[2022.3] 【インタビュー】 新しい日常生活を “味わう” なかで生まれた、コーコーヤ9年ぶりの新作 『TASTE』
コーコーヤ(ko-ko-ya)が日本を代表するインストユニットであることは、もはや異論はないだろう。2008年に1stアルバム『antique』をリリースして以来、彼らの音楽はさまざまなテレビ番組のBGMとして頻繁に使われたり、街中のお店の空間などをお洒落に彩ってきた。
そんな彼らは2013年の3rdアルバム『travelogue』リリース後、しばらくの間メンバーそれぞれのソロ活動などに打ち込んできたが、コロナ禍のなかで再び互いの曲を持ち寄り集い、2022年3月に実に9年ぶりとなる待望の新作をリリースすることとなった。
今回は『TASTE』と名付けられたこの新作について、コーコーヤの3人に話を伺ってみた。
インタビュー・文●田方春樹(Música Terra)
新しい日常生活を “味わう” なかで生まれた音楽
── コーコーヤの新譜としては2013年『travelogue』以来ですが、またコーコーヤとしてアルバムを作ろうと思ったきっかけを教えてください。
笹子 コロナ禍という状況の中でできる音楽活動にはどんなものがあるか考えたとき、やっぱり曲を作り録音するというのが一番制約が少なくできることだったので、それをやりたいと思いました。その時はコーコーヤもそれぞれみんなが散っちゃっている状態でずいぶん長くやれていなかったので、ここらでやってみると面白いんじゃないかと思ったのがきっかけですね。
2019年の忘年会で田中(正)さん(編集部注:ハピネスレコードの社長)からも「そろそろコーコーヤやりませんか?」と背中を押してもらっていて、そのあとすぐにコロナ禍になったのでちょうど機会だなぁと思い、江藤さんと黒川さんに相談したら「やりましょう」ということで新作のプロジェクトが始まり、2020年の夏に録音しました。
── なるほど、コンサートなどもほとんどできない状態になって、作曲や録音に集中できたと。
笹子 どうせジタバタしても演奏活動ができないんだったら、今できることをと最初に考えまして、作曲であったりレコーディングであったり、だいたい同じペースで自分のアルバムも作っていて曲もたくさんできたので、コーコーヤで使っちゃえ!ということもありましたね。
── 参加メンバーやサウンドを聴かせていただいた印象では、2021年の笹子重治さんソロ『Plataforma』や、江藤有希さんソロ『memor』、黒川さんのユニット「NyaboSsebo」の色彩感を受け継ぎつつ、コーコーヤとしての表現を追求した作品のように思えました。そうしたソロ作品とのつながりや、コンセプトの意識はありましたか?
江藤 私はそこまで深くは考えていないです(笑)
黒川 私は、やるんだったら今回コンセプトをどうするかとか、久しぶりだし色々詰めて話したかったんですが、笹子さんにそれを話したら「そんなの必要ない」と言われて。2回くらい言ったけど「コンセプトは要らない、できたものを出すだけですよ」と言われ、「えーーー……」と思いながらやったのを覚えています(笑)
私としてはコーコーヤでの録音は久しぶりでしたから、それぞれの活動で得たものを反映させて新しいものを生み出したかったし、新しい風が入ったものやこれまでにないチャレンジをしよう、とかも話したかったなと(笑)
笹子 僕はこれまでもコンセプトは絶対決めてなくて、その時々に自分が一番良いと思ったものがコンセプトだとすごく思っているので……。でもやっぱり、こうやって曲を作って演奏してみると、黒川さんが一番攻めているんですよね。そういう意味では、そうした部分が今回のコーコーヤの音楽の中では一番新しいものだったことも間違いないので、まぁ、コンセプトを考えるのも悪いことではないなと思いました。
── このコロナ禍でコンサートなどの機会が減ってしまったかと思いますが、やはり音楽家としてのフラストレーションはありましたか?
