[2022.2]【太平洋諸島のグルーヴィーなサウンドスケープ⑲】 トンガのために身を挺して ―トンガ・ナショナル・ラグビー・リーグ応援歌 Mate Ma'a Tonga―
文●小西 潤子(沖縄県立芸術大学教授)
日本から東に向かって、ミクロネシア、メラネシアと太平洋の島々を渡ってきたこのエッセイは、いよいよポリネシアにたどり着きました。今回とりあげるのは、日本から約8,000km離れたトンガ王国。世襲制の国王を元首とする立憲君主制の王国で、面積は対馬とほぼ同じ720㎢、人口約10万5千人。1400~1600年代には、現在のソロモン諸島の一部、ニューカレドニア、フィジー、サモア、ニウエ、さらにフランス領ポリネシアの一部までを支配する大帝国を形成しました。1616年オランダの探検隊が北方2島を視認、1770年代にJ. クックが来島しイギリスと親密になりましたが、1845年トンガを統一したのは、プロテスタントに改宗したジョージ・トゥポウ George Tupou I世。その後も植民地支配を受けず、1900年イギリスの保護領となり、1970年外交権を完全に回復しました。
海洋大帝国を築き、独立国家であり続けたトンガは、人々の強い愛国心や高いプライドを育んだとも言われます。そんなトンガを襲ったのが、2022年1月15日の海底火山フンガトンガ・フンガハアパイ火山の大規模噴火。日本にも津波被害が及び、現地の被害状況も報じられましたが、コロナ禍による国際的人道支援や物資流通の遅れもあり、長期的なインフラ整備が必要となっています。トンガにエールを送りたい ―その気持ちを込めて、トンガ・ナショナル・ラグビー・リーグ応援歌 “Mate Ma'a Tonga” を手がかりの1つとして、かつてのトンガの日常的なサウンドスケープを紹介します。
さて、トンガと聞いて何を思い浮かべるでしょうか? 私は、スーパーの野菜売り場に並ぶカボチャです。太平洋諸島の農産物としては、ニュージーランド産キウイフルーツに次いでお馴染みではないでしょうか。トンガのカボチャは、日本の商社が冬至の輸出用農産物として生産の仲介をしたことから、主要輸出品となったとのこと。
スポーツでの日本との結びつきも、いろいろありますね。相撲の世界では、歴代8人の力士がトンガから輩出されています(財団法人日本相撲協会、2013年7月現在)。また、東京オリンピック2020では、トンガの旗手を務めたピタ・タウファトフア Pita Taufatofua 選手が「裸の旗手」などと注目され、人気を呼びましたね。太平洋諸島の多くでは、男性の祭礼の衣装は上半身裸なので、私なんかはそのレッテルに驚きました…注目すべきは、むしろ下半身なのです!
トンガでは膝を出すことがマナー違反で、公式の場では男女とも、樹皮布タパ tapaやタオヴァラ taʻovalaというマットを腰に巻きつけ、キエキエ kiekie(女性用)あるいはカファ kafa(男女用)と呼ばれるベルトで縛った衣装を用います(写真1)。マットが短め、あるいは省略する場合も、マキシかロング、せいぜいミモレ丈のトゥペヌ tupenu という巻きスカートを着用します(写真2)。男性は、ビジネスや公式の場ではワイシャツや開襟シャツとタオヴァラを組み合わせて、スーツのように着こなします(写真3)。
タパ布は、カジノキの皮をたたいてのばして図柄を描いたもので、ポリネシア各地に分布します。製作にとても手間がかかることから、貴重品とされます。東京オリンピック2020では、ピタ・タウファトフア選手もタパ布を巻いていたはずなので、裸なんてとんでもない!一方、トンガ出身の力士たちは相当な覚悟を決めて、膝上を露出して廻し姿となったのでしょうね…。
トンガは、ラグビーでも有名ですね。日本代表の外国出身選手第1号は、トンガ出身のノフォムリ・タウモエフォラウ選手(1985年10月デビュー)。日本のリーグワンには、現在も約50人のトンガ出身選手が在籍しています。ラグビーは1823年イギリスで発祥し、フィジー、トンガ、サモアと、太平洋諸島のうちイギリスの植民地や保護領にも伝わりました。
本題の “Mate Ma'a Tonga” は、トンガ・ナショナル・ラグビー・リーグ代表男性チームのニックネームです。“Die for Tonga” と英訳されますが、私は「トンガのために身を挺して」と邦訳しました。“Mate Ma'a Tonga”の応援歌にはいくつかあるのですが、ワールドカップ2013年に際して Tupou Loto'aniu が創作し、Yissa が制作した歌を動画でご紹介します。
まず、最初の動画は Tupou Loto'aniu の写真に始まり、試合に立ち向かったり街中で円陣を組んで凱旋する Mate Ma'a Tonga チーム、沿道や広場、集会所、教会の前で踊ったり声援を送ったりする人々の写真をつないだものです。どこもかしこも、赤、赤、赤。たくさんのコメントから、この歌がトンガのみならず、フィジー、パプア・ニューギニア、サモア、マオリ(ニュージーランド)、オーストラリア、キリバスなど太平洋各地のラグビー・ファンからも愛されていることがわかります。
Mate Ma'a Tonga (feat. Tupou Loto'aniu)
次にご紹介する動画は、同じ歌に振付をした若い男性グループの練習風景。特別な指導を受けず、自ら映像を参考にして振付したようですが、伝統的な踊りの型を基本にしています。普段着での練習なので、ロングかマキシ丈の巻物に隠れた下半身の動作がよく見えます。つまり、腰を落として両太ももを開いたまま、片足ずつ地面を踏むように拍を刻み、その姿勢を保ったままほとんど移動せずに、その場で旋回する動作が特徴的なのです。体格のよいトンガの男性がスクワットさながらの姿勢でずっしりと動き、力強いボディパーカッションが加わって一層重々しく迫力が増します。これとは対照的に、踊り手はいつもニコニコ顔。ときどき頭をくるくるっと動かすファカテキ fakatekiで、陽気な気分を表現します。
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