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[2023.7] 【映画評】 夏に観るべき傑作4本 ⎯ 『サントメール ある被告』『CLOSE/クロース』『小説家の映画』『トルテュ島の遭難者たち』 ⎯ 台詞で見せる。映像で語る。

夏に観るべき傑作4本

『サントメール ある被告』『CLOSE/クロース』
『小説家の映画』『トルテュ島の遭難者たち』

台詞で見せる。映像で語る。

文●あくつ 滋夫しげお(映画・音楽ライター)

※こちらの記事は、7月12日(水)からは、有料定期購読会員の方が読める記事になります。定期購読はこちらから。

 今年の夏は、「ミッション・インポッシブル」「インディ・ジョーンズ」シリーズの最新作や、まさかの宮崎駿新作等、大作が話題を集めそうだが、同時に小規模な公開ながら質の高い心に残る作品も多く控えている。そんな中から4本を選んで紹介しよう。

小説家の映画
6/30(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
©2022 JEONWONSA FILM CO. ALL RIGHTS RESERVED  
配給:ミモザフィルムズ

 まずは先週から公開が始まった、韓国が世界に誇る巨匠ホン・サンスの新作『小説家の映画』で、モノクロームの映像が効果を放つ。スランプで長らく執筆出来ずにいる人気作家が、第一線を退いている人気女優と旅先で偶然出会って意気投合し、「一緒に映画を作りませんか?」と心に秘めていたアイディアを持ちかける。人生に迷いながらも新たな可能性に向かって共に歩みだす、世代の違う二人の女性。果たしてその連帯の行方は?
 前作『あなたの顔の前に』(21)は、ホン・サンスが新たなフェイズに入ったことを感じさせたが、その大きな要因だったベテラン女優イ・ヘヨンが本作でも主演を務めている。さらにはホン・サンス監督の公私にわたるパートナーで、近作のミューズとして多くの傑作を共に生み出してきたキム・ミニがW主演を務め、イ・ヘヨンとの心躍るコラボレーションを見せてくれる。
 そしてこれ迄の監督作では男女の恋模様から特に男の愚かさや滑稽さ、悲哀、また愛おしさを浮き彫りにしてきたが、本作ではそんな部分も引き継ぎつつ、メインとしてはいかにも現代のテーマであるシスターフッド的な要素を描いている。そして最終的には終盤の映像的な仕掛けも含め、自由な精神と何かを創ることの歓びに溢れた芸術賛歌になっており、やはりホン・サンスの新境地を感じさせる。
 もちろんお馴染みのホン・サンス節とも言うべき止めどなく続く日常会話の妙は名人芸の域に達し、そこから滲み出るオフビートでドライな笑いと人生のペーソスはますます純度を増して、最高の会話劇を堪能出来るだろう。本作は、昨年のベルリン国際映画祭で3年連続となる銀熊賞(審査員大賞)を受賞している。

『CLOSE/クロース』
7月14日(金)より全国公開
© Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022
配給:クロックワークス

 7月14日公開の『CLOSE/クロース』はルーカス・ドン監督の長編第2作で、思春期前夜の少年の残酷なイノセンスが引き起こす悲劇と再生を、温かな眼差しで詩的に描いた珠玉の一遍だ。
 レオとレミはいつだって一緒にいる幼馴染で、お互いに信頼し合う大切な親友同士だ。レオは明るく社交的なスポーツ好き、レミは内気で繊細な音楽好きで、オーボエを吹いている。しかし中学に入学し新たな交友関係が生まれ、二人だけの世界に周囲の目が入り込むと、レオの気持ちに微妙な変化が生まれる。ある日、レオがレミを避けたことで喧嘩になってしまい、それは思わぬ出来事を引き起こす……。
 レオもレミも大事なことは口にしない。いや、二人がお互いを想う感情にはまだ名前も無いだろうし、そもそも二人はそんな感情を認識すらしていないのだ。それでも二人の純粋さに満ちた幸福感は、この時期だけの少年が放つ溌剌とした瑞々しさ(その瞬間を映像に残せた奇跡と、それを完璧に体現した二人の新人俳優に拍手を送りたい)と、二人が駆け抜けてゆく美しい花畑の眩しさを見事にとらえた映像が雄弁に語っている。そして周囲の目を気にして揺れ動くレオの背中は、ガラス細工のように脆く華奢に見え、男らしさや闘争心がよしとされるアイスホッケーの世界にのめり込む姿が、かえって切な過ぎる。
 突然の悲しみとそこからの再生も、花によって象徴される。花の栽培はレオの両親の仕事で、レオはいつもその手伝いをしている。咲き誇った花々は何も語らないまま摘み取られ、残りは全て刈り取られる。それでもまた養生した土に苗を植え、そこから新たな美しい花を咲かせるのだ。
 本作は昨年のカンヌ国際映画祭グランプリの他、世界各国の映画祭で47の受賞を果たしている。是枝裕和監督作『怪物』を気に入った方にも、是非お勧めしたい。

