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[2021.02]ホンジュラスからの小さなニュース〜ギジェルモ・アンダーソン空港誕生!

 ホンジュラスの友人から久しぶりに連絡が来た。 2016年8月6日、ホンジュラスの彼の故郷ラ・セイバで甲状腺癌で亡くなった故ギジェルモ・アンダーソンのマネージャー、MAX氏からだった。2月26日が、ギジェルモの誕生日で、ギジェルモの未発表音源があったのでspotifyでこの日に発表したので聴いて欲しい、とのことだった。曲は、ホンジュラス出身で世界的に活躍したオラシオ・G・カルダルソの「行ってしまう理由Si tiene que partir」という曲をギジェルモがカバーしたもの。オラシオ・カルダルソは、やはりラ・セイバから海外の大学に奨学金で出たが、途中メキシコで、ホンジュラスの政治が代わり、奨学金を打ち切られて、苦労の末に、作曲家として大成功した人。この曲はその昔、メキシコの有名なグローリア・ラッソや、リンダ・アルセが歌って大ヒットしたオラシオの代表曲。「君が出て行くなら 何も言わずに 枕の上の愛の キスを残して欲しい /  君の髪のかすかな香りがのこっている / それが、眠れずに苦しむ私の中に、君を呼び起こす / いつか戻ってくるなら / 私には言わないで / 絶望が私を殺すから...」まぁ、いかにもラテンな名曲で、彼は発表していなかったが、実は評判の良かった曲だったとか。

Guitarra y Voz:
Guillermo Anderson
Orquestación:
Peter Thompson
Batería: Melvin Maldonado
Contrabajo: Cristhian Maldonado
Grabación: Peter Thompson
Grabación adicional: Melvin Maldonado
Mezcla y Mastering: Max Urso -Tarantula Studios,
Costa Norte Records.
San Pedro Sula, Honduras.

 ところで、ギジェルモの来日の際、マネージャーだったマックスはコスタ・ノルテというレコード会社の社長でもあったから、一緒に来日することはなかった。しかし、今でもギジェルモ・アンダーソンの名前でいつも情報を送ってくれる。彼のお陰で、今、spotifyでは、ギジェルモの曲のほとんどを聴くことができる。ギジェルモの死後、彼が恐らくすべての曲を再編集、リマスタリングしたのだと思う。以前に比べると、立派な音でギジェルモの声が聞こえてくる。改めて素晴らしい音楽家だったとつい聴き入ってしまう。下記sotifyの最初がギジェルモの代表曲「私の国では...」だが、ホンジュラスでは第2の国歌と言われるほどヒットした曲。日本公演では余り聴けなかった美しい曲も、たっぷり聴ける。是非、誰にも愛された彼の声を堪能して欲しい!

 ギジェルモは、2008年、2009年と来日公演した。弊社が彼を招聘、制作した際、彼の歌や人柄に触れたすべての人が、彼の優しさを知り、彼が亡くなった報せを受けた時には、全員が大事な友人を失ったように、愕然とした。しかし、彼の死後、ホンジュラスは、特に人口25万人で第3の都市であるラ・セイバ市は、彼の亡き後、昔USAのニューオリンズに向けてバナナを送り出していた港(当時、ホンジュラスは世界一のバナナ輸出国だった)の跡を立派な公園にして「マレコン・ギジェルモ・アンダーソン」と名付け、市民の憩いの場として、またラ・セイバ観光のセンターとして活用することにした。

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 ホンジュラスというと、隣国のエル・サルバドールで生まれ、アメリカをはじめ世界に恐怖を与えた少年ギャング団「マラス」が蔓延っているほか、山中にも機関銃を持った強盗団が現れると噂されるほど治安が悪かった。しかし、ラ・セイバは、ホンジュラスの中で、もっとも安全で安心な街になっていた。その市民の努力の中心的な存在がギジェルモだった。ギジェルモは、土地のガリフナ文化に注目し、自身のバンドに音楽家として、打楽器奏者として、ダンサーとしてガリフナ族の才能を取り入れ、早くから世界に紹介しする傍ら、ピコ・ボニート山系や、カリブのカージョス・コチーノス群島を一躍観光地に仕立て上げ、ガリフナの新たな仕事場として提供、更に、そこには学校も備えて、教育にも力を入れる様な仲間を育ててきた。現在のラ・セイバ市長も彼の大事な友人だった。

 彼のホンジュラスに対する愛情は本当に深いもので、政治、文化、教育、観光に関しては政治家も一目置く大きな影響を与えてきた。彼の死後、彼を偲ぶ形でいくつものプロジェクトが立ち上がって、今では国民みんなから更に愛されるアーティストになっている。

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 上記の街のシンボルの公園に彼の名を冠したのは彼の死後まもなくしてからだったが、7年経った今度はラ・セイバ国際空港にギジェルモ・アンダーソンの名が冠されることになった。この1月にパトリシア・ムリーリョ副大統領が、法案を提出。「ギジェルモ・アンダーソンは、我が国の良心の部分を一身に集めた偉大なアーティスト、作家、シンガーソングライターでした。彼の美しい故郷にある<ラ・セイバ国際空港>にギジェルモ・アンダーソンの名を冠し、この法律が、ラ・セイバやホンジュラスの人々が、ホンジュラス性という正義を感じる有効な遺産になると考え、多くの国会議員の賛同を願っています。ラ・セイバの市長、ジェリー・サビオ博士も、すでに支持を表明しています」と発表。まもなく正式に表明されるそうだ。

 この国際空港、元々は「ゴロソン空港」として知られてきたが、「ゴロソン」は、ホンジュラスの大きな砂糖会社が近くにあって、サトウキビがたくさん積まれていた。そこで、交通機関にゆっくり「Go slow」と呼ぶことから、「go-slob」「goloson」となまっていった言葉だという話を聞いたことがある。その名が消えるのも寂しい気がするが、ギジェルモの名が冠されることの方がよほど大事だ。
 生前から、ラ・セイバを愛し、土地と住民を愛し、ホンジュラスの未来には身体を張って生きてきたギジェルモは、亡くなってなお、この土地の未来に貢献し続けている。


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