[2021.05]【追悼】ネルソン・サルジェント ⎯ その生涯と作品 ⎯
文●花田勝暁
ネルソン・サルジェント(Nelson Sargento|1924年7月25日 - 2021年5月27日)が5月27日に亡くなりました。新型コロナウィルス感染症のために、5月21日(金)より入院していました。96才でした。合掌。
ネルソン・サルジェントのバイオグラフィーとその代表的な作品について、信頼できる資料を参考に紹介します。
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ネルソン・サルジェントの本名はネルソン・マトス(Nelson Mattos)。作曲家、歌手、造形作家、文筆家、俳優としての顔がありました。「サルジェント」は愛称から来ていて「軍曹」の意味。
1940年代からサンバに関わりはじめ、特に、エスコーラ・ヂ・サンバの「Estação Primeira de Mangueira」に参加したことで、サンバの変容、カーニヴァルの発展、そしてブラジル音楽の歴史を語る上で、重要な人物となりました。「サンバの哲学者」という愛称で呼ばれるネルソン・サルジェントは、カルトーラの未完成曲を録音しています。
ネルソンの深い声はサンバの特徴であり、その歌の優雅さは、彼の表現のサインとなっていました。
その特徴的な嗄れ声は、限定的な歌声の伸びを、補っていました。歌手であり作曲家でもあった巨匠ネルソン・カヴァキーニョ(Nelson Cavaquinho)(1911-1986)を彷彿とさせ、サンバのボヘミアンな伝統を思い起こさせます。
ネルソン・サルジェントがサンバに触れたのはとても早い時期でした。ネルソンは、9才の頃から、サルゲイロの丘(Morro do Salgueiro)にあるエスコーラ・ヂ・サンバの「Azul e Branco」のパレードに参加しています。ネルソンは、サルゲイロの丘に母親と17人の兄弟と一緒に住んでいました。ネルソンが12才になった時、一家はマンゲイラの丘(Morro da Mangueira)に移り住みます。
ネルソン・サルジェントの母は、ポルトガル出身のファドの作曲家で壁画家のアルフレド・ロウレンソ(Alfredo Lourenço)と交流を持つようなりました。アルフレドは、アルフレド・ポルトゥゲース(Alfredo Português)とも呼ばれていました。ネルソンは、アルフレドに付いて今は無きウニドス・ダ・マンゲイラ(Unidos da Mangueira)のエンサイオ(リハーサル)に参加していました。
ネルソンは、ギターの弾き方を、カルトーラ(Cartola)や、ネルソン・カヴァキーニョ(Nelson Cavaquinho)、ジェラルド・ペレイラ(Geraldo Pereira)といったサンバのマエストロから習っています。
継父である作曲家カルロス・カシャッサ(Carlos Cachaça)との繋がりから、1942年からマンゲイラ(Estação Primeira da Mangueira)の作曲家チーム(ala de compositores)に参加します。
ネルソン・サルジェントは、アルフレド・ロウレンソとの共作で、マンゲイラのために2曲のサンバ・エンへードを作曲して、それらの曲はマンゲイラをカーニヴァル優勝に導きました。「Apologia ao Mestre」(1949年)と「Plano Salte – Saúde, Lavoura, Transporte e Educação」(1950年)です。
ネルソンとロウレンソとジャメラォン(Jamelão)が共作したサンバ「Cântico à Natureza(自然の賛歌)(As Quatro Estações do Ano)(1年の四季)」は、マンゲイラの歴史の中で最も美しいサンバのうちの1つと考えられています。自然の動きを、1年の季節の移り変わりや、エスコーラ・ヂ・サンバが大通りで行うカーニヴァルのパレードに関連づけた詞が美しいからです。
...
