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#タンゴ

[2024.3]【連載タンゴ界隈そぞろ歩き ⑫】タンゴからタンゴを取ったらどうなる?

文●吉村 俊司 Texto por Shunji Yoshimura タンゴがタンゴであるために最も重要なものは何だろうか。大半の人は「リズムだ」と答えるのではないかと思う。歯切れの良いスタッカートで刻まれるリズム、一小節の中で伸縮しながらも一定のテンポを保って進行する粘りのあるリズム、低音部の動きのグルーヴ感を伴うリズム、3-3-2のリズム、など色々なスタイルはありつつも、このリズムがタンゴの要と言って差し支えないだろう。では、タンゴからそのようなタンゴのリズムを取り去っ

[2024.2]【連載タンゴ界隈そぞろ歩き ⑪】酔っぱらいとクルド人とカボチャとロマ

文●吉村 俊司 Texto por Shunji Yoshimura 2023年11月の本連載でタンゴと酒の関係について取り上げたが、その中で紹介した "De puro curda", "La última curda", "El curdela", "Duelo curda" といった曲のタイトルに含まれる "curda" という語 ("curdela" は派生語) が今回のテーマである。 「酔い」「酔っぱらい」を意味するこの言葉、語源が「クルド人」だ、という説を聞いた

[2024.1]【連載タンゴ界隈そぞろ歩き ⑩】コロン劇場1972

文●吉村 俊司 Texto por Shunji Yoshimura 今回は、先日公開されたBest Albums 2023 ④にて私が挙げたアルバムに関する話を掘り下げてみる。 対象とするのは以下の2つ。 Horacio Salgán y su orquesta / Teatro Colón 1972 Astor Piazzolla y su Conjunto 9 / Teatro Colón 1972 両アルバムとも1972年にブエノスアイレスのコロン劇場でのラ

[2024.1]Best Albums 2023 ④

2023年ベストアルバムを選んでいただきました! (カタカナ表記のものは国内盤として発売されています) ●清川宏樹個人的には、コロナ禍を経てタンゴへの熱狂はやや冷めてしまったようで、少し距離を置いて過ごした1年だった。溌溂とした新鮮さと驚きに満ち、かつタンゴとしてのアイデンティティを持った新作は、実はあまり多くないのかも知れない。けれどもここに挙げた作品(①~⑤)には、新しい音への野心や、先人たちへの敬意といった、リスナーを惹きつける磁力を感じた。①は古典タンゴの様式美をモ

[2023.12]『ブエノス・アイレスのマリア』東京公演(12/15)レポート

文●山本幸洋 写真●yamasin ­­­ 終演後の舞台挨拶。柴田奈穂の涙が、このコンサートにかけた思いを表していたのだと思う。  Tango Querido主催『ブエノス・アイレスのマリア』は今回が3度目の公演となる。初回は、新型コロナウイルス感染症による閉塞感の真っ只中にあった21年12月。期待をはるかに超えて、創造性あふれるポスト・モダンな歌劇スタイルで上演された。それは衝撃的だった。そのライヴ・レコーディングがCD発売されたのが本23年1月。装丁も美しく、奇跡的な

[2023.12]【連載タンゴ界隈そぞろ歩き ⑨】2023年を振り返って~二人の巨匠との別れ

文●吉村 俊司 Texto por Shunji Yoshimura いよいよ2023年も残すところ数日。今年もいろいろなことがあった。個人的には何よりこの連載「タンゴ界隈そぞろ歩き」をスタートしたことが大きい。本業の都合で10月が欠けてしまったのは残念だが、ひとまず何とか続けられたことは嬉しい。他にも素晴らしいタンゴを数多く聴くことができたし、多くの素晴らしい出会いもあった。充実した一年であったと思う。 一方、タンゴ界にとっては悲しい別れもあった。時の流れには逆らえない

[2023.11]【連載タンゴ界隈そぞろ歩き ⑧】 タンゴの詞の世界の住人はどんな酒を飲んでいるのだろうか

文●吉村 俊司 Texto por Shunji Yoshimura 皆さん酒はお好きだろうか。私はかなり好きな方で、ほぼ毎晩飲んでいる。普段は焼酎が多く、食べ物によっては日本酒やワインを選ぶこともある。ビールも好きで、スタンダードなピルスナー、ラガーからホップの香りが強いものや色の濃いエール系、スタウト系まで…まあ要するにに何でも飲むわけである。 ところで、タンゴと関わりのある酒といえば何だろう。普通はワイン、それも赤というのが一般的なイメージではないかと思う。しかし考

