[2023.9]第20回タンゴダンス世界選手権レポート その1 〜 オベリスコ下の厳寒野外ステージで、興奮の20周年決勝戦!!!
222レポート●本田健治 texto por Kenji Honda
オベリスコ下の厳寒の野外ステージで、興奮の20周年決勝戦!!!
(↑アルゼンチン最大クラリン紙の写真で見る世界選手権のページ)
真冬の野外での決勝はなんとかならないか…のお話から。
第20回を迎えたタンゴダンスアジア選手権。場所は、コロナ前までのルナパークではなくなって2年ほどになるが、コロナの影響といわれたが、どうもそれだけではないらしい。
ルナ・パークは、市が管轄するものではあるらしい。コロナのせいで屋外に、と思っていたが、どうもそうではないらしい。ルナ・パークと言えば、年齢の相当いった日本人なら確実に覚えている、日本最初のボクシング世界チャンピオン白井義男が当時のチャンピオン、パスカル・ペレスとこのルナパークで戦い、短波放送なのに96.1%という驚異的な視聴率をたたき出したことで知られているし、ガルデルや、国定歴史建造物で、ボクシングはもちろん、カルロス・ガルデル、イリゴージェン大統領、フリオ・ソーサら偉人の葬式や、シナトラ、ライザ・ミネリ、パバロッティらが関係するコンサート、エビータが地震の募金イベントをここで行いペロンと知り合ったり、唯一汚点と言われる「南米で開催された最大の “ナチス行為” 」がここで行われたりしてもいる。歴史的、しかも歴史保護地区に存在しているから、国家委員会と市の都市開発・交通省の承認がない限り、改築や取り壊しも簡単にできない。一時は市が売りに出して、オフォス・ビルにするという計画が持ち上がったらしく、選手権も他の場所を探さなくてはならなくなった。
というわけで、この世界選手権決勝の最大の決勝イベントのルナ・パーク復帰は遠くなりそうで、取りあえず2年前からは、アルゼンチン大統領府のある5月広場から、オベリスコを結ぶディアゴナル・ノルテ大通りを車両通行止めにして行われている。オべリスコを背景にした特設リンクに照明が入ると、まさに絵はがき以上の美しさだが、じつはホリゾント幕もないから演技を見にくい上に、集中力を削がれてしまう。ルナパークが懐かしい。
オープニングは16時、終了は21時。しかし、周辺の道路も閉鎖もしくは規制があるから、当日はこの辺の移動は大変だ。「一時はタンゴは貧しい民衆の音楽とさげすまれ感が一杯だった音楽・舞踊」がブエノスアイレスの重要な一角を車両通行止めにまでして、堂々と遂行されている光景は昔を知るものにとっては爽快だ。
16時、このイベントは市の開催で、法律で市のイベントは市民は有料に出来ないから、事前申請・抽選で席を確保した市民がどっと押し寄せる。ここからショーとダンスが行われ、21時頃チャンピオンたちが発表される。
最初に、この場所について書いたのは、真冬のこの時期のブエノスでの開催は、なんとかならないか、という気持ちからだ。写真で見ると壮大だし、美しいが、実際には、ステージでの動きが見えるのはせいぜい前の方の2,000人くらい。後は道端に沢山設置された映像を見るだけしかない。その上今年は、土曜日は雨の予報、直前になって、当日朝は小雨になるが、午後は晴れ。しかし、夜から日曜日朝にかけてはまた雨の予報だ。延期した方が危ない。2日朝、全員が祈るようにしていたが、小雨がふりはじめた。小雨でもステージ上が濡れ、ダンスが危険になるので、中止にするという。時間が進み、雨は止んできた。実行部隊から「決行」マークが飛んで来たので、喜んで出かけることに。今年も最良の席が用意されていた。この間13日の中間選挙で大統領選に出る道を塞がれたオラシオ・ラレータ市長もやってくると言う…とはいえ、気温はすでに10度前後、夜には5度くらいまで下がっただろうか……。
