[2024.5]【境界線上の蟻(アリ)~Ants On The Border Line〜19】中国の新世代エレクトロニック・ミュージック
文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto
最近はロックやジャズ系ミュージシャンの来日も相次ぎ、これまでよりも現代的な感覚を持った音楽家たちの動向がダイレクトに伝わってくるようになってきた感がある中国の音楽シーン。テクノ、ハウス、ベース・ミュージックといったエレクトロニック・ミュージックに関しても、2010年代後半以降にHowie Lee、Tzusing、カナダのバンクーバーを拠点に活動するYu Suらがワールドワイドな注目を集めてきたあたりから、クオリティの高い作品が続出するように。特に、武漢のアンダーグラウンドなクラブを拠点に活動するNight Swimmerがパンデミックを契機に自身のルーツを見つめ直して完成させた『Xia Ye』(22年)や、中国のbie Recordsと南米エレクトリック・フォルクローレの先端を示し続けてきたレーベルであるShika Shikaの所属ミュージシャンたちがお互いの楽曲をリミックスし合った企画盤『bie Records meets Shika Shika』(23年)には、個人的にも年間個人ベストに入れるほど従来にないユニークさを感じ、そこから確実に聞こえてくる中国ならではの旋律、サウンドやビート作りの独特さ、意外と多用されている伝統的な楽器の響きなどに惹かれてきた。
ロンドンを拠点に活動するLi Yilei(リー・イーレイ)は、21年に発表した『之/OF』で高い評価を集めた中国人コンポーザー/マルチ奏者。アンビエント~ニューエイジ色が強い作風で、日本の冥丁や7FOの作品もリリースしている英国のMetron Recorsdsから発表した『之/OF』では美しくドリーミーな世界を示すのと並行して、自身が主宰するレーベルであるLTR Records からはより尖ったタッチの作品を発表して二面性を見せてきた彼女だが、最新作の『NONAGE/垂髫』は再びMetronからのリリースでノスタルジックかつ私小説的な雰囲気のアルバムとなっている。中国語タイトルは〝子供時代〟や〝乱れた髪〟を意味しており、サウンド的にも彼女の幼少期の記憶を辿るように、おもちゃのピアノ、手回しオルゴール、鳥の口笛、壊れたアコーディオン、古い中国のテレビ番組から引用された音の断片などをコラージュ的に用い、そこにエレクトロニクスや電子音響、一部では自作楽器も使いながら過去と未来が交錯するようなサウンドを展開。どこか初期のツジコノリコにも通じるフォークトロニカ的音世界は、聴き込むほどに彼女の内宇宙に引き込んでいく魔力を宿している。
中国の広州を拠点に音楽プロデュ―サー/DJとして活動するCola Renは、昨年にリリースした初の5トラック収録のEP『Hailu』が素晴らしかった新鋭。世界中を旅してきた経験にも裏打ちされた彼女の繰り出すサウンドは、アフリカの打楽器や弦楽器などを巧みかつ独特の感覚で取り入れているところが特徴的で、近年に世界的に再評価された日本の高田みどりやパーカッショニストの関根真理がソロ名義のダンサブルな楽曲で示してきた境地に通じるようなエスペラントな感覚を放っているのがとても興味深い。アフリカやアジアの楽器類、フィールド録音された音素材やアンビエント的な音色のシンセ、浮遊感のある自身の歌声も駆使しながら繰り出すダンス・トラックは、よく耳にする典型的なトライバル~アフロ・ハウスなどとは完全に一線を画したものであり、4曲目の「Outta Space」でとりわけ際立つようなポリリズミックなビート感覚も実に独特。また、この『Hailu』では英国のレーベルからも作品をリリースして活躍の場を広げている中国人ビートメイカーのSdewdentがミックスとマスタリングを手がけており、シーンとしての層の厚さを感じさせる点にも注目しておきたい。
そして、中国における新世代エレクトロニック・ミュージック隆盛の先陣を切ってきたHowie Leeも、約3年ぶりに届けられた最新アルバム『At the Drolma Wesel-Ling Monastery』では、なんとチベット仏教の詠唱やマントラとベース・ミュージック/フットワークを融合させるという想定外の試みに挑戦。チベット北東部の標高4,400メートルの山中にある僧院で2週間に渡ってレコーディングを行い、僧侶や尼僧たちによる〝ヴォーカル〟を全面的にフィーチャーしながら構築された楽曲の数々は、多彩な音作りでユートピア的な世界観を示した前作『Birdy Island』(21年)とはガラッと方向性を変え、アグレッシヴなダンス・ミュージックに仕立て上げている点も聴きものだが、ただ単に流行りのダンス・ビートに異国情緒に溢れた歌声をトッピングしたような安直なエスノ・トランス的な作品とはなっていないのはさすが。前作リリースに伴うツアーを経て疲弊した後、22年7月に初めて作品タイトルにも記されている僧院を訪れたことが本作に取り組むきっかけとなったようだが、マントラで歌われる言葉の意味や哲学にも理解を深めながら制作されたサウンドは、あらゆる意味で波紋を呼ぶであろう試みであり、Howie Leeという音楽家の大胆さを再認識させてくれる。
(ラティーナ2024年5月)
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