[2023.11]『ブエノス・アイレスのマリア』 12月に三度目の公演!〜フル編成で贈る、死と生誕の悲しくも美しいもう一つのクリスマス
文●山本幸洋 text por Takahiro Yamamoto
感動のステージが再び、いや三度戻ってくる。ヴァイオリン奏者の柴田奈穂プロデュースの『ブエノス・アイレスのマリア』が、12月15日にアンコール上演される。
『ブエノス・アイレスのマリア』とは、1960年代半ば過ぎから創作スランプに悩まされていたアストル・ピアソラが68年に放った起死回生のステージそして2枚組LPである。小オペラと名付けられたその作品は60年代の抽象的アートに彩られたファンタジー。出演は男女ヴォーカル、語りと11人編成のタンゴのオルケスタ。傑作揃いのピアソラ諸作にあっても異彩を放つ作品で、その独特の空気感ゆえに、ピアソラらオリジナル・キャストが出演した68年公演以降のカヴァー上演、カヴァー・レコーディングは数えるほどしかなかった。いずれも名手達で、ネストル・マルコーニ、ギドン・クレーメル、マルセロ・ニシンマン、小松亮太etc ……。やはり独特のフィーリングをもたらす要は歌手で、小松は、オリジナル・キャストであり、ピアソラのパートナーであったアメリータ・バルタールとのコラボで実現した。『ブエノス・アイレスのマリア』という作品には、ブエノス・アイレスの語り口が、ブエノス・アイレスに住む音楽家、芸術家のセンスが必要不可欠なのだと思っていた。そんな思い込みを吹き飛ばしたのが、21年12月、Tango Querido主催の歌劇『ブエノス・アイレスのマリア』だった。
その公演は音楽を聴かせるものというよりは、演劇性の高い音楽を見せるものであった。オペラあるいはミュージカルに類するものといえる。ミニマルな舞台装置、歌手2人と語り手に5名のダンサーを交えたキャスト、彼らの振り付け、衣装、照明、字幕は本公演の、日本のスタッフのオリジナルである。ピアソラらの68年公演の聴覚的再演ではなく、記録に残っていないところを独自の創造性で埋め戻した時空的再演プラス再創造だと感じた。歌詞は元より抽象的、幻想的であり、そのフィーリングを楽しむのだと思うが、主人公マリーアの衣装の色を変えることで、生前、死後、再び誕生した子マリーアを明示するなどの演出に大いに納得した。そして感激した。
音楽も素晴らしかった。マリア役の小島りち子、パジャドールほかのKaZZma の歌と身のこなし、ドゥエンデ役の西村秀人の威厳ある語り、タンゴ・ダンスの世界選手権優勝者を含むオリジナル・キャストのダンサー5人が表現するプロット、ヴァイオリンの柴田奈緒を中心とした耽美な演奏。シュールな世界観を持つ作品であるが、描かれている世界を理解できなくとも、一音々々に込められた気迫は、聴く者、観る者を感動させる力があった。会場となった座・高円寺2のポスト・モダンな雰囲気ともマッチした珠玉の一夜であった。
その公演のライヴ・レコーディングは本年23年1月にCD発売され、そのリリース記念として、本年5月に再演された。2度目ともなると、初回観覧のようなテンションは抑えめに、特に器楽奏者達の素晴らしい演奏をじっくりと鑑賞できた。印象的だったのは、柴田と会田桃子のヴァイオリン協演である。渋く深みのある柴田がトップ、鋭く空間を切り裂くような会田がセカンド、その異なるトーンのブレンドにアンサンブルの妙を感じた。
さて、今年である。本稿を書いている時点で決まっていないことも多いようだが、21年公演と同じく会場は座・高円寺2。照明などで雰囲気を作り込んだコンサート形式となるようだ。東京のライヴ・シーンの最先端にいるミュージシャン達が初めて集まりピアソラの作品に一丸となって取り組んだのが2年前。希望、悲壮感、尊厳、全幕を通して漂うマリアを演ずる小島りち子の円熟した歌表現をはじめ、この作品に対する深まりに期待したい。加えて、クリスマスにリンクしている『ブエノス・アイレスのマリア』を、そのシーズンで再び楽しめることに格別な想いを寄せたい。
なお本公演はクラウドファンディングを併用している。ぜひ以下のURLにアクセスして、柴田らが本公演にかける気持ちを汲み取っていただきたい。
(ラティーナ2023年11月)
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