それでも興奮が高まってきて、いよいよ、先ずオラシオ・ロモがベースのクリスティアンを連れて登場。ピアノにマエストロ、ホセ・コランジェロが続く。コランジェロの特別トリオがまず演奏。昨年と違って今年は音響陣がしっかりしていて、最高の気分での開演。コランジェロもロモも最高の演奏を聴かせた後、アメリータを迎える。本編は多分ビデオで視聴できるので是非楽しんでいただきたい。そして、アメリータ・バルタール!まだまだ全然元気だ。USINAでも会って、「まだまだ歌えるから、今度こそ日本に連れて行って」と怒られた。「Madame Ibonne」と「Balada Para Un Loco」を熱唱。これだけの素晴らしい音響だと、野外でのアメリータの歌は更に映える。彼女の歌は現役のそのまま……。最初から会場は大盛り上がり。そしてラウル・ラビエ。もう言うことはなし。絶品の「Naranjo en Flor」そして、ラビエが心から愛する自作の「Gracias Buenos Aires」。ラビエが日本公演中にそっと教えてくれた「俺はね、ブエノスの生まれだが、親すら知らない ……。でも、こうして歌う声をくれた、この街を愛している」タンゴがブエノスアイレスの中心のオべリスコの、こんな特設ステージで、世界のタンゴ・ファンが集まっている前で歌うチャンスに、20周年の晴れ舞台に、この曲を選んでくれた… ダンス・ファンにも、届く歌を聴かせたかったに違いない。
ステージ部門は、誰もが満足、あのフリアン・サンチェスのカップル!
さて、先ず、決勝の結果を先に見てみよう。
決勝に参加するカップルはピスタ部門40組、ステージ部門20組が勝ち抜いてきて(今年のアジアチャンピオンは世界各予選の決勝シードだが、準決勝でも採点なしでダンスできることになったのは嬉しい)が決勝を戦う。
たまに小雨の降る最悪の状況でダンスをすることになったが、今年はブエノスアイレス市を代表する2組が、優勝した。いずれも、相方が外国人だが、長くブエノスアイレスに住んでいるので、どの新聞も「20周年の今年は我がブエノス・アイレスのカップルが優勝」と書く。
ステージは、Bruna Estellita y Julián Sánchez ブルーナ・エステジータ&フリアン・サンチェス。私はこのフリアンもうずいぶん昔から大好きなダンサーで、全国公演のメンバーにも選んで連れてきた。彼はフロレンシオ・バレラという、タンゴを聴いたり踊ったりする家に生まれ、祖父は歌い、祖母は踊り、彼は子供の頃から35才になる現在まで踊り続けている。過去に何度も選手権に参加。いずれも大健闘したが、優勝には届かなかった。一度は、驚異的な連続技をつないだ振付で準決勝までは最高評価だったのに、決勝の舞台、それも最後のポーズで転んでしまった。恐らくあのステージを覚えている世界中のダンス・ファンは多いと思う。今年は、ゆっくりと相手をも落ち着かせる雰囲気から始めて、徐々に盛り上げる素晴らしい振付だった。衣装もフリアンが『ピーキー・ブラインダーズ』シリーズのファンであることから、2人ともヴィンテージの、しかし踊りやすい様に工夫した衣装でとても好感をもたれた。これはもう、ひっくり返ることでもなければ、優勝間違いないと思っていたが、やはりそうなった。翌日、ホテルに来てくれたので話したが、「遂にやった!!!」と抱きついてきた。それは嬉しそうだった。相手のブルーナはリオ・デ・ジャネイロ出身のブラジル人女性でアルゼンチンに来て7年になるというが、人がメリー・ポピンズのようと言うように、とにかく明るい。人生でもミロンガでもパートナーとなったフリアンの振付にも何でも応えられる技術も持っている。今回は誰もが納得する優勝だった。
