見出し画像

[2023.1]【境界線上の蟻(アリ)~Seeking The New Frontiers~4】 BAP. (インドネシア)

文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto

 インディ・ポップ、ハードコア・パンク、AOR的な感覚のシンガーソングライターにジャジー・ソウルやミニマル・テクノなど。あらゆるジャンルに傑出した才人やバンドが存在するインドネシアの音楽シーンだが、ヒップホップにおいて注目しておいて欲しいのがラッパーのBAP.だ。インドネシア発のヒップホップでは、88risingに所属するリッチ・ブライアン(リッチ・チガ)が世界的な成功を収めて話題を集めたが、1996年生まれのカリーム・ソエンハージョ(Kareem Soenharjo)がラッパーとして活動する時の名義であるBAP.が示すのはよりアンダーグラウンドな動きであり、他にもYosugiという名義や実験的なノリの強いミクスチャー・バンドであるBAPAK.の中心人物としても異彩を放ってきたカリームの才は、ヒップホップの枠だけに収まるものではない。しかも、別名義でやっている方向性の違う音楽が相互にしっかりと絡み合っている側面もあり、ますます一筋縄ではいかない。

 最初の本格的なリリースはトラックメイカーのYosugi名義で、16年に発表したトラップ調のビートの「Messages feat BAP.」がジャカルタ界隈で話題を集めたが、カリームはその路線で活動を続けることに疑問を持ち、ラッパーのBAP.名義での活動へとシフト。そして、18年にBAP.として完成させた初のアルバムが『monkshood』だったのだが、21年になってリイシュー/新譜の両面において独自性の高い作品を次々と世に送り出し続けるインドネシアの最注目レーベルである〝La Munai〟からアナログ盤で改めてフィジカル・リリースされた本作は、ヒップホップとしても高水準ながらその範疇を大胆に逸脱した試みも遠慮なく封じ込めた強烈な1枚となっている。冒頭からジェームス・チャンスがハードコア化したようなフリーキーなインストが飛び出して仰け反るが、その後はロウな音質によるソウル系のサンプリングを活かしたラップ・チューン、洒脱なボサノヴァ調のビートを取り入れた展開、ヘヴィなギター・リフやジャズ・ロック期のフランク・ザッパを彷彿させる旋律を差し込んだものなど…。多彩な音楽的アイデアと求心力のあるラップで独創的なスタイルを示した音は、フランク・オーシャンやトラップなどを通過した現代的な感覚を持ちながらも、90年代のグランド・ロイヤル勢や硬派なブラジル産ヒップホップが示していたような、パンク/ハードコアを根底に持ったハイブリッドな試みの数々に通じる熱量も感じさせる。バンドによる生演奏とのブレンド具合も絶妙で、一部でそう評されているように東南アジア産ヒップホップの一つの頂点を示した作品と言えるだろう。

 しかし、傑作『monkshood』を完成させた後にカリームはそこでバック・バンドを務めたメンバーたちとともに前述のバンドであるBAPAK.を結成し、20年には初のアルバムとなる『Miasma Tahun Asu』をリリース。こちらでは『monkshood』の一部の曲で示していたようなハードコア・パンク、オルタナ、ポスト・ロックなどを通過したような尖ったバンド・サウンドを全面展開し、まったく異なったアプローチによって底知れない才を示している。そして、21年には〝La Munai〟からBAP.としての2枚目となるアルバム『Momo’s Mysterious Skin』を発表し、より洗練されたヒップホップ寄りの新境地を展開。BAPAK.でヘヴィな側面を具現化させた影響もあってか、『monkshood』と比べるとハイブリッドな部分はやや控えめとなっているように思えるが、よく聴き込んでみればやはり生演奏パートの巧みな使い方などは健在で、こちらも一筋縄ではいかない独創性に満ちている。現状ではBAP.とBAPAK.を並行しながら、インドネシアのアンダーグラウンドな音楽シーンで独自のスタイルを貫くカリームが今後にどのような方向に進んでいくのかはまったく予測がつかないが、明らかに只者ではない彼の新たな動きに引き続き注目しておきたい。

 また、BAP.周辺のインドネシアのヒップホップ・シーンに関しては、同じく〝La Munai〟から昨年にフィジカルはカセットのみでリリースされたオムニバス盤『Jakarta Tenggelam』がその一端を伝える作品として興味深い内容だった。BAP.が参加した楽曲も1曲収録されていて音楽的にはそれが一歩抜けているが、他の面々もよりストレートなスタイルからトラップ、インドネシアらしいエキゾなネタ使いのもの、トリップ・ホップ的な音作りが秀逸な佳曲までと多彩な内容となっており、聴き応えがある。リッチ・ブライアンのように世界の表舞台に飛び出していくような動きとはまた違ったものではあるとは思うが、着実に新たな個性を育みつつあるインドネシアのヒップホップ・シーンは、今後にさらに面白さを増してきそうだ。

吉本秀純(よしもと ひですみ)●72年生まれ、大阪市在住の音楽ライター。同志社大学在学中から京都の無料タウン誌の編集に関わり、卒業後に京阪神エルマガジン社に入社。同名の月刊情報誌などの編集に携わった後、02年からフリーランスに。ワールド・ミュージック全般を中心に様々な媒体に寄稿している。編著書に『GLOCAL BEATS』(音楽出版社、11年)『アフロ・ポップ・ディスク・ガイド』(シンコーミュージック、14年)がある。

(ラティーナ2023年1月)


ここから先は

0字

このマガジンを購読すると、世界の音楽情報誌「ラティーナ」が新たに発信する特集記事や連載記事に全てアクセスできます。「ラティーナ」の過去のアーカイブにもアクセス可能です。現在、2017年から2020年までの3.5年分のアーカイブのアップが完了しています。

「みんな違って、みんないい!」広い世界の多様な音楽を紹介してきた世界の音楽情報誌「ラティーナ」がweb版に生まれ変わります。 あなたの生活…