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[2022.10]【新連載!】境界線上の蟻(アリ)~Seeking The New Frontiers~

今月から音楽ライターの吉本秀純さんによる新連載がスタートします!
主にワールド・ミュージックとしてかなり挑戦的(またはギリギリ)なことをしている作品や、ジャンル分類上はワールド・ミュージックでなくなっているけども、新しいワールド・ミュージックとして聴くべきものなどを毎月一作品取り上げていく企画です。(編集部)

文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto

 台湾や韓国といった周辺国と比べると、新しい動きや注目すべきバンドの情報などもやや掴みづらいところがあった中国のロック・シーン。かつては中国におけるロックの先駆的存在であるツイ・ジェン(崔健)が日本でもメジャー・レーベルから作品リリースされて話題となったり、2000年代に入ってからも〝中国のソニック・ユース〟とも称されるカーシック・カーズの初期の名曲「中南海」が世界的に広く聴かれたことでインディ・ロック・シーンの隆盛を伝えたりしてきたが、なかなか現地の注目株がコンスタントに日本にも伝わってくるような状況にまでは至らなかったように思う。

 そんな中で、絶大な人気を誇るシンガーソングライターのリー・ジー(李志)を筆頭とする中国のアーティストの日本盤リリースに力を入れてきたPanda Recordが、昨年末から今年の初めにかけて送り出した合計12タイトルの作品群は、多彩な内容で現在進行形の中国の音楽シーンの隆盛を伝える興味深い好企画だったが、なかでもとりわけ鮮烈なインパクトを残したのがハイパーソン(海朋森)という男女5人組バンド。四川省の成都出身で、2015年にデビューした彼らが3枚目のアルバムとして発表した『成長小説』(2020年)は、明らかに一歩抜けた独自性と鋭利さを放つものだった。

 彼らが所属するレーベルであるMaybe Marsは、自らもニュー・ウェイヴ~ポスト・パンク色が強いP.K.14のリーダーとして2000年代以降の中国のインディ・ロックを牽引する存在として活躍してきた楊海崧 (ヤン・ハイソン)が主宰するレーベルで、先述したカーシック・カーズも在籍。シューゲイザー、パンク、オルタナ、宅録ローファイ・ポップ系などと在籍する音楽家のスタイルは様々だが、90年代以降のUSインディ直系のサウンドを鳴らす者が多く、現在は中国の最大手である太合音楽グループの傘下にあるものの、媚びない制作スタンスで録音された作品が数多い。

 ハイパーソンも、遡って初期のアルバムを聴いてみると敬愛するUSポスト・ハードコアの雄であるフガジやレディオヘッドなどからの影響をより強く残したサウンドを鳴らしていたが、ベルリンのハンザ・スタジオでレコーディングを敢行した『成長小説』では、曲作りの独自性やバンド・アンサンブルのスケール感を飛躍的に高めて、中国ならではと形容する他ない叙情性やダイナミクスをも獲得。特に、凛としたタッチの朗読とエモーショナルなシャウトを行き来しながら、日常や社会と向き合う中で綴られた文学性の高い歌詞を歌うボーカリストのチェン・シージャンの存在感が圧倒的で、彼女の起伏に富んだボーカルを支えるバンドの多彩かつ切れ味の鋭い演奏も素晴らしい。

 90年代半ば以降のテクニカルさを強めたフガジに通じるメロディやリフが随所に聴き取れる点にもグッとくるのだが、『成長小説』ではU2やクランベリーズといったトラッドを根底に持ったメロディアスなロック・バンドを想起させるような魅力も獲得しており、冒頭曲の「春風」で挟まれる尺八にも似た音色の笛による伴奏などのアレンジも効果的。三つ編みに人民服でこちらを直視するジャケットのアートワークも印象的だが、サウンドの方でもある意味での〝中国らしさ〟を意識しつつも、壮大なアルバムを聴き終えた後には、そのパブリック・イメージを凌駕する音を聴き手に叩きつけることができるというメンバーたちの確信に裏打ちされたものであると気付かされるだろう。タイミング的にはそろそろ次のアルバムも期待できそうな時期だけに、瑞々しくも才気に溢れた『成長小説』からどのようにさらなる跳躍を遂げてくるのかも楽しみなところだ。


 また、最近の中国の音楽シーンといえば、ハイブリッドかつ独特な音楽性を持った女性シンガーソングライターが様々なフィールドから頭角を現しているところも注目に値する。例えば、ハイパーソンと同じシリーズでPanda Recordから2作品をカップリングした『嗖/咦(シュッ/あれッ)』が日本盤リリースされたシャオリュー(小六)は、基本的にはアコースティック・ギターの弾き語りを中心としながらも、フランスの宅録インディ・ポップ風やシューゲイザー的なギター・サウンドをバックにした楽曲も聴かせて、一筋縄ではいかない音を展開する才媛。最新作の『嘘』でも、着実により深まりをみせた新境地を示している。

 上海の現代ジャズ・シーンで活動するヴォイジョン・シーも、デビュー作となった『欲言又止(Lost for Words)』においてヒップホップ~R&B、エレクトロニカ、南米音楽なども意欲的かつ独自にブレンドした驚くべき音世界を展開し、東アジア発の新世代ジャズの可能性をカラフルに更新してみせている。他にも、カナダのバンクーバーを拠点としながらクラブ・シーンで注目を高めてきた中国出身のYu Suが主宰するレーベルから初のアルバム『Her Insula』を発表したLindy Linも、上海でのOL生活を辞めて独学で音楽制作と絵画を学んでミュージシャンとしての才を開花させてきた異色の存在。彼女もまた、オーソドックスな女性シンガーソングライターのようでいて明らかに定石とは異なる才を感じさせ、今後の動きも注視しておきたい。


吉本秀純(よしもと ひですみ)●72年生まれ、大阪市在住の音楽ライター。同志社大学在学中から京都の無料タウン誌の編集に関わり、卒業後に京阪神エルマガジン社に入社。同名の月刊情報誌などの編集に携わった後、02年からフリーランスに。ワールド・ミュージック全般を中心に様々な媒体に寄稿している。編著書に『GLOCAL BEATS』(音楽出版社、11年)『アフロ・ポップ・ディスク・ガイド』(シンコーミュージック、14年)がある。

(ラティーナ2022年10月)


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