笹子 それが僕の場合は楽でしたね。人前に出ないのがこんなに楽なんだって。
江藤 そうなんだ(笑)
笹子 それと、今まで作曲って自分としてはあまり好きでも得意でもなくて、これまでアルバムを作るときも作曲が結構苦痛だったんですが、今回すごく楽しく、30曲くらい曲を書いちゃって、あぁ、これも良いなとちょっと思うようになりまして、作曲だけしてたら人前に出なくても良いじゃんという発見もあり、そういう意味でフラストレーションは驚くほどなかったんですよ。
今だんだんとライヴも増えてきて、そういう意味では今の方がしんどい感じがしていますね。みんなは違うと思うけど(笑)
江藤 私はやっぱりライヴができないことに対してちょっとフラストレーションはありました。でも、今回のアルバムのタイトルをどうしようかってなって、みんながどういう時間を過ごして曲を作ってきたかって考えたとき、日常生活を “味わう” ようなことが増えたよね、ってことを書いたんですね。そしたら “味わう” って良いよね、って言ってくれて、それで『TASTE』というタイトルが決まったんですが、ライヴができないというフラストレーションがありつつも、今まで気づかなかったことに気づけたり、たくさん映画を観たり音楽を聴いたり、日常生活を “味わう” 良さがありました。
黒川 私も2020年まではむしろ楽しかったというか、それまでと全く違う日常を過ごせたけど、去年(2021年)はまだ先が読めない状況で予定されていたライヴが中止になったりして動きにくいというフラストレーションはありました。
江藤 そういう去年の方が辛いっていうミュージシャンは多いですよね。疲れちゃったのもあると思うけど、延期どうしようとか、いつも考えていないといけないというしんどさがあったかも。
笹子 江藤さんも自分のトリオをやってますけど、自分が主宰してブッキングしているライヴが中止になっちゃったりすると、誰か他の人にブッキングしてもらって中止になって「わー残念!」と言っている身よりもだいぶ重いと思いますよね。
2020年3月頃からの緊急事態宣言で街もシーンと静まり返ってしばらくしたとき、僕のソロのレコーディングで呼んだメンバーが、みんな本当に久しぶりのレコーディングだって言いながら出てきて、異常に感謝されたことを覚えています。
── そのあたりのレコーディングのことも伺いたいんですけど、コロナ禍になってオンラインやリモートでのレコーディングも増えていますが、今回の作品は全てリアルタイムのアンサンブル録音ですか?
笹子 こういうユニットでは別録りは基本ないですね。後からパーカッションを重ねるとかはありますけど、コーコーヤはこの3人で出す音が基本で、これはもう3人が同時にやらないとできないものですね。
「コーコーヤはすごくメロディーな音楽」
── 1曲目の「モンテ・ソラーロ・チェアリフト」は、タイトルの語感が良かったので何だろうと思って調べてみたら、イタリア・アナカプリのリフトの名前だと知りました。作曲者の江藤さんにお伺いしたいのですが、この曲にまつわるエピソードはありますか?
江藤 私はいつも曲ができてから、曲想に合うものは何かなと言葉を探してタイトルをつけるんです。2018年に旅行でカプリに行って、青の洞窟に行きたいと思って二泊したのに、二日とも波が高くて結局洞窟に入れなくて、ほかのアクティビティをと探し仕方がなく行ったのがソラーロ山のチェアリフトだったんです。鉄の安全バーが一本あるだけの凄い高さのめちゃ怖いリフトだったんですが、恐怖を覚えながらも興奮して、なんかその高揚感が曲調とリンクして、この風景をタイトルにしようと思い立ちました。
── 今作には黒川さん作曲で『Antique』の「Shin-kan-sen」、『Frevo!』の「しんかんせん2」の続編的な「Shinkansen3」が収録されていますが、このシリーズが生まれたきっかけは?
