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[2022.10] 【映画評】 『アフター・ヤン』 ⎯⎯ 理知的でありながらエモーショナルでスピリチュアル、 そして社会的な視点も持った唯一無二のSFヒューマンドラマ

『アフター・ヤン』
 
 理知的でありながらエモーショナルでスピリチュアル、
 そして社会的な視点も持った唯一無二のSFヒューマンドラマ
  

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文●あくつ滋夫しげお(映画・音楽ライター)

 映画の冒頭、白人男性と黒人女性、アジア系の少女の3人が記念写真を撮っている。そしてアジア系の青年がタイマーでシャッターをセットし、3人に加わる。少女は青年を「お兄ちゃん」と呼び4人はとても仲の良い家族のように見えて、その光景に惹きつけられるが、その反面、人種的にも醸し出す空気にも微かな違和感があって、不思議な感覚に捉われる。しかしすぐにその謎は解けて、4人は夫婦と養女、そして青年はAIロボットで少女のベビーシッターであることが分かる。

『アフター・ヤン』 10月21日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開
配給:キノフィルムズ
ⓒ2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.

 本作は、デビュー作『コロンバス』が高い評価を得たコゴナダ監督の、待望の長編第2作だ。『コロンバス』は偶然出会った男女が、それぞれの葛藤を抱えた親子関係を語り合って一歩前に進む姿を、もう一つの主人公とも言うべき1920年代のモダニズム建築の名作群とともに描く、視点の面白さがあった。そして映像や美術、音楽など、細部にまでこだわりを感じさせる独特のセンスに心を奪われたが、本作でもそれを踏襲しつつ、さらに進化/深化させている。 

 近未来。小さな茶葉の店を営むジェイクには、妻カイラと中国系の養女ミカ、そしてもう一人の大切な家族、テクノと呼ばれる家庭用ロボットのヤンがいる。ヤンはいつも幼いミカに寄り添い、面倒を見ながら様々な知識を教え、悩み事にも耳を傾ける頼れる存在だ。ある日ヤンが故障し、ミカはひどく落ち込んでしまう。すぐに修理に出すが再起動は難しく、それを機に家族間の小さなひび割れが顕在化し始める。その後ヤンには1日に数秒だけ自分が見た光景を録画したメモリーバンクがあることが分かり、ジェイクはヤンの記憶/記録を辿り始めるが…。

ⓒ2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.
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 穏やかで奥ゆかしく、優しい空気を纏った作品だ。それはヤンが醸し出す雰囲気にそのまま重なる。ヤンは誰よりも知性に溢れながら、驕ることなく常に相手を尊重して話を聞き、言うべきことはさりげなく相手に示唆する。そんなヤンの存り方はAIでありながら人としての品格さえ感じさせ、その独特な雰囲気が本作全体を包み込む。俳優陣の抑えた演技も、光と影が煌めく端正な映像も、完璧だけど嫌味のない洗練された美術も、環境音に溶け込む柔らかな音楽も、全てがこの空気感に寄与していて、かつてない斬新な世界観の未来を創り上げている。長編2作目にして細部に渡ってこだわるコゴナダ監督の演出力には、ただただ脱帽するしかない。 

 コゴナダ監督は小津安二郎を深く敬愛しドキュメンタリー作品も残しているが(そもそもその名は長年公私に渡り小津と親交が深かった脚本家の野田高梧に由来する)、本作ではテレパシーのような遠隔通話の場面をいかにも小津的な真正面から撮ったショットの切り返しの会話で統一し、小津印のカメラワークを全く無理なく自分の作品に刻んでいる。またオープニング・タイトルのファミリー・ダンスでは、ジェイクの一家だけでなく、よく見ると主な登場人物のほとんどが踊っていて、思わずニヤリとさせられるユーモアのセンスもある。

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