2位以下は次の通り。アジア選手権のロンドン&ソランジにはきつい結果で、大いに異論もあるが、それだけ世界のレベルも上がってきているということかもしれない。しかし、例年のアジアのステージに共通するのは、振付のサイズの問題。どうしても大きな練習場に恵まれていないせいか、高さも、幅も振り幅が小さい。最も、それだけそれを制御する体幹も求められるのだろうが…いずれにしても、アジアのステージダンスには一大奮起を願いたい!!! そして、毎年春のタンゴ・シリーズで日本中の拍手を勝ち取っているガスパル・タンゴダンスカンパニーのフェデリコ&ルシアーナが9位に入賞した。本来はもう少し上にいるはずだったが、フェデリコがこの世界で著名なカメラマンであることも知られているので、採点に影響したか?彼らは写真スタジオ&タンゴ・スタジオも経営していて、沢山の後輩も育ててきているのだが….。
さて、今回の運営委員会の発表からは、カップルの国名のない点数表しか発表されない上、何かミスがあったのか一時はすぐに削除されたりで、詳報するのは難しかった。また、会場でのビデオ撮影は、この大通り会場になってからは非常に難しくなった。といって発表された映像も、現在まではステージの一部だけで、他はまだという状況。情報の少ない中、書いているが、新しい情報が入り次第足していこうと思う。
さて、今年は20周年記念ということで、本編が始まる前に、この20年間に誕生した多くのチャンピオンたち約120人が集まって、カルロス・リバローラの振付・演出の元紹介され、少しづつ妙技を披露するという一場面も紹介された。総合ADを務めたナターチャは「確かに懐かしい顔が並んだ。20年。確かに長い道のりだ。最初、イバラ市長のかけ声から始まった世界選手権、そしてその勢いから始まったアジア選手権。最初は、日本にはタンゴ・ダンサーはいるの?から始まったし、ほとんどが社交ダンスの色濃いタンゴ・ダンスだったのが、2年、3年とやっていくうちに、アルゼンチンの本場のステップが理解されだした。そんな中にあって、最初からステージ部門で世界の準チャンピオンとなった韓国と日本の優勝カップルの偉業は本当にもっと輝くべきだったかもしれない、とつくづく思う。
ピスタはアルゼンチン×コロンビアのカップル!他にアジアからも多数入賞!!!
さて、次にピスタの結果。
こちらは、日本からも結構な数の参加があったと聞いているが、決勝に残ったカップルは意外に少なかった。しかし、ステージに比べると大健闘だったと思う。新チャンピオンはこちらも「ポルテーニョのカップル」と叫ばれたが、実はアルゼンチン人女性とコロンビア人男性のカップルで、Suyay Quiroga スヤイ・キローガと、Jhonny Carvajal ジョニー・カラバハル。彼はコロンビア生まれだが、彼も「家ではタンゴを耳にはしたが、ダンスをすることはなかった。そこで、ダンスをやりたくてここに来た」そう。今はアルゼンチンに住んでいるが、このカップルは今年のブエノスアイレス選手権の優勝者だった。ジョニーがアルゼンチンにやってきたのは10年前、スヤイは彼を一目見たときから挨拶に行かなきゃと思った、という。以来10年間、スヤイとジョニーはカップルを組みつづけている。ジョニーもスヤイの踊りを気に入って、アルゼンチンに住むことにしたそう。お互い愛し合っていると言うが、そのロマンスはフロアの中だけという。彼らはステージとピスタ両方に参加している。「もう分けるのはやめよう。エスセナリオもピスタも同じ言葉で始まる。何を言いたいかによるんだ。言いたいことがわかれば、それがトリックであろうと、ただ踊り場に立つことであろうと関係ない」と彼は振り返る。若いカップルの姿勢が優勢になってきた今、これがもう普通なのではないか?「それぞれ良い形を探した結果こうなっている。それが優勝に結びついて最高に嬉しい」という。「選手権は9ヶ月前から始まって、色々試行した結果、ここにいる」と。
