[2021.07]【連載シコ・ブアルキの作品との出会い⑤】本当にあった話ではないけれど — シコ・ブアルキ作《Maninha》
文と歌詞対訳●中村 安志 texto e tradução por Yasushi Nakamura
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お知らせ●中村安志氏の執筆による好評連載「アントニオ・カルロス・ジョビンの作品との出会い」についても、今後も素晴らしい記事が続きますが、今回からまた、一旦、この連載「シコ・ブアルキの作品との出会い」の方を掲載しています。今後も、何回かずつ交互に掲載して行きます。両連載とも、まだまだ凄い話が続きます。乞うご期待!!!(編集部)
著者プロフィール●音楽大好き。自らもスペインの名工ベルナベ作10弦ギターを奏でる外交官。通算7年半駐在したブラジルで1992年国連地球サミット、2016年リオ五輪などに従事。その他ベルギーに2年余、昨年まで米国ボストンに3年半駐在。Bで始まる場所ばかりなのは、ただの偶然とのこと。ちなみに、中村氏は、あのブラジル音楽、ジャズフルート奏者、城戸夕果さんの夫君でもありますよ。
この歌「Maninha」は、1977年に、シコが初めてテレビドラマの主題歌として請け負った作品で、歌詞の言葉をひと通り聞く限り、互いに幼なかった頃のあの風景を憶えているかと問う弟に対し、姉が素直に答える、実に素朴な内容です。しかし、これにも巧みな仕掛けが埋め込まれています。
まず、「僕はもう歌ってない/あいつがやってきてからは」、「(花でいっぱいだった庭に)今じゃ、雑草しか生えない/あいつが踏みつけた地面には」という部分で、良き日々をなくした犯人とされる「あいつ」は、言葉の上では単純な代名詞でしかないものの、軍事独裁のことを指しており、シコ本人は後年のインタビューで、軍政による抑圧が始まって以降全てがつまらなくなったことを主張したのだと語っています。
また、歌詞の中に出てくる「荒野の月明かり」は、昔ヒットしたルイス・ゴンザーガの名曲「Luar do sertão」を、「きらきら光っていた星たち」は、シルヴィオ・カルダスの懐メロ「Chão de estrelas」(本誌でも5月17日に紹介されました)を想起させるなど、これを聞くブラジルの人々の心をくすぐる仕掛けが随所に隠れていることも看過できません。外国人の我々にはにわかにはわかり辛いものの、シコの作品は、ご当地人の耳にはとても濃厚で、言葉とその裏に浮かぶものが重層的にのしかかり、ブラジル人の胸をぐいぐいと押してくる構造になっています。
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