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世界の音楽情報誌「ラティーナ」

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#沖縄

[2023.11]8月の南米ツアー報告~①サンパウロ編 『パンデミアを経た南米のウチナー社会』

文●宮沢和史 写真●Val Ferrer、宮沢和史  新型コロナウイルスが世界を占拠した間、海外渡航はおろか、緊急事態宣言や、蔓延防止法などというものが発出されると、都内からも出られず、公園や河川敷などを散歩して運動不足の解消をしたりしていたものだ。都内はそういった場所ほど混雑していたことがが思い出される。考える事はみな同じなのだ。  当時、世界の感染者数をチェックしてみたら、自分がよく行く国、もしくは行ったことがある国がワーストランキングの上位の多くを占めていて、自分が

[2023.4]【島々百景 第82回】 船浮 西表島 沖縄県

●文と写真:宮沢和史  コロナで丸々4年間も開催することができなかった沖縄県西表島船浮集落の “船浮音祭り” に4月15日に出演した。実は昨年2022年の音祭りの発案者であり、主催者であり、プロデューサーでもある船浮出身のシンガーソングライター池田卓君に声をかけてもらっていたのだが、新型コロナ感染者数が急激に増加した波に飲まれ、残念ながら開催は叶わなかった…。文字通り満を持して行われた4月15日当日は朝からシトシトと雨が降り始め、最後まで上がることはなかったが公称600人集

[2023.3]【太平洋諸島のグルーヴィーなサウンドスケープ㉜(最終回)】 資源 resources、波 wave、生命 life ― 太平洋諸島の音楽文化への旅の澪標 ―

文●小西 潤子(沖縄県立芸術大学教授)  ミクロネシアから出発し、メラネシア、ポリネシアの島々へと東に航路をとり、ハワイから小笠原、沖縄、八重山諸島に折り返し、台湾へと西まで戻ってきた本連載記事。2020年8月から32回目にあたる今回は、太平洋諸島のグルーヴィーなサウンドスケープの総集編です。    青い空と美しい海、ダイビングなどのマリンスポーツやリゾート、体格のよいラグビー選手…本連載記事では、太平洋諸島と聞いて浮かぶさまざまなイメージを背景としつつ、遠景にある人々の営

[2023.3] 【島々百景 第81回】 端島 長崎県

文と写真:宮沢和史  江戸時代後期に長崎県沖で見つかった大規模な炭鉱を明治20年代に民間が買い取り、埋め立て工事をして人工島とした “端島(はしま)” をご存知だろうか? 島全体を護岸堤防で固め、採掘するための巨大な施設、そこで働く人達が家族単位で暮らすための団地や公共施設、映画館などの娯楽施設や神社なども完備された天空の城ならぬ、まさに海上の城...。その姿が軍艦土佐を連想させることから“軍艦島”という愛称で長い間親しまれてきた。人口の増加に伴い、島自体が拡張され、ピーク

[2023.2]【太平洋諸島のグルーヴィーなサウンドスケープ㉛】 台湾原住民と日本を結んだ歌 ―「サヨンの鐘」の物語―

文●小西 潤子(沖縄県立芸術大学教授)  台湾と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。まずは、身近な海外旅行先? ― タピオカミルクティ、小籠包、大鶏排(台湾唐揚げ)などのグルメが人気ですよね。昭和時代であれば、野球の王貞治、歌手のジュディ・オングやテレサ・テンなど有名人のお名前かも知れません。最近のニュースでは、台湾有事が気になるところ…。飛行機で沖縄本島からだと1時間半、日本最西端の与那国島からだと110kmしか離れていません。それだけに、沖縄とのつながりは琉球王国時代に

[2023.1]【太平洋諸島のグルーヴィーなサウンドスケープ㉚】 沖縄に渡ったミクロネシアの行進踊り ―島民ダンスからバッサイロンまで―

文●小西 潤子(沖縄県立芸術大学教授)  前号で、小笠原の南洋踊りをご紹介しましたが、実はこれと同系統の行進踊りが、沖縄本島や八重山諸島にも伝わっているのです。うるま市栄野比では「島民ダンス」、宜野座村惣慶では「南洋踊り」、恩納村仲泊では「南十字星」と呼ばれ、敬老会や観月祭など集落の年中行事など、さまざまな場で余興として演じられています。かつてこの踊りを南洋から宜野座村惣慶に伝えた方のお孫さんは、小笠原の南洋踊りを見て、似たような踊りがあることに驚いたそうです。また、小笠原

[2022.12] 【島々百景 第78回】 多良間島 沖縄県

文と写真:宮沢和史  宮古島諸島に属する多良間島だが、島からの距離を正確に測るとむしろ石垣島に近いという。要するに宮古島と石垣島のほぼ中間地点にポツンと浮かぶこの島に自分はずっと渡ってみたかった。いつかはご縁があるだろうとその機会をうかがっていたが、なかなかその時は訪れない。「そんなにかしこまらずに、宮古島に行ったついでに訪島すればいいものを…」という声が聞こえてきそうだが、この連載の中で紹介してきた80カ所近いシマはとは必然とまでは言わないが運命で結ばれた気が勝手にしてい

