[2024.7]アルゼンチンギター音楽の新たな指標〜カルロス・モスカルディーニ 25年ぶりに来日、初のソロツアー開催!
文:森井ヒデ
近年、アルゼンチンはギター音楽を中心とした新たな音楽的スタンダードを確立しつつあるように思える。ソロギターでは、フアン・ファルーは未だ衰え知らずの活動を行ない、キケ・シネシ、リカルド・モヤーノ、ギジェルモ・リソットらの音楽は日本に浸透してきている。すこし範囲を広げると、ACA SECA TRIOのヴォーカルであるフアン・キンテーロがギターの名手でもあるのは周知の事実だし、カルロス・アギーレは近年ギター5重奏団のアルバムをリリースした。
しかし上記に挙げたギタリスト達が、アルゼンチンのギター演奏家全体から見れば氷山の一角であるほど同地のギター音楽は充実しており、その大地のように肥沃な音楽性と各地方の多様性がギターを育み続けている。世界的にギターブームは何度も到来しているが、アルゼンチンは正に現在がギター黄金期の1つとして語り継がれることになるだろう。
そんな中でも、カルロス・モスカルディーニが異彩を放ち、その新たな指標となり得るのは独自のサウンドとその多様性からだ。ブエノスアイレス南部の郊外、ローマス・デ・サモーラで1959年に生まれた彼は、スピネッタなどのアルゼンチンロックの影響を受けながら、ジャズ、フォルクローレ、タンゴの音楽を貪欲に吸収していった。実際、彼はバンドの一員としてモントリオール・ジャズフェスティバルで演奏した経験があり、タンゴ楽団の一員として25年前に来日した事からアンサンブル奏者としても非凡だった事がうかがえる。しかし、その本領はソロギターの分野において最も発揮される事となる。
驚かされるのは、彼が当初から持っていた音楽的完成度とスタイルの幅広さである。1997年EPSAレーベルから発売されたファースト・アルバム「El corazón manda」(心の命ずるままに)において、彼は自作のワルツ、カンドンベ、ミロンガ、クエカ、チャカレラ、ウエジャなどアルゼンチンの各地方の音楽を縦横無尽に演奏し、加えてジスモンチ、デ=カロ、カルノータ、ユパンキ、ピアソラらの新旧を問わない名曲を自身の編曲で演奏している。ここまでスタイルがバラバラだと、音楽的にごった煮になりそうに感じるが、自作を含めた全曲がまごうことなきカルロス・モスカルディーニ独自の響きを確立しており、むしろ強い意志と統一感が感じられるアルバムとなっている。アルゼンチンギターを初体験の方は、この作品から聴いて頂きたいと思うほどの名盤である。
このファースト・アルバムは国内外から高い評価を受け、その後も「Buenos Aires de raíz」(2005年EPSA)、「Horizonte infinito」(2009年Winter&Winterドイツ)、「Silencio del suburbio」 (2012年EPSA)とソロアルバムの制作を続け、その系譜の中には日本の hummock label からの「マノス」(2015年hummock label日本)も含まれている。
彼の自作曲は、クラシックギター演奏家たちも夢中にさせ、世界中の多くのクラシックギタリスト達により演奏されているのはもちろんのこと、米国やヨーロッパのコンクール課題曲にも取り上げられている。2015年の作品「場末」(Suburbio)はプレミオ・ナシオナル・デ・ムシカ(アルゼンチン音楽賞)で最優秀賞を受賞するなど、彼はクラシック作曲家としての地位をも確立した。
2024年8月、円熟の65歳を迎えたカルロス・モスカルディーニは新作「El juego」(ゲーム)をひっさげ、来日ツアーを行う。25年ぶりの来日ということで、曲目は前述のファースト・アルバムを含む彼の以前の作品からも幅広く演奏するようだ。アルゼンチンギター音楽にすでに詳しい方には新しい指標として、初体験の方にはその系譜を知る指標として、この機会にカルロス・モスカルディーニの音楽を体験してほしい。
(ラティーナ2024年7月)
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