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[2022.11]【境界線上の蟻(アリ)~Seeking The New Frontiers~2】 Fulu Miziki(コンゴ民主共和国)

文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto

 コンゴ民主共和国発のポピュラー音楽といえば、その代表格は言うまでもなくルンバ(スーク―ス、リンガラ音楽)。しかし、2000年代に入った頃から注目されるようになってきたのが、廃車の部品や使用済みのポリタンク、空き缶といったキンシャサの街に転がっている〝ジャンク品〟を改造して組み立てた自作楽器を使ってユニークなサウンドを奏でる面々だろう。電気増幅した親指ピアノで世界中にインパクトを与えたコノノNo.1もマイクやスピーカー、打楽器などに廃車の部品などを使っていたし、スタッフ・ベンダ・ビリリでとりわけ印象的だったロジェが弾く一弦楽器のサトンゲも、ブリキ缶に木の棒を付けてそこに弦を張ったものだった。また、今ではワールドワイドに活躍するジュピター&オクウェス・インターナショナルを世に送り出すことになった音楽ドキュメンタリー映画〝Jupiter’s Dance〟(2006年)にも登場し、不思議な創作楽器を多用したパフォーマンスで異彩を放っていたラッパーの Bebson De La Rue もそうした動きの先駆的存在として忘れずに挙げておきたい。

 デーモン・アルバーンが発起人となり、欧米圏の気鋭のプロデューサーやトラックメイカーとキンシャサのストリートで活動する音楽家たちがコラボして作り上げたDRCミュージック『キンシャサ・ワン・トゥー』(2011年)もそういった動きに着目した作品だったが、より最近ではフランスの鬼才プロデューサーのデブリュイ(Debruit)が中心となってキンシャサの創作楽器ミュージシャンたちと結成した KOKOKO! が話題を集めた。そして、戦隊モノに登場するキャラクターのような奇抜なコスチュームとともに、You Tube上に公開された動画によって謎のパフォーマンス集団として注目を高めてきたのが Fulu Miziki だった。彼らもまた、今年に入って英国のインディ・ロック系レーベルとして知られる ≪moshi moshi≫ からワールド・デビューを果たしたのだが、動画で強烈な存在感を放っていた中心人物らしき女性ヴォーカリストは抜けてしまったようで、やや破天荒なパワーは薄らいでしまったかな…という印象があった。そこに、ウガンダから鮮烈な作品を連発する ≪Nyege Nyege Tapes≫ から届けられたのが Lady Aicha & Pisko Crane's Original Fulu Miziki of Kinshasa と名乗るグループによる濃厚なアルバム『N'Djila Wa Mudujimu』で、彼女たちこそが〝オリジナル〟とわざわざ銘打っているように一連の流れの真打ち的な存在であることを確信させる内容となっている。

 レーベルのBandcampに添えられた解説によれば、そもそも Fulu Miziki は2003年にピスコ・クレインによって結成された6人組バンドで、彼は地元のラップ・アクトに関わりながら自作楽器を駆使するべブソンとの出会いから刺激を受け、自らも街に転がっているジャンク品を加工して楽器を作るようになったとのこと。そして、キンシャサのストリートで活動を続けるうちに、パフォーマー/彫刻家/ファッション・デザイナーとして活動していたレディ・アイシャが参加するようになり、彼女が楽器と同じくらいに特異なマスクやコスチュームを考案するようになったことで、動画でも見ることができた強烈なスタイルを確立するに至ったようだ。そして、ちょうど2020年の世界中がロックダウンした頃に動画が世界中で話題を集めたことで、彼女たちはアルバムを制作することを決心し、ウガンダのカンパラにある Nyege Nyege が所有するスタジオに1年間通って完成させたのが『N'Djila Wa Mudujimu』だったのだが、何らかの理由でピスコとアイシャを外したメンバーたちが Fulu Miziki を名乗って英国のレーベルから先にデビュー。メンバー間でどのような軋轢やトラブルが起こったのかはよくわからないが、分裂前のオリジナルな形態で録音された作品が後から出ることになってしまった。

 ただ、音を聴き比べてみても、かなりエレクトリック・ミュージック色を強めたアレンジが施されたmoshi moshiから出た Fulu Miziki より、Nyege Nyege から出た Original Fulu Miziki の方が本来の姿をレコーディング作品としてブレなく記録したものとなっているのは明らかで、ジャンク品を改造した創作楽器アンサンブルで、インダストリアル、ポスト・パンク、ルンバ・ロック、フォルクロールなどを奔放に呑み込んだ音の連続は強烈の一言。生々しい音の録り方や、メタリックかつ生気に満ちたグループの本質を損なわない程度にベース・ミュージック的な要素なども加味されたプロダクションの巧みさにおいても Nyege Nyege 版の方が優れており、決定打と呼べる内容に仕上がっている。また、実は KOKOKO! も2016年にオリジナルの Fulu Miziki から脱退した2人のメンバーによって結成されたものだったとのことで、一連の動きにおける真のオリジネイターとしての意地や気迫すらも込められた渾身作と言ってもいいだろう。しかし、残念ながら、本作に収められた音源がライブなどで再現されることはもはや不可能だと思われるが、ピスコとアイシャはまったく別のメンバーたちとともに新たなグループを結成してキンシャサで活動を始めているとのことで、今後の動きに期待したい。


吉本秀純(よしもと ひですみ)●72年生まれ、大阪市在住の音楽ライター。同志社大学在学中から京都の無料タウン誌の編集に関わり、卒業後に京阪神エルマガジン社に入社。同名の月刊情報誌などの編集に携わった後、02年からフリーランスに。ワールド・ミュージック全般を中心に様々な媒体に寄稿している。編著書に『GLOCAL BEATS』(音楽出版社、11年)『アフロ・ポップ・ディスク・ガイド』(シンコーミュージック、14年)がある。

(ラティーナ2022年11月)


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