[2024.5]これが噂のイスタンブール・タンゴ・フェスティバル!
文と写真●なかやまたけし texto por Takeshi Nakayama
東京での1週間のツアーを終え、羽田空港でTango Bardoのメンバーを見送ったあと、僕は物凄い虚無感に襲われていた。今までも幾度かイベントを企画してきたが、こんなことは初めてだった。ツアーは成功だったように思う。しかし、はっきりと自分の中での限界を感じてしまったのだ。
それから2ヶ月が過ぎた頃、SNSでイスタンブールのタンゴフェスティバルの投稿を読んだ。ゲストダンサーはいま世界を代表する12組。ゲストミュージシャンはSolo Tango、Orquesta Romantica Milonguera、そしてTango Bardo! 眩暈がするほどの豪華な顔ぶれ。気付けば主催者にメールを送っていた。
会場はイスタンブール空港から約40km離れたPullman Istanbul Hotelで、コンサート、コンペ、ミロンガ、ワークショップ……。フェスティバルのイベントはすべてここで行なわれる。圧巻なのはメインホールだ。1,260㎡の会場に500㎡のフローリングが敷かれ、このセッティングだけで一体いくらするのだろうか? と思わず野暮なことを考えてしまう(ちなみに横浜赤レンガ倉庫のフロア面積は376㎡)。
来場者数は2,200人。昨年のイスタンブールタンゴフェスティバルのコンペでのサロン部門優勝ペア(Amelia Rambe & Ferrol Mathew)とエセナリオ部門優勝ペア(Luis Alfredo Squicciarini & Evgeniya Samoilova)を加えた14組のゲストダンサーが一堂に会した日には1,500人ものタンゴファンが集まった。グランミロンガは毎晩22時から明け方まで続き、このほか別会場では延々とタンゴマラソンが開催されている。会場はホテル内にあるため眠くなったら部屋へ戻り、タンゴシューズに履き替える手間もない。オーガナイザーのMurat Elmadağlı氏にインタビューした際、「オーケストラやマエストロたちだけでなく、ショー、ワークショップ、マラソン、そしてコンペティションなど、すべてが最高品質でした」と話していたが、まさにその通りだと思う。
ちなみにゲストダンサーは次の12組のほか、先ほどのLuis & EvgenyとMathew & Ameliaを加えた14組。
Javier Rodriguez & Fatima Vitale
Mariano “Chicho” Frumboli & Juana Sepulveda
Facundo Pinero & Vanesa Villalba
Carlos Espinoza & Agustina Piaggio
Juan Malizia & Manuela Rossi
Neri Piliu & Yanina Quinones
Facundo de la Cruz & Noelia Hurtado
Octavio Fernandez & Corina Herrera
Diego Ortega & Aldana Silveyra
Dmitry Vasin & Stefany Ortiz
Giampiero Cantone & Magdalena Valdez
Gianpiero Galdi & Lorena Tarantino
このなかのどれか1ペアのデモンストレーションが観られるだけでも贅沢なのに、一組一曲ずつ順番に踊っていく。世界トップクラスの共演。緊張感とプライドのぶつかり合いで会場の空気はピンと張り詰め、それぞれが自分の持ち味を存分に出し合う。その一挙手一投足を瞬きすら惜しんで見守る1,500人のミロンゲーラとミロンゲーロ。こんな光景はおそらくここでしか味わうことができないだろう。
ライブも圧巻だった。Solo Tangoは繊細さ、Tango Bardoは激しさ、Romantica Milongueraは甘さ。どのバンドも演奏がはじまった瞬間は踊る場所がなくなるほどステージ周りにスマートフォンを掲げた人が集まってきた。僕がタンゴをはじめた頃は、「一曲目は静かに聴いて二曲目から踊りなさい」と言われたものだが、おとなしく聴いているひとなどひとりもなく、まるで大物ロックアーティストのコンサート会場にでもいるかのような興奮がフロアに充満していた。Tango Bardoのリーダー、Lucas Furno(Violin)がタンゴショーの仕事で来日したとき、「ミロンガに特化したバンドをやってみようぜ!」と提案して生まれたのがTango Bardo、その後Tomás Regolo(Piano)と出会い、そのコンセプトを元に楽団編成にして新たな世界観を創り出したのがOrquesta Romantica Milongueraだと教えてくれたことがある。聞けば最初は反対意見も多かったらしい。しかし今その挑戦がいかに正しかったを証明してくれている。文化とは伝統を守ることと挑戦のバランスによって発展していくものだということをあらためて教わった気がした。
昨年の春、僕はTango Bardoの日本ツアー実現のためにブエノスアイレスにいた。その際、彼らだけでなく様々なミュージシャンやダンサーから、「なぜ東京はブエノスアイレスに次いでタンゴが盛んなのに国際的なフェスティバルがないのか?」と聞かれた。確かに東京では毎晩いくつものミロンガが存在し、本場顔負けのミュージシャンも沢山いる。しっかり調べたわけではないが、おそらくイスタンブールよりもタンゴ人口は多いだろう。イスタンブールでも同様の質問を何度か受けた。では何故か?
20年前にアルゼンチンタンゴ世界選手権のアジア予選が東京ではじまったとき、僕は母が経営するタンゴバーの手伝いをしていた。そこでよく、「タンゴは他人に評価される踊りではない」という意見を聞いた。僕もそう思う。「しかしコンテストそのものを否定してしまったら、いずれアジアの別の国に抜かれてしまいますよ」と答え、現に今そうなっている。
せっかくタンゴに関してこれほど恵まれた国なのに……とは常々僕が抱いている感想だ。故に昨年Tango Bardoのツアーを終えたあと、どうしようもない虚無感に襲われたのかも知れない。Tango Bardoといえば、いま世界でもっとも勢いのあるバンドである。にも拘わらず、僕が知る限り東京でタンゴを生業としているひとのなかで、コンサートミロンガ合わせて10%も参加してはいない。ぞれぞれ事情はあるだろうが、それにしてもと思わざるを得なかった。
しかしきっと、どの国も様々な問題を抱えていて、そこを乗り越えてインターナショナルなフェスティバルを成功させている。考えなければならないのは、「なぜ出来ないのか?」の先にある「どうすれば出来るのか」なのかも知れない。
東京に国際的なフェスティバルが必要かどうかという問題は別として、「東京でやって欲しい」という声は世界的にも非常に多い。
そのようななか、Tango Bardoから「また日本へ行きたい」という話があがっている。この来日が即フェスティバルに繋がるとは考えていないが、いずれそのような日が来ることを願ってやまない。
(ラティーナ2024年5月)
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