[1997.11]アサド兄弟とフェルナンド・スアレス・パスのピアソラ音楽へ愛の独善的⁈大告白大会
文●高場将美
世界一のクラシック・ギター・デュオ、ブラジルのアサド兄弟は、アルゼンチン人のふつうの音楽家よりもピアソラを深く表現している。今回のインタビューは、ピアソラの最後のバイオリン奏者フェルナンド・スアレス・パスも参加して、ピアソラ音楽への独善的愛の告白大会です(「オルタナティブ・ピアソラ」のイベントの合間に収録)。
── あなたたちとピアソラの最初の接触は?
兄セルジオ(以下S) 彼の音楽はよく知っていたよ。 というのは、70年代の末から80年代にかけて、ブラジルでも有名だったんだ。
── 演奏ツアーもしていますね。
S 定期的に来ていると言ってもいいくらいだった。ぼくたちは彼の音楽がとても好きになって…… なんというかな、ある種の洗練があったね。天才的だと感じた。そこで、彼の曲の(ギター2重奏への)アレンジを始めたんだ。そして、1983年の9月だったか10月だったか、パリで、彼が開いた夕食会があった。そこに招待されたので、ぼくたちの演奏を聴いてもらった。彼はとっても喜んでね。ぼくたちにギター曲まで書いてくたというわけさ。
── 「タンゴ組曲」ですね。初めてピアソラの前で弾いたのは「来たるべきもの」?
S それから「トロイロ組曲」の「エスコラーソ(ばくち)」。
── なぜ「エスコラーソ」? あれはピアソラにしてはあんまり有名じゃない曲ですよね。
S そうなんだ。でもぼくは「トロイロ組曲」がすごく気に入って、レコードをかなりよく聴いたものだ。
弟オダイル(以下O) 毎日、毎日(笑)。
S ちょうど、ぼくたちはギター2台のための新しいレパートリーを求めていたところだったからね。人の演奏していない曲で、 ぼくたちが好きな音楽をね。ピアソラの場合は、ぼくがアレンジした。耳で採ったんだよ、レコードを何度も聴いて。
── えっ!あれはレコード・コピーのアレンジなの?クラシックの音楽家がそんなことするとは思いもよらなかった。ピアノ譜から起こしたんだと信じていましたよ。 エラいなぁ。ますます尊敬します。だって、ややこしいアレンジじゃないですか。
S 好きだったからね。苦労したけれど。
O 弾く方が、よっぽど苦労だ(笑)。
── 曲はともかく、「トロイロ組曲」はピアソラにしては、いいレコードとはいえない。
S どっちかというと、ヒドい演奏だ(笑)。イタリア録音でドラムスやエレキギターまで入ってるし。でもすごく好きになったんだよ。
── 「タンゴ組曲」のピアソラの楽譜ってどうだったの?どの音も書いてあったんですか?演奏者にまかせずに。
S 全部の音が書いてあったよ。
O あの男は書けるんだよ(笑)、ギターの楽誰もね。
── わたしは、あなたたちがアンコールで弾いた「来たるべきもの」を聴いたとき、ピアソラの書いた「タンゴ組曲」よりピアソラ的だと思った(笑)。
S 「タンゴ組曲」は、ギターの片方がソロ、片方が伴奏というように書かれているからね。ぼくたちのアレンジは、2つのギターを最大限に生かして、和声の深さを求めているから。
── よりオーケストラ的に聴こえるね。
S そういうわけ。
── わたしは、あなたたちの「トロイロ組曲」を初めてコンサートで聴いたとき、あれはまだピアソラが倒れていた時期ですが、泣いてしまったんです。
S あんたはピアソラが大好きなんだね。ぼくもだよ。
O おれも!(笑)。
── 感情的なこともあったでしょうが、それよりも解釈表現の見事さに感激しました。ピアソラの物真似をしていないから。
S バンドネオンをギターに移すのはたいへんだね。変えないと弾けない。でもぼくはいつも原作を尊重して、変えないように努力しているんだ。少なくとも曲の精神はね。
── あの演奏にはピアソラが乗り移っているようだった、表現の形態は違ってもね。あなたたちの顔までが、片方はピアソラに、片方はスアレス・パスかだれかに見えましたよ(笑)。そのコンサートでは、クラシック音楽も演奏しましたが、そうすると顔がヨーロッパの宮廷音楽家みたいだった(笑)。
S 自分ではわからないなぁ。でも、ある音楽を演奏するということは、その世界に自分をトランスポートすることでもあるね。
── その音楽を生きていることですね、時空を超えて。ところで、もうピアソラの音楽はやらないの?
S ギドン・クレーメルやヨーヨー・マとやったよ。ピアソラの専門家になっちゃった(笑)。ギター2重奏は、ピアソラの5重奏に比べたらずっと音が貧しいからね。「トロイロ組曲」はぼくの情熱だったからアレンジを仕上げたけれど……。今だれもかれもピアソラを演奏しているけれど、ピアソラの音楽はピアソラのやったように弾かないと意味がないと思う。
── そうですね。
S ぼくは「ブエノスアイレスの四季」のギター独奏アレンジを書いて、自分でも満足できる出来なんだ。これをオダイルが弾いて、それから「タンゴの歴史」を、フェルナンド・スアレス・パスとオダイルが弾いて、あと3人で「エスクアロ」なんかを録音するよ。 東京からすぐベルギーに行ってレコードをつくるんだ。
(ここでタイミング良く、スアレス・パスがバイオリンを持って登場)
── 「タンゴの歴史』をやるんだってね。あれは元来フルートとギターのための曲だけど。
スアレス・パス(以下P) 問題ないよ。バイオリンは音域が広いんだから。
S 初めての練習を聴いたら、もうすでに完璧だったよ。ピアソラになりきっていた。
── あの曲は、かなりよく演奏されていますが、今まで1枚もいいレコードがない(笑)。
3人 そうだ!(爆笑)みんな間違って弾いている。
P ピアソラがある時ある所で、彼の音楽を演奏しているのを聴いてね。音楽家たちのやる意志はあるんだけれど、アクセント付けもなにもかも違っていたんだ。彼はぼくに言ったよ。「お願いだから、私がいなくなったとき、私の音楽をやるんなら、私の好みを尊重して、なんにも変えないでくれ。それが私を愛してくれている証拠なんだから」
── 今度の録音の話はどこから?
P 兄弟の方から。
O 賢い兄弟だからな(笑)。
P 選んでくれてとても光栄だ。そしてぜひ知っていてもらいたいのは、ピアソラが「私の音楽を最高に表現しているギタリストはアサド兄弟だ」と言っていたことだね。
── 最高の顔合わせのピアソラのレコードができますね。楽しみにしています。
(この後は、どのレコードがいいとか、ふつうのファンの会話が延々とつづきました)
セルジオ&オダイル・アサド 『ピアソラ : タンゴ組曲』
(WEAジャパンWPCS-5083)
「タンゴ組曲」 のほか、ブローウェル、ジナタリ、ヒナステラ作品とセルジオ作の曲を演奏した85年録音盤
(月刊ラティーナ1997年11月号)
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