え、そこに渋さや人生の深みといったいぶし銀の魅力が加わり、音楽的にも幅が広がっている。上位に食い込んできたのも納得できる作品。

↓国内盤あり〼。(日本語解説/帯付き、LPもあります)

4位 Baaba Maal · Being

レーベル:Marathon Artists [12]

 ユッスー・ンドゥールと並ぶセネガルの音楽家、バーバ・マールの最新作。前作は2016年リリースなので、7年ぶりのリリースとなる。
 セネガル北部の町ポドール出身で、パリにも音楽留学し30年以上音楽活動をしているベテランミュージシャン。海外でも公演するなど、国外のミュージシャンたちとの繋がりも深い。フラ族の言語であるプラール語で歌い、その伝統を広く伝えている。また、人道的な活動も精力的に行っており、国連親善大使にも任命されている。
 本作のタイトル直訳は「〜であること」。アフリカ出身であること、シンガーソングライターであること ……など、パンデミック期間中に「ただ存在すること」が重要だと感じて名付けられた。
 プロデューサーのヨハン・カールバーグ(Johan Karlberg)と、アイデアやデータをやり取りしながら制作したとのこと。エレクトロニックとアコースティック、スピード感とスロー感、自然とテクノロジー、古代の儀式のような感じと未来への高揚感など、相対する部分がシームレスに融合した音楽となっている。ロンドンのグループ The Very Best のシンガーでマラウィ出身の Esau Mwamwaya や、新人シンガー Rougi、モーリタニアのラッパーGeneral Paco Lenol もゲスト参加している。
 砂漠のブルースやトランスっぽさもあり、そしてスピリチュアルさも感じられる。高揚感を得て、最後の曲は儀式で歌われているよう。歌というより世界に向けた彼の魂の祈りに聞こえる。アルバムに引き込まれてしまい、何度もリピートしてしまう。素晴らしい!

3位 Fatoumata Diawara · London Ko

レーベル:3éme Bureau / Wagram Music [-]

 マリのワスル地方出身の両親を持つ、コートジボワール生まれで、現在はフランス在住の女優/シンガー・ソング・ライター、ファトゥマタ・ジャワラ(Fatoumata Diawara)のソロ名義3作目のアルバム。前作『Fenfo (Something To Say)』から5年ぶりで、2011年に『Fatou』でデビューしてから12年で3作と寡作といってもいい作品数である。

 女優として活躍していたファトゥマタはしだいに歌に目覚め、ウム・サンガレやロキア・トラオレといったマリ人歌手らに触発されプロを目指すようになった。
 本作は、マリの音楽を愛好しているBlur / Gorillaz のデーモン・アルバーンと共同制作した作品で、一緒に歌っているのはもちろん、曲作りも共同で行っている。デーモンが参加している先行シングルTr1「Nsera」の音色には、かなりGorillazと共通したものも感じる。前作に比較して、ワスル音楽色は薄れて、ヴァラエティに富んだアフロ・ポップ/ソウル寄りの作品となっている。

 ゲストに共同名義のアルバムのあるRoberto Fonseca(キューバ|Tr3)の他、Angie Stone(米国|Tr2)、M.anifest(ガーナ|Tr5)、Yemi Alade(ナイジェリア|Tr11)ら、カラフルな面々が参加。

2. Ali Farka Touré · Voyageur

レーベル:World Circuit [1]

 マリの伝説的なギタリスト/ヴォーカリスト、アリ・ファルカ・トゥーレの未発表音源集。アリの息子のヴィユー・ファルカ・トゥーレとクルアンビンが、アリをリスペクトしてリリースしたコラボ作品が今年1〜3月の本チャートにランクインしていたのも記憶に新しいが、本作はアリ自身の作品。2011年にグラミー賞ベスト・トラディショナル・ワールド・ミュージック賞を受賞したアルバム『Ali & Toumani』以来のリリースとなる。
 マリの伝統的な音楽スタイルとブルースの明確な要素を融合させ、今では「デザート・ブルース(砂漠のブルース)」としてよく知られる画期的な新ジャンルを生み出した。残念ながら2006年に亡くなってしまったが、今なおアフリカ音楽、ワールド・ミュージックの伝説とされている。
 本作は、1991年から2004年にかけて即興のジャムセッションやコンサートのリハーサルで録音された未発表の音源で、息子のヴィユーの協力を得て制作された。それぞれ録音されたのだろうが、アルバム全体の流れとしてはとても自然に感じられ、まるであらかじめ制作する予定であったかのように聴こえるのが素晴らしい。本チャートの2021〜2022のシーズンベストアルバムにも選ばれたマリ出身のベテラン女性歌手ウム・サンガレも参加し、マリのスーパースターの共演が実現されている。
 タイトルは「旅人」を意味する。彼の生涯、そして亡くなってもまだ「旅人」であることを意味しているのであろう。伝説として世界的に尊敬されていることを再認識した作品だ。