[2023.11]『ブエノス・アイレスのマリア』 12月に三度目の公演!〜フル編成で贈る、死と生誕の悲しくも美しいもう一つのクリスマス

文●山本幸洋 text por Takahiro Yamamoto  感動のステージが再び、いや三度戻ってくる。ヴァイオリン奏者の柴田奈穂プロデュースの『ブエノス・アイレスのマリア』が、12月15日にアンコール上演される。  『ブエノス・アイレスのマリア』とは、1960年代半ば過ぎから創作スランプに悩まされていたアストル・ピアソラが68年に放った起死回生のステージそして2枚組LPである。小オペラと名付けられたその作品は60年代の抽象的アートに彩られたファンタジー。出演は

[2023.9]【連載タンゴ界隈そぞろ歩き ⑦】 泣き虫と猫の話

文●吉村 俊司 Texto por Shunji Yoshimura 私事だが、9月24日は横浜市緑区民文化センター みどりアートパークホールにて行われた映画 “Pichuco” の上映会&バンドネオン・トークライブに行ってきた。 映画は「ピチューコ」ことアニバル・トロイロの楽団のスコアをデジタルアーカイブで残すという取り組みを追いつつ、彼にゆかりのあった多くの人の証言で彼の生涯、彼がタンゴにもたらしたものを振り返る、というドキュメンタリー。この映画の日本語字幕制作に尽力

[2023.9]第20回タンゴダンス世界選手権レポート その1 〜 オベリスコ下の厳寒野外ステージで、興奮の20周年決勝戦!!!

222レポート●本田健治  texto por Kenji Honda  オベリスコ下の厳寒の野外ステージで、興奮の20周年決勝戦!!!  (↑アルゼンチン最大クラリン紙の写真で見る世界選手権のページ)  真冬の野外での決勝はなんとかならないか…のお話から。    第20回を迎えたタンゴダンスアジア選手権。場所は、コロナ前までのルナパークではなくなって2年ほどになるが、コロナの影響といわれたが、どうもそれだけではないらしい。  ルナ・パークは、市が管轄するものではある

[2023.8]【連載タンゴ界隈そぞろ歩き ⑥】 「サッカーとタンゴ」の宿題〜「5番」の正体

文●吉村 俊司 Texto por Shunji Yoshimura 本連載の第一回「サッカーとタンゴ」にて取り上げた曲のひとつ “La número cinco” については宿題があった。 今回は、この曲の「5番」が何を指すのかについて掘り下げてみることとする。 曲についてのおさらい“La número cinco” は作詞レイナルド・ジソ、作曲オレステス・クファロのタンゴ。1951年にアルフレド・ゴビ楽団(歌:ホルヘ・マシエル)で録音されている。 終盤見事な実況ア

[2023.7]【連載タンゴ界隈そぞろ歩き ⑤】 タンゴとエレキギター その2

文●吉村 俊司 Texto por Shunji Yoshimura 前回に続いてタンゴとエレキギターの界隈を歩き回る。ただし、ちょっと予定が狂って前回予告した内容を全部カバーしてはいない。ピアソラのところに長居をしてしまったのだ。 オールマイティなギタリスト、カチョ・ティラオ1960年代にアストル・ピアソラが五重奏団を結成して以来、彼のアンサンブルの中でのエレキギターは他の楽器 (主にピアノ) とのユニゾンや三度のハーモニーで主旋律を弾いたり、ピアノの左手やコントラバス

[2023.6]【連載タンゴ界隈そぞろ歩き ④】 タンゴとエレキギター その1

文●吉村 俊司 Texto por Shunji Yoshimura 前回ギタロンに焦点を当てつつタンゴにおけるギターやギターアンサンブルの界隈を歩き回ってみたのに続き、今回はタンゴとエレキギターの界隈へと足を伸ばしてみたい。実はこの話は日本タンゴ・アカデミー機関誌「タンゲアンド・エン・ハポン」44号 (2018年9月) にも書いたことがあるのだが、改めて書き進めるとどうやら1回の記事では収まりきらない様相となってきた。そこで今回は、タンゴにエレキギターが導入された初期の頃

[2023.6]ダンス・フロアに流してきた、唯一の楽団タンゴ・バルド来日!

文●Yuko AMANO  2010年代から徐々に増え始めた、新しい世代のミュージシャンによる新興タンゴ楽団。なかでも2017年に「ロマンティカ・ミロンゲーラ」が一大旋風を巻き起こすと、それまで同時代の楽団など見向きもしなかったミロンガの民も、彼らの録音を熱狂的に受け入れ、積極的に踊り始めた。流行りものはとりあえずフロアにぶち込んどけばいいや、という発想で、全世界のタンゴのダンス・フロアには、ロマンティカを中心とした新興楽団の録音が鳴り響きはじめる。それは、まさしく熱病のご