ピスタには、日本からもアジアからも沢山の参加者がいたようだが、結果は散々だったとか。せっかく真面目にタンゴを教えてきたどう見ても真面目で出来る教師まで浮かばれない結果になったと聞く。中には、日本でタンゴを教える=金になっている、と考える単純な人間たちには、妬みもあるのかもしれない、総じて難しい結果になっていたようだ。でも、そんな中でも、勝ち上がったカップルも数組いた。
アジア選手権で審査員をしたこともあるディエゴ&アルダナは、さすがにこの本場でも圧倒的な評価を受けていて、予選は軽々とトップ通過だった。昨年はあくまでも自分のスタイルを貫いて、審査員を黙らせることは出来ず、目的には届かなかったが、今年は選手権という特殊な舞台に合わせて、曲によってもう少し色を変えるスタイルで臨んだが、結果ははっきり現れた。3位が3カップル同点のなかの1カップルになった。このカップルのダンスは、すでにある程度完成されていて、本当は選手権などに出る必要がないスタイルのものとも思っているが、ステージ・チャンピオンの経験を持つディエゴとしては、アルダナにも同様の格を授けたいのだろうと思う。実際、ビデオを見ても素晴らしいダンスだった。実はその前日だったか、ナシオナルというミロンガを覗きに行ったが、その時の招待ダンサーがディエゴ&アルダナだった。ゆっくりと確実に歩を進めるが、必要な部分での動きの速さは誰もがため息の出る美しさ。タンゴ・ダンスのある意味極地だと思わせる。猛者の揃ったこの日のこのミロンガの全ての参加者も釘付けであのダンスを眺めていた。もう、あのダンスを見たら、誰もが選手権の順位などどうでも良いと思うことだろうと思う。溜息と、その後の大拍手が送られていた。
クリスティアン&ナオは、昔はこの世界選手権には毎年のように参加して、いつも上位でいたからファンも多い。衣装も豪華な金色の衣装がオべリスコをバックにしたあの会場では眩いばかりの輝きようだったし、美しかった。今年は20周年ということで、参加したのだろうが、昔からのファンもたくさん来ていたのだろう、彼らへの拍手も一段と大きかったように思う。
アジア選手権の今年のチャンピオン、Ferrol Matthew & Amelia Rambeフェロル・マシュウ&アメリア・ランベは見事5位入賞。アジア選手権でも地に足の着いたしっかりしたステップを見せてくれたが、この日の審査員たちにもかなりの高評価だった。それにしても、急激にレベルの高くなった今回の世界選手権で本当によく頑張ったと思う。そして、昨年アジア選手権のピスタチャンピオン、ロンドン&ソランジは、今年ステージチャンピオンで、ステージの決勝シードになっているが、ピスタは予選から出場して16位と健闘した。練習はほぼこちらに来てからという割には良い位置につけたと思う。今年の世界のステージ・チャンピオン、フリアン=ブルーナも19位と、両部門で活躍するのが常識になってきている感もある。なお、韓国のチャンピオンのハルナ&エセキエルは33位だった。
点数表を見て採点方法や、審査員の採点差異に違和感を感じるのは私だけではない。選手権という制度に一番重要なのは審査方法だ。審査がゆがんだ、あるいは確立できない選手権は必ず滅びる。アジア選手権だってまだまだだ。タンゴダンス界全体として、審査、あるいは審査員制度の早い確立を望みたいと切に思う。簡単ではないが、やらなきゃ終わってしまう。さて、この世界選手権を取り巻く話はまだまだ沢山あるので、次回また報告する。
(ラティーナ2023年9月)
ここから先は
世界の音楽情報誌「ラティーナ」
「みんな違って、みんないい!」広い世界の多様な音楽を紹介してきた世界の音楽情報誌「ラティーナ」がweb版に生まれ変わります。 あなたの生活…