[2023.2] 【書評】 大石 始 『南洋のソングライン―幻の屋久島古謡を追って』
文●今福龍太(文化人類学者)
屋久島に伝わる古謡の幽かな響き。その、南の海の島々を結ぶか細い音の糸の謎めいた曲がりくねりを丹念にたどりながら、人々よって守られてきた伝承の、無数のささやき声に静かに聞き耳をたてる旅人。そんな著者の「旅人」としての真摯さと謙虚さにまず印象づけられる。
旅はたしかに現代人にとってはかけがえなき自己探求の手段だ。だがその探求は、自分が何者であるかを知るだけでなく、何者でないのかを知り、さらには自分のなかに潜む得体の知れない他者を見出すことでも