黒川 「Shin-kan-sen」はたまたま何かのきっかけでそういうタイトルをつけて、2は新幹線に乗っているときに曲ができたから「しんかんせん2」にして、あの、なんとなく、じゃあ「3」作るかみたいな感じで……(笑)
笹子 「惰性」ってやつだ。
江藤 「1」を出して東北にツアーに行ったときの新幹線の中で、車両の一番後ろに置いてあった黒川さんのカートが前の方の座席に座っていた私たちのところまで転がりながらやってきたっていうことがあって、そして彼女はその場で作曲を始め、すぐに「いま曲ができたよ!」と見せてくれて。それが「2」ですね。
黒川 そうだったっけ(笑)あんまり覚えてない。でも今は新幹線に乗ってツアーに行く機会も減ってしまって、どこかに行きたくて、新幹線に希望を乗せてという感じで作ったこともあって「3」にしたのかもしれません。
── 楽譜にはどの程度アレンジを落とし込んでいますか?綿密に組み立てられているようにも、即興が多いようにも聴こえます。
笹子 曲のリズムや和音は僕がやればいいので、もらった曲を色々考えてそうした土台の部分は僕がやります、と。
上に乗っかっているフレーズやラインについては自由にやる部分とがっつり作り込む部分と両方ありますけど、そこは二人で相談しながら凄い高度なやり取りをしていて僕はぜんぜん分からないです、はい。
黒川 メロディーの裏は各自が自由にやっていて、事前に作ることもあるし、ほとんどその場で即興で考えることもあるし。
今回私の実験のひとつに笹子さんにリフを弾いてもらうというのがあったんです。ある日道を歩いていて、自転車に乗ったお母さんが後ろに子どもを乗せていて、二人がすごく楽しそうに会話しているシーンを見ていて、そのときお母さんが子どもに何か話しているのが音で聴こえてきたんですね。それをリフにして笹子さんに弾いてもらったのが「夕暮れのリフレイン」という曲なんですが、これまではそうやって笹子さんにずっとリフを弾いてもらうというのはなくて。違う世界観を出すためにお願いしてみたんです。
笹子 確かにそういうアプローチで自分が入るというのはこれまでなかったから、すごく新鮮でしたね。
── その「夕暮れのリフレイン」はタブラの音が鳴っていたり少しエキゾチックな雰囲気もありますよね。途中の遠吠えのような音も印象的です。
黒川 あれは鳥笛の音ですね。いくつも種類があるみたい。
笹子 パーカッションの岡部(洋一)君がいっぱい持ってます。箱の中にたくさん入れてて。
── コーコーヤの音楽はアレンジや演奏はすごく複雑なことをやっていながら、聴く側はリラックスして聴けるという不思議な音楽だと思います。純粋なショーロともまた少し違った魅力を感じるのですが、自分たちの音楽のジャンルは何だと思いますか?
笹子 ショーロではないですよね。バンドの立ち上げのきっかけは確かにショーロだったので、その要素がないことはないんですが。
ショーロって何だろうって考えたときに、「メロディー」だと思うんですよね。メロディーだけでご飯が食べられます、みたいなそういう音楽だと思うし、そういう意味ではコーコーヤの音楽もすごくメロディーな音楽です。
クラリネットもギターもショーロで使う楽器だし、そういう部分はショーロ的ではあるけれど、この中では黒川さんはジャズに近いアプローチをしていたり、江藤さん黒川さんはしっかりクラシックを勉強しているけど僕はト音記号の書き方も怪しいくらいイイカゲンだし、やっぱり既存の音楽との距離感はイイカゲンなものだと思います。
── 自分たちがやりたい音楽を自然にやった結果が、コーコーヤの音楽ということですね。
黒川 でもやっぱり軸はブラジル音楽ということになるかもしれません。笹子さんのグルーヴは間違いなくブラジル音楽だし、私たちもずっとブラジル音楽が好きでやってきたし、そこはもう揺るぎないかな。
笹子 楽器の扱いというか、音の出し方は、やっぱりお二人はクラシックが身についているから、そういうのが武器になるというのではないかも知れないけど、僕みたいな野良から見たらやっぱり凄いなと思いますね。
── ヴァイオリンはあんまりショーロでは使われないですよね。
江藤 ショーロではバンドリンが主役になることが多いですが、音域も指遣いもヴァイオリンと同じなので、私はショーロが好きになってから結構バンドリンの演奏を耳コピしたりしていました。
