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[2001.03]カエターノ、新作『ノイチス・ド・ノルチ』を語る 3年ぶりに届いた、「啓示」そして「暗示」

文●中原 仁 texto por JIN NAKAHARA

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 スタジオ録音のオリジナル・アルバムとしては『リーヴロ』から3年ぶりとなる、カエターノ・ヴェローゾの新作『ノイチス・ド・ノルチ』。「北の夜」を意味するこのタイトルは18世紀末の思想家/文学者、レシーフェ出身のジョアキン・ナブーコの文章の一節で、「北」はカエターノの故郷でもあるブラジル北東部のことだ。ジャケットとインナー・スリーブを飾る数々の写真はバイーアのアフリカ性を抽出しつつ、ヒップホップに通ずるクールなシャープさを伝えている。
 いきなり耳に飛びこんでくるのは、無防備なまでに丸裸なドラムスの、ブレイク・ビーツを思わせる乾いたリズム。そこにジョアン・ジルベルトのバチーダを咀嚼したヴィオラゥン (ガット・ギター)と多重録音による歌声が加わる。このオープニング・トラック「ゼラ・ア・ヘーザ」に『リーヴロ』、そして『オルフェ』と『ジョアン、声とギター』をプロデュースした成果が集約されていることが、瞬時に聞きとれる。『リーヴロ』とライヴ盤『プレンダ・ミーニャ』を通じて深化させてきた「歌手とバンド・サウンドのクールで繊細な交感」「アフロ・バイーア・リズムの底力と可能性の追求」。その延長上に、本作の新たなキーワードとして「声とリズムがシンプルに絡み合う空間性」が加わった。
 タイトル曲から、奴隷制度が廃止された日をテーマとする「5月13日」、奴隷解放のシンボル的な人物であるズンビ・ドス・パルマーリスをテーマとするジョルジ・ベン作品「ズンビ」のカヴァー。壮大な組曲のように続く3曲が全体のハイライトだが、これらを「ゼラ・ア・ヘーザ」の直後に配することで、カエターノは歴史を検証するだけでなく、このテーマをヒップホップの温床でもある現代のファヴェーラというスクリーンに投影した。前回のインタビュー(本誌2000年1月号掲載)の際、カエターノが熱く語った「ラップ/ヒップホップの社会学的考察」が、自身の音楽においても展開されている。
 同年代の友人ジョルジ・ベンへの敬意も聞きとれる「ズンビ」に続いては、亡きブラジリアン・ロックのカリスマ、ハウル・セイシャスに捧げた「ロッキン・ハウル」。『フェリーニへのオマージュ』への続編とも言える、イタリア映画の巨匠アントニオーニに捧げた「ミケランジェロ・アントニオーニ」(自作の歌詞もイタリア語)。トリビュート曲を並べた以降は、さまざまなテーマとシーンが短編映画のオムニバスのように流れていく。しか
し決して散漫な印象を受けないのは、先にふれた新たなキーワード、そう、”声”へのこだわりが一貫しているからだ。マリーザ・モンチに提供した「美しき歌声」のセルフ・カヴァーに至っては、曲と詩を作った時点ですでに自身のアルバムをも暗示していたのでは? と深読みしたくなってしまうほど。
 あくなき実験精神は発揮されていても、『ノイチス・ド・ノルチ』は決して重苦しく難解なアルバムではない。声の表情と響きはますます研ぎすまされ、色っぽく官能的な美の桃源郷へと聞き手の心を手招きする。『リーヴロ』の発展型であると同時に、『アラサー・アズール』や『ジョイア』といった70年代の諸作に通じる肌触りがある。プロデューサー・システムにガッチリ仕切られたコンセプチュアルなアルバムづくりに異を唱える姿勢も匂うし、間もなく還暦に手が届くというのに、実の息子モレーノをはじめ息子世代の若手ミュージシャンを起用して自らもリフレッシュする前進意欲には脱帽するしかない。
 ところでカエターノは、このアルバムがブラジルで発売された2月上旬、インターネット上で本作とその背景を語るロング・インタビューを公開した。そこではブラジルのメディアへの容赦ない批判をはじめ、ジョアキン・ナブーコ、ハウル・セイシャス、ジョルジ・ベン、ミケランジェロ・アントニオーニについての発言などが、膨大なヴォリュームで掲載されていた。しかし、僕が最も知りたかった本作のポイントの大部分は語られず(質問されず)じまい。モヤモヤした気分でいたら、発売元のユニヴァーサル・ミュージックから「カエターノがメールで単独インタビューに答えてくれることになりました!」とのお言葉が。こうして書面によるインタビューが実現した。対面セッションではないため突っ込みを入れられない恨みはあるが、なんたってカエターノが自ら書き下ろした解答だ。ノーカットで全文を掲載する。なお文中のカッコ部分も、「筆者注」以外はすべて本人の表記に準じている。 (翻訳:国安真奈)

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—— 制作のプロセスについて。ジョアキン・ナブーコのテキストに作曲し、その曲「ノイチス・ド・ノルチ」をアルバム・タイトルにすることを、レコーディングの初期段階から考えていたのですか?

カエターノ・ヴェローゾ  そう。当時、僕は別のスペシャル・アルバム用にアングロ・アメリカンな歌をレコーディングしていて、同時に、この新譜のために未発表曲を録音していた。より自然に仕事が進むアルバムの方が、先に完成するだろうと思っていた。ナブーコのテキストを初めて読んだのは、これらのレコーディングが始まる前だった。僕はこれを広めたくて、最初はアルバムのジャケットに印刷しようと考えた。自分でも、曲をつけるようになるとは思ってなかったんだ。でも結局、曲を書くことになった。書き終えてすぐに、これをアルバム・タイトルにしようと決めた。

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