サントメール ある被告
7月14日(金)より Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開
© SRAB FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA – 2022  
配給:トランスフォーマー

 同じく7月14日公開の『サントメール ある被告』は、昨年のヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)と新人監督賞を受賞した、アリス・ディオップ監督の劇場長編デビュー作だ。生後15ヶ月の娘の殺害容疑で起訴された大学生の母ロランスが主人公の法廷劇で、殺害を認めているロランスの、そこに至るまでの状況と心の移ろいが、本人と関係者の証言によって少しずつ明かされてゆくが……。
 本作は実際の事件の裁判記録をそのままセリフとして使用するという斬新なドキュメンタリー的手法を採っているが(監督はドキュメンタリー出身)、裁判の行方を傍聴する作家ラマをもう一人の主人公として対置することで、物語に奥行きを与えている。大部分を占める法廷場面では、当然言葉の応酬によって倒叙物ミステリの趣向で物語を構築してゆくが、逆にラマがメインの場面では言いたいことは言葉では語らず映像によってイメージを喚起する。その緩急の演出のリズムが単調になりがちな法廷劇を見事に立体的に見せ、本作を幻惑的でより味わい深い作品に高めて、デビュー作とはとても思えないディオップ監督の才能のきらめきを感じさせる。
 新作本のモチーフである “子殺し” の参考に裁判を傍聴していたラマは、自分とロランスとの共通点を突きつけられる。まず女で、黒人で、移民で、また聡明なインテリで、パートナーが白人で、そして母親に対する確執に苦しんでいる。ラマはロランスと自分を重ね、えも言われぬ不安を覚えるが、それは人々が黒人女性に対して抱く単純化されたステレオタイプなイメージの、無責任な暴力性によるものでもある。
 ここに来て本作には子殺し事件の真相究明だけではなく、より複雑で普遍的なテーマが隠されていることに気付くだろう。例えば検察官や参考人の身勝手で傲慢な証言は、まるでフェイクニュースかSNSで攻撃しているかのようで、その背後には我々観客も含む世間の漠然とした圧力が見え隠れする。それは6分以上も続く心揺さぶる弁護士の最終弁論が、カメラ目線でしっかりとこちらを見据えて語られることでも分かるだろう。
 また本作で引用される幾つかの作品も、そのヒントになるはずだ。まず自由奔放な人生を送った作家マルグリット・デュラスの「ヒロシマ・モナムール」、女性の苦難を背景に子殺しをする母をマリア・カラスが演じたピエル・パオロ・パゾリーニ監督作『王女メディア』、そして何より60年代の黒人公民権運動に身を投じ、黒人と女性の権利獲得のために闘った偉大な歌手ニーナ・シモンの深い歌声は、すべての苦悩を浄化し、歌詞に歌われる雨粒は涙の粒に変わるだろう。

『トルテュ島の遭難者たち』
7月29日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
©1974 Jacques Rozier

 最後に、特にラティーナ読者にオススメしたいのが、『トルテュ島の遭難者たち』だ。本作には2016年に亡くなった偉大なブラジル人打楽器奏者ナナ・ヴァスコンセロスが重要な役で出演し、彼の演奏も存分に楽しめるからだ。そして本作はヌーヴェルヴァーグの流れの中で60年代に登場して注目を集めながらも、日本ではその全貌を知ることが出来なかった監督ジャック・ロジエの特集上映「みんなのジャック・ロジエ」(7月29日公開)の一環として劇場初公開される1976年の作品だ。
 物語は旅行代理店に勤める主人公が、同僚と行き当たりばったりで企画したロビンソン・クルーソーの冒険をガチで追体験する無人島ツアーが実施されることになり、軽い気持ちで集まった男女数名の勘違いツアーが辿る顛末を、皮肉とユーモアたっぷりに描いた痛烈なコメディだ。背景に横たわる植民地主義や行き過ぎた文明をチクリと批判しながらも、豊かな自然の中に人間の身勝手で浅はかな欲望を炙り出し、ロジエ作品の軽やかさと深さが共存するスタイルを楽しく味わうことが出来る。
 ヴァスコンセロスは島へと向かう船のオーナーとして旅に同行し、殆どビリンバウ等の打楽器を演奏したり歌ったりしながら登場する。それは『ライフ・アクアティック』で、セウ・ジョルジが常にデヴィッド・ボウイの曲をギター1本で弾き語っていた姿を思い出させ(ウェス・アンダーソンは本作に影響を受けたのだろうか?)、そのヴァスコンセロスが繰り出す音こそが、コメディでありながら本作全体を包みこむ、どこか哀愁を帯びたサウダージな空気感を形作っている。
 ジャック・ロジエは先月6月2日に惜しくも96歳で亡くなり、本企画は奇しくも追悼上映となる。


(ラティーナ2023年7月)


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