愛用の楽器や思い入れのある曲について
── 皆さんのメイン楽器のメーカーや、愛用の楽器への思い入れを聞かせていただけますか。
笹子 僕はいわゆるギタリストマインドが全然ないので、実は楽器には全然凝っていなくて。今使っているのはイギリスのポール・フィッシャーという人のクラシックギターです。これは30年くらい前にショーロクラブでサントリーホールの小ホールでコンサートすることになったとき、当時はマイクを使わせないみたいなホールのコンセプトがあったんですよ。で、それまで自分が使っていた楽器で試し弾きをしたら全然音が通らない、と。それでギター屋さんに行って、ショーロクラブの秋岡(欧)に部屋の向こう側に立ってもらいながらいろんな楽器を試奏して、一番遠くまで音が飛ぶものを選んだらそれがポール・フィッシャーで。サントリーホールのコンサートは一応それで演ったんだけど、当初はネックも太くて弾きこなせなくて暫く放ったらかしてたんですけど、結局今はべろんべろんの下品なギターになってしまって(一同笑)、それが気に入ってます。
ギタリストってよく20本も30本も持っている人いますけど、僕はそれだけなんです。あとは一応の替えのギターと、昔のギターの3本だけ。弦はサバレスが好きです。
江藤 私の楽器はフランス製で1930年代のものです。これはよく修理でお世話になっている楽器屋さんでたまたま出会ったもので、行くたびに弾かせてもらっていて、当時自分が手が届く値段だったので2002年くらいに買ったものです。
サブはブラジルに行ったときに買ったもので、買ったときはフランス製だと言われていたのですが、日本に帰ってきて楽器屋さんに見てもらったらドイツ製だと言われました(笑)
昔はガット弦を使っていたのですが、コスパが悪くて、1週間で切れてしまったときにもう無理と思って、今は耐久性のあるナイロン弦を使っています。
黒川 楽器はずっとクランポンで、ときどき他のメーカーを試したり、他の人が使っている楽器を聴いても私にはクランポンが合っているとずっと思っていて。一昨年コーコーヤのレコーディングが終わった後に楽器を新調して今もクランポンです。クラリネットとか木管は経年劣化があるので何十年も使わないですね。
── ありがとうございます。最後に、今作で特に思い入れの深い曲を一人1曲ずつ教えてください。
黒川 私は最後の「Trace the Time」ですね。2020年以降、今まではこうだったよな、とかコロナ前を懐かしむ想いがわぁぁっと来るときがあって。別にその頃に戻りたい、という訳ではないと思うんですけど、この曲を作っているときのそういう心情が表れている曲なのかなと思います。
江藤 1曲目の「モンテ・ソラーロ・チェアリフト」は仮のタイトルが「よくある」だったんですね。なんかどっかにこういう曲あるよね、というのがずっとあって、曲ができたあともみんなに「こういう曲知らない?」って聞いて回っていて。すごく気になって何度か部分的に改訂したりしたんですが、中途半端に変えるくらいなら最初と同じで良いんじゃない?と言ってもらったという思い出があります。
黒川 「レインドロップス」(編集部注:コーコーヤ『Frevo!』収録の曲)に似てるかも、って少し思ったけど。
笹子 ギタリストがワンパターンだからじゃない?(一同笑)
江藤 でも、コーコーヤらしさのある曲だとは思います。
── 笹子さんはいかがですか?
笹子 僕は今回は自作曲では珍しく気に入った曲が多くて、どれか1曲と言われると困っちゃうんですが、2曲目の「7 de Fevereiro」は結構ありそうでないアイディアで、すごくよく出来てるなぁ、と自分で感心してます。誰も言ってくれないけど(笑)
後で聴いてみるとみんなソロで結構苦労していて、ピアノの林(正樹)君も苦労していたようで、そんな大変な曲を作ってしまったのかと。自分的にはすごく気に入っています。
── 「7 de Fevereiro」は一時的転調の連続がすごくかっこいいと思いました。曲名は「2月7日」という意味ですが、この日には何か深い意味が?
笹子 2月7日に作った、というだけです。(一同笑)
(ラティーナ2022年3月)
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