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[2024.1]【境界線上の蟻(アリ)~Seeking The New Frontiers~15】にわかに良作が続くセネガル音楽シーン

文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto

 様々なジャンルを同時進行的に追っていると、たまにまったく相容れそうにないフィールドから同じ方向に向かっている動きを観測できることがあるが、最近にそれが起こっているのがセネガルの音楽だ。セネガルといえば、80年代のワールド・ミュージック隆盛期の旗手的存在となったユッスー・ンドゥールのンバラを筆頭に、強靭なサバ―ル・ドラム、アフロ・ラテン音楽、ヒップホップ、ジャズなどのあらゆるジャンルにおいて才人を輩出し続けてきた西アフリカ随一の音楽大国であり、常に新旧世代のアフリカ音楽ファンから親しまれ続けてきた。ただ、近年はややトピック性に欠けていたこともあって話題に上る機会が減ってはいたのだが、昨年の後半あたりからセネガルの音楽の豊かさを再認識させるようなニューリリースや刺激的なコラボ作品が立て続けに登場している。

 ジェウフ・ジェウル・ド・ティエスは、1979年から82年までの短い期間だけセネガルの地方都市ティエスを拠点に活動した伝説的なグループで、アフロ・レア・グルーヴ発掘レーベルの≪テンガラ・ビート≫が当時に録音されたものの公式リリースされることがなかった音源を2枚のアルバムに分けて発売したことで改めて広く知られるようになった。彼らは、そのリイシューをキッカケとして2015年に再結成され、17年には欧州ツアーも敢行。さらにその後には、フランスからセネガル北東部の港湾都市サン・ルイへと160キロ以上に及ぶアナログ・レコ―ディング用の機材を持ち込んで、コロナ禍が始まる直前の19年12月に再結成後初のアルバムの録音までも行っていたのだが、それから4年近くを経てようやくリリースされたのが奇跡的な新作『偉大なる収穫』だ。

 この手のリユニオン作品は、良くも悪くも当時のバンドとは別モノとなってしまうケースも多いが、わざわざアナログ機材を運び込んで録音したレーベルのこだわりも功を奏し、まるで80年代初頭からタイムスリップしてきたバンドがそのままレコ―ディングしたような仕上がりとなっているのが素晴らしいところ。絶妙な歪み方のファズ・ギターなど、リイシュー音源と変わらない味わいを保ったまま、ンバラとはまた違った感覚でラテン音楽やロックを消化しながら独自の〝アフロ・マンディング〟音楽を確立して人気を集めたバンドの魅力が最新録音で堪能できる。若いメンバーの参加によって、2トーン系のスカ・バンドに通じるような要素がバランス良く加味されている点も聴きものだろう。

 ヴィンテージなアフリカ音楽のアナログ盤復刻も数多く手がける米国の≪ミシシッピ・レコーズ≫からリリースされたAssiko Golden Band De Grand Yoff『Magg Tekki』も、これまでに知られてこなかったセネガルの音楽シーンの豊かさを伝える秀逸な内容。アシコ~は、すでに20年間に渡ってダカール近郊の結婚式やシークレットなパーティー、政治的な集会などで演奏してきた大所帯グループとのことで、多彩な打楽器セクションに管楽器奏者、バラフォンやアコーディオン奏者、そして北欧の音楽家とのコラボで注目を集めてきたWau Wau Collectifでも渋いポエトリー・リーディングで存在感を示していた詩人のDjiby Lyらが在籍。彼らのライブ動画がネット上で拡散して注目を集め、今回のアルバムの録音へと繋がったようだ。アフロ色が強いサンバやカリブ海の音楽の古い録音に通じるような打楽器アンサンブルを中心に、オールドタイミーな妙味に溢れたサウンドはまるで50~60年代に録音された知られざる名作のようだが、やはり響きは現代的。マリ音楽色の強いコラやジャジーなサックスのソロなども加わり、コミュニティーで育まれてきた音楽の豊かさと強さを伝えてくれる。


 一方で、ワールド・ミュージックの範疇を越えたエクスペリメンタル/フューチャリスティックな試みに挑んだ2作品も、高いクオリティを示したものとなっていて聴き逃がせない。アフリカ音楽関連の再発や新録にも定評がある英国の≪オネスト・ジョンズ≫が、現行のクラブ・シーンでも指折りの鬼才ぶりを発揮する4組を起用してンバラの音源を奔放に再構築したV.A.『Holy Tongue,Beatrice Dillon,Lamin Fofana,Labour』は、この手のリワーク企画でもトップ・クラスの水準と先進性を放つトラック揃い。ダブ色が強いHoly Tongue、アグレッシヴな切り口のLabourも良いが、大胆な切り口によって四次元的な展開をみせるビアトリス・ディロンと、シオラレオネとギニアにルーツを持つラミン・フォファナの両雄による超コズミックな中盤曲がズバ抜けている。注目度を高めるウガンダ発の≪ニェゲ・ニェゲ・テープス≫周辺とはまた異なったアプローチによる未来派アフロな試みとして、名門≪オネスト・ジョンズ≫の意地と気概を感じるともいえる傑出した仕上がりだ。

 また、先鋭的なワールド・グルーヴを発信し続けるスイスの≪ボンゴ・ジョー≫から昨年末に発表されたNdox Electrique『Ted Ak Mame Coumba Lamba Ak Mame Coumba Mbang』も、前例のないラウドかつトランシーな方向性でヘヴィ・ロックとセネガル音楽の融合を試みた怪作。以前にイフリキヤ・エレクトリーク名義でチュニジアのスーフィー音楽家たちとコラボしていたフランス人男性ギタリストと女性ベーシストが、北アフリカにおけるトランス音楽の起源を辿るうちにモロッコのグナワなどを経て到達したのが、セネガル西端(つまりアフリカ大陸の西端)に位置するヴェルデ岬のレブー人コミュニティの音楽であったことから始動した新プロジェクトで、黎明期のマンギ・ビートのような呪術的にしてラウドな多国籍ミクスチャーを実現させている。決して万人受けする音ではなかろうが、昨年にはオランダの先鋭的な音楽フェス=Le Guess Who?にも出演して鮮烈なステージを繰り広げるなど、ジャンルを越えたフィールドで着実に支持を拡げている。

吉本秀純(よしもと ひですみ)●72年生まれ、大阪市在住の音楽ライター。同志社大学在学中から京都の無料タウン誌の編集に関わり、卒業後に京阪神エルマガジン社に入社。同名の月刊情報誌などの編集に携わった後、02年からフリーランスに。ワールド・ミュージック全般を中心に様々な媒体に寄稿している。編著書に『GLOCAL BEATS』(音楽出版社、11年)『アフロ・ポップ・ディスク・ガイド』(シンコーミュージック、14年)がある。

(ラティーナ2024年1月)


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