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[2021.04]【島々百景 第59回】 秋田県 その2

文と写真●宮沢和史

 自分は生まれた時から身体が弱く、小児喘息を患っていて、かかりつけの内科の先生からは “風邪の神様” というありがたい汚名を授かり、発育も遅く、身体も小さく幼稚園をよく休んだ。小学校1〜2年生まではそんな調子だったのだが、3年生になり、高学年の先輩との集団登校が終わると近所に住むある同級生がよく声をかけてくれるようになり、登下校を共にする時間がひとつの楽しみになった。荒川という甲府盆地を流れる川の近くに僕らは住んでいたのだが、その男の子がある時、荒川へ釣りに行こうと誘ってくれたのだ。甲府盆地という田舎で育ったので、身体が弱いといえど、遊びといえば田んぼや空き地でボールを使ったゲームや缶蹴りなどだったから、家に引きこもりがちの幼少時代といったわけでもなかったが、“川釣り”という世界は近所の空き地から1〜2ステージ高い未知なる世界へのステップアップを意味し、大人の世界への入り口を開けるようなイメージがあって、その誘いに大変興奮したのを今でもよく覚えている。とはいえ、自分用の釣り道具なんか持っていない。自宅のビニールハウスのプラスティック製の骨組みを竿がわりにしての釣りでは魚は一匹も食いついてはくれなかったが、大げさに言えば、それまでには経験したことのない自然界の危険ゾーンへギリギリまでアプローチしたことで雄々しい気持ちになった。その日は抜け殻を一枚脱ぎ、幼児から少年へと変態した日だったかもしれない。     

 その直後だったと記憶しているが当時、少年誌『週刊・月刊少年マガジン』の柱の一つとして大ヒットしていた矢口高雄先生の “釣りキチ三平” という漫画と出会った。最初に読んだのは月刊少年マガジンの読み切りでの “ドン突き漁” というものを紹介した回だった。“釣りキチ三平” は矢口先生の故郷秋田の山間部の集落を舞台にしているのだが、村の用水路を堰き止めたような溜池の中に周りに降り積もった大量の雪をスコップで投げ入れ厚い蓋をしてしまい、中の水圧を思いっきり上げて、その中央へ先を尖らせた太い木の杭を奥まで差し込み、それを抜くと圧力のかかった行き場のない水が穴から一気に噴き出し、それと一緒にため池の魚たちも噴き出してくるという仕組みだ。自分はこのシンプルでありながらも非常にダイナミックな漁法に衝撃を受けた。自然と戦いながら自然と共存し、それを利用し生きている東北秋田の人々への尊敬の念、そこでたくましく育ってゆく子供達への憧れ、を抱いた。我が故郷甲府市はそこまで大自然の中というわけではないが、荒川という身近なところを入り口とし、自転車を漕いでは、少しずつ行動範囲を広げ自然の奥へと入っていき、矢口先生が描き続けていた自然を探し、体感する冒険に明け暮れた。同じ頃野球も始めたので、毎日空き地や河原を駆け回り、いつしか小児喘息の発作はなくなり、風邪をひくことも稀になり、気がついてみればどちらかと言えば身体の強い子供になっていた。

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