[2022.11] 【島々百景 第77回】 粟国島 沖縄県

文と写真:宮沢和史  1999年の12月に公開され瞬く間に沖縄のみならず全国で大ヒットした沖縄映画がある。中江裕司監督の『ナビィの恋』である。数ある沖縄をテーマにし、沖縄で撮影された映画の中で興行的に最も成功した作品ではないだろうか。  何らかの理由で都会から生まれ故郷の沖縄県の小さな島に戻ってきた主人公の菜々子(西田尚美)。島へ渡る船で島には似つかわしくないダンディーな老人(平良進)を見かける。実はその老紳士は菜々子のおばあ(平良とみ)の昔の恋人で南米から60年ぶりに島

[2022.11]【琉球音楽周遊❺】 ~宮古島の島うた①| 宮沢和史

文●宮沢和史 *以下敬称略  宮古島では五穀豊穣、弥勒世を願う祈願、感謝のために神と交信しようという神唄が多く歌われてきた。その一方で、島にまつわる重要人物についての物語を記すものや、教訓歌など、島民の生活の営みを歌にしたものを「アーグ」ないしは「アヤグ」と呼ぶ。宮古島は山の無い平面的な地形で、水を確保するのが大変困難で干ばつに苦しんできた歴史をたどっている。そのため、歌による神との交信が頻繁に行われ、雨乞いの歌である “声合” の歌たちを大勢で歌い踊る文化も発達した。こ

[2022.11]大城クラウディア デビュー15周年記念作品リリース・インタビュー

インタビュー・文●東 千都(ラティーナ編集部)  今年でデビュー15周年を迎えるアルゼンチン出身の歌手、大城クラウディアが、15周年記念作品として、10/5に両A面シングル「我島沖縄/新世ぬはじまい」をリリースした。リリースすることになった経緯やその思い、またこれまでの活動についてインタビューを行った。 (インタビュー:10/27 ラティーナにて) ●CDについて ── 10/5に両A面シングル曲「我島沖縄/新世ぬはじまい」をリリースされました。「世界で暮らすウチナーン

[2022.10]【太平洋諸島のグルーヴィーなサウンドスケープ㉗】 移住と「ふるさと」の音楽と踊りの往来と発展 ―沖縄の『浜千鳥』と『南洋浜千鳥』を中心に―

文●小西 潤子(沖縄県立芸術大学教授)  「旅」は、住む土地を離れて一時的に他の土地へ行くこと。一方、「移住」といえば「一時的」という印象が弱くなり、政治や宗教、経済上の要因で生活の場を変えることを指します。移住するには、「生きる」ための決断を伴うともいえましょう。  太平洋諸島の文化と暮らしは、人々の移住があってこそ成り立ったといえます。まず、1500年前にアジアから人類が到達したことで、太平洋諸島に音楽や踊りの種がもたらされ、芽生え、育まれました。その後、自然災害、出

[2022.10] 【島々百景 第76回】 慶良間諸島 沖縄県

文と写真:宮沢和史  沖縄本島那覇市の泊港からフェリーで一時間ほど西へ進むと、圧倒的な海の青さを誇る島々に渡ることができる。そう慶良間諸島である。沖縄県の海の青さといえば宮古島や八重山を思い浮かべる方が多いと思うが、沖縄本島から高速船に乗れば35分程度で行ける30km強の距離(泊港から恩納村への直線距離にほぼ等しい)にありながらその海の美しさには誰もが息を飲むはずだ。“○○○ブルー” という言い方を耳にすることが多いが “ケラマブルー” と表現される青はきっと多くの人の経験

[2022.9] 【島々百景 第75回】 沖縄祭り 日本祭り

文と写真:宮沢和史  沖縄県国頭郡金武町出身の社会活動家である當山久三は当時の沖縄の人口増加と食糧難という問題を打開するために、すでに日本では始まっていた海外移民の道を切り開き、1899年に第一回沖縄移民団をハワイへ送り出した。ご存知の通り、その後日系移民はアジア、南北アメリカ諸国へと生活の拠点を広げていった。移民というと海外の国々へ、ということになるが、もちろん、新天地を求めたり、一時的な出稼ぎ目的で日本国内を移動し生活してきた国内移民史がある。  以前、この島々百景で

[2022.7]ラティーナ流 おいしいワールド・レシピ⑱ 沖縄の炊き込みご飯〜クファジューシー〜

文と写真●宮沢和史  近頃は沖縄料理が珍しいものではなくなり、すっかり市民権を得た感があります。「島唄」を発表した今から30年前には東京といえどもそう何軒も沖縄料理店を見つけることはできませんでした。今では大きな街ではほぼ沖縄料理店や居酒屋の暖簾をくぐることができますね。しかも、料理本やネットでのレシピサイトのおかげで家庭でも本格的な沖縄料理を再現できる時代になりました。  ご飯を使った沖縄料理のジューシーをご存知の方は多いと思いますが、ジューシーには二種類あるのをご存知