1位 Kayhan Kalhor and Toumani Diabaté · The Sky Is the Same Colour Everywhere

レーベル:Real World [-]

 カイハン・カルホール(Kayhan Kalhor)と トゥマニ・ジャバテ(Toumani Diabaté)という、ソリストとして当地ではそれぞれ巨匠として知られる2人が、即興で演奏するデュオ・ツアーの最終公演を終えた後に録音された。
 ツアーが行われたのは2016年9月で、8年の歳月を経て、この特別なアルバムが世に出た。

 何世紀にもわたる音楽の伝統の担い手である2人によるスピリチュアルな瞑想の世界は、1人の時間に座って聴くのに相応しい。天空の音楽。

 イラン出身のカイハン・カルホールは、ヴァイオリン、フィドルの源流の楽器と言われる擦絃楽器「ケマンチェ(kamancheh)」の名手。4本の弦を短い弓で弾く。膝をついて演奏するこの楽器の演奏について「野生の馬に乗るようなもの」とカイハンは言う。西洋クラシック音楽の範疇では扱えないくらいの微分音を駆使する楽器だ。カイハンは、Yo-Yo Ma’s Silk Road Ensemble、Kronos Quartet、Shujaat Khan、Erdal Erzincan、the Rembrandt Trioらとコラボレーションしてきた。

 マリ出身のトゥマニ・ジャバテは、ひょうたん、牛の皮で作られた西アフリカが発祥のリュート型撥弦楽器、コラの名手。コラは、300年以上に渡って受け継がれてきた伝統的な民族楽器で、21弦ある。ハープやギターの原型とも言われ、アフリカの民族楽器の中でも最も美しい音色を持つとされる。トゥマニ・ジャバテは、グラミー賞を3回受賞、Ballaké Sissoko、Taj Mahal、Ali Farka Touré、Björk、ロンドン交響楽団とレコーディングとこれまでレコーディングしてきた。

 イラン出身のカイハンが、アフリカのミュージシャンとコラボレーションするのは今回が初めて。
「ペルシャ音楽において、私が好きな特徴のミニマリズムとトランスの特徴は、トゥマニの音楽にもあると思います。アフリカ音楽の質の高さには、ずっと惹かれてきました。トゥマニの音楽もとても質が高い」と、カイハンは言う。
 このデュオのアイデアは、カイハンがこれまで何度か演奏してきたドイツの音楽フェスティバル「the Morgenland Festiva」のディレクター、Michael Dreyerによるものだった。カイハン と トゥマニ による準備は最小限のもので、音階や構造についての話にすらならなく、「ある確かなもの」を確認しただけのサウンドチェックで、2人は約90分の演奏に入っていった。

 同フェスティバルでの2人の完全即興初演の様子は、こちらの映像でも見ることができる。

▲ Kayhan Kalhor & Toumani Diabaté live at Morgenland Festival Osnabrück

(ラティーナ2023年6月)

↓5月のランキング解説はこちら。

↓4月のランキング解説はこちら。

↓3月ののランキング解説はこちら。

ここから先は

0字

このマガジンを購読すると、世界の音楽情報誌「ラティーナ」が新たに発信する特集記事や連載記事に全てアクセスできます。「ラティーナ」の過去のアーカイブにもアクセス可能です。現在、2017年から2020年までの3.5年分のアーカイブのアップが完了しています。

「みんな違って、みんないい!」広い世界の多様な音楽を紹介してきた世界の音楽情報誌「ラティーナ」がweb版に生まれ変わります。 あなたの生活…