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[2024.10]【境界線上の蟻(アリ)~Ants On The Border Line〜23】聴く者を〝異界〟へと誘う孤高のケルティック・コーラス〜アヌーナ(アイルランド)
文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto ヨーロッパ周縁国の伝統音楽や聖歌などに根差した合唱音楽(ポリフォニー)といえば、80年代にワールド・ミュージックが幅広い聴き手から親しまれるようになった時期に日本でも注目を集めた。最もよく知られるのは作曲家のフィリップ・クーテフが創設したブルガリア国立合唱団だろうが、他にもフランス領のコルシカ島や旧ソ連圏のジョージア(グルジア)のポリフォニー、日本でも前回にこのコーナーで取り上げた『AKIRA』のサントラで知られる芸能山
[2024.10]【映画評】『シビル・ウォー アメリカ最後の日』〜現実と地続きの“もしもの世界”で描かれる 一生モノのトラウマ級の恐怖を体感する
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』 現実と地続きの“もしもの世界”で描かれる 一生モノのトラウマ級の恐怖を体感する 文●圷 滋夫(映画・音楽ライター) 本作の監督/脚本家アレックス・ガーランド(1970年ロンドン生まれ)は26歳の時に「ザ・ビーチ」(レオナルド・ディカプリオ主演で03年に映画化)で小説家デビューし、後に脚本家、さらに監督としてのキャリアを始め、『28日後…』(02 脚本)、『わたしを離さないで』(10 脚本)、『エクス・マキナ』(15 監督/脚本)など
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[2024.9]最新ワールドミュージック・チャート紹介【Transglobal World Music Chart】2024年9月|20位→1位まで【聴きながら読めます!】
e-magazine LATINA編集部がワールドミュージック・チャート「Transglobal World Music Chart」にランクインした作品を1言解説しながら紹介します! ── ワールドミュージックへの愛と敬意を込めて。20位から1位まで一気に紹介します。 20位 Carla Pires · VaiVemレーベル:Ocarina [-] 19位 Maré · Maréレーベル:Sons Vadios [-] 18位 Ali Doğan Gönültaş ·
[2008.11]《今年はジルに抱擁を!》ジルベルト・ジル再考 第8回 ジルベルト・ジル × 宮沢和史 —この9月、日本とブラジルは音楽でつながった—
文●船津亮平 写真●本田大典 宮沢和史氏がホスト役を務め、ジルベルト・ジルを迎えて行われた日本人ブラジル移民100周年イベントは、9月15日の横浜赤レンガパークでの「10,000 SAMBA! 〜日伯移民100周年記念音楽フェスタ〜」で幕を閉じた。大阪・東京でのジルベルト・ジル&ブロードバンド・バンド単独公演と、愛知県・久屋大通公園特設会場での「愛知ブラジル交流フェスタ」、そしてザ・ブームに加えガンガ・ズンバ、
[2008.9]《今年はジルに抱擁を!》ジルベルト・ジル再考 第7回 もうすぐ来日じゃないか、 ジルベルト・ジル!!!
文●花田勝暁 「ポエチコとポリチコ」。ポルトガル語で「詩人と政治家」という意味だけれど、ジルベルト・ジルから「ポリチコ(政治家)」という肩書きは7月30日をもって外れた。ルーラ大統領は、ジルの3度目の文化大臣辞任の申し入れを承認し、ジルはブラジル共和国の文化大臣の職を辞した。2003年のルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァの大統領就任以来、政権に不可欠な大臣として2期にわたり5年と約8ヶ月要職に就いたことになる。サルヴァドールの市議
[2008.8]《今年はジルに抱擁を!》ジルベルト・ジル再考 第6回 インターネット時代、新たなミュージシャン像を提示し続けるジル
文●高橋道彦 もう一昨年ぐらいのことになるだろうか、買ってきたCDや聴かなきゃいけない音源が目の前に山積みになっているというのに、延々とYouTubeを観ていた時期があった。それくらい面白かった。たとえば、現地でもカセットさえ出していないアフリカのグループのライヴ映像が簡単に観られるなんて、それまでは考えられなかったことだ。しかも、芋づる式に出てくるし、映像はどんどん増えていく。もちろん増えていく映像における音楽性は玉石混淆ながら、とにかくもう、石ころさえもが面白い。完成
[2008.7]《今年はジルに抱擁を!》ジルベルト・ジル再考 第5回 ジルの体内を流れるバイーア/ブラック・ミュージックの濃厚な血流
文●中原 仁 シリーズ「ジルベルト・ジル再考」、第5回は「バイーア」そして「ブラック・ミュージック」をキーワードに、ジルの壮大な音楽世界に迫っていくことにしよう。 言うまでもなく、ジルベルト・ジルはアフリカ系ブラジル人で、アフロ・ブラジル文化の都・バイーア州サルヴァドールの出身だ。バイーアに根ざしたアフリカ性は、ジルが先天的に備えているアイデンティティである。 しかしながら、初期のジルの音楽において、アフロ・バイーア成分はさほど顕著ではない。67年のポピュラー・ソング
[2008.4]《今年はジルに抱擁を!》ジルベルト・ジル再考 第3回 〜ジルの中にあるルーツ・ミュージックを探る〜
文●花田勝暁 一体いくつのジャンルの音楽がジルベルト・ジルの身体には染み込んでいるのだろうか? 1960年代、1970年代、1980年代、1990年代、2000年代と各時代に常にMPBシーンの第一線で活躍してきたジルの音楽は、誰にも数えられない程に多様な音楽からの影響から成立しているのは、異なる時期のジルの作品を数作ピックアップして聞いてもらえれば納得していただけるところだろう。ただ、ジルはある時期に特定のジャンルにフォーカスを当て活動
[2008.3]《今年はジルに抱擁を!》ジルベルト・ジル再考 第2回〜トロピカリアから見えてくるリーダーとしてのジル〜
文●花田勝暁 トロピカリアの発端へフォーカスしていくとジルベルト・ジルとカエターノ・ヴェローゾがいる。が、ジルベルト・ジルは、トロピカリアのオピニオン・リーダーはまるでカエターノだったかのように振る舞い、カエターノは『ヴェルダーヂ・トロピカル』を執筆した。政治的・文化的な危機の時代に登場したブラジルの文化ムーヴメント「トロピカリア」が近年語られるときは、いつもいつもカエターノに直結して語られる。カエターノはトロピカリアの