Brilha no céu
O astro rei com fulguração
Abrasando a terra
Anunciando o verão
きらめく星の王さまが
空に輝く
大地を焦がし
夏の到来を告げる
Outono
Estação singela e pura
E a pujança da natura
Dando frutos em profusão
秋
シンプルでピュアな季節
そして、自然の力強さが
たくさんの果実となる
Inverno
Chuva, geada e garoa
Molhando a terra
Preciosa e tão boa
冬
雨、霜、霧雨が
貴重で良質な
大地を濡らす
Desponta
A primavera triunfal
São as estações do ano Num desfile magistral
覚醒
勝利の春
美しいパレードの中に
一年の季節がある
...
「Cântico À Natureza(自然の賛歌)」作詞作曲: Alfredo Português / Jamelão / Nelson Sargento
ネルソン・サルジェントは、マンゲイラで徐々に出世しました。1958年には、作曲チームの代表に就任します。
2013年には、マンゲイラの名誉会長に就任しました。2019年と2020年のパレードでは、ストーリーの主役であるズンビ・ドス・パルマレス(Zumbi dos Palmares)や、イエス・キリストの父である大工のホセをそれぞれ演じてパレードするなど、重要な役割を果たしていました。
ここからは、マンゲイラ外での活動を紹介します。
1960年代には、カルトーラとその妻ドナ・ジカが経営していたレストラン、ジカルトーラ(Zicartola)のホーダ・ヂ・サンバ(サンバの輪)に頻繁に参加していました。
1965年に、パウリーニョ・ダ・ヴィオラ(Paulinho da Viola)、エルトン・メデイロス(Elton Medeiros)、ジャイール・ド・カヴァキーニョ(Jair do Cavaquinho)などのアーティストが参加し、エルミニオ・ベロ・ヂ・カルヴァーリョ(Hermínio Bello de Carvalho)がプロデュースしたショー「ホーザ・ヂ・オウロ(Rosa de Ouro)」に参加し、ネルソンは知名度を上げました。
この公演は、2枚のアルバムとして発表されました。また、先の3人(パウリーニョ、エルトン、ジャイール)に加え、歌手のアネスカルジーニョ・ド・サルゲイロ(Anescarzinho do Salgueiro)、ゼー・ケチ(Zé Keti )、ジョゼ・ダ・クルス(José da Cruz)と一緒に、「Voz do Morro」というグループを結成し、1965年から1966年にかけて3枚のアルバムを発表しました。
ネルソン・サルジェントの死去を受けて、パウリーニョ・ダ・ヴィオラが自身のInstagram でコメントを発表しました。
1979年には、初のソロアルバム『Sonho de um Sambista』をリリースしました。このアルバムには、彼の最も有名な曲の「Agoniza mas Não Morre(サンバは死なず)」が収録されています。
この曲は、サンバの名曲として知られ、サンバに対する偏見に対して抗議することが、曲のインスピレーションとなっていました。
歌詞の中で、ネルソンは、サンバがバーや街角、ファヴェーラで抑圧を受けていると歌っています。
“Agoniza, mas não morre / Alguém sempre te socorre / Antes do suspiro derradeiro”.(サンバは苦しんでも、死なない / いつも誰かが助けてくれる / 最後の一息の前に)
歌手のベッチ・カルバーリョ(Beth Carvalho )は、この曲を、サンバを愛する人たちのテーマ曲として扱い繰り返し歌い広めました。ベッチは、1978年にアルバム『De Pé no Chão』で、この曲を初めて収録しています。
「Falso Amor Sincero」もネルソンの残した名曲です。マルチーニョ・ダ・ヴィラ(Martinho da Vila)は、ネルソン・サルジェントの作品の中で一番好きな歌詞がこの曲の中にあると言っています。
“O nosso amor é tão bonito / Ela finge que me ama / E eu finjo que acredito”(私たちの愛はとても美しい / 彼女は私を愛しているふりをしている / そして私はそれを信じているふりをしている」)
音楽家としての活動と並行して、造形芸術や文学への造詣を深めていきました。壁画家でもあったロレンソとの交流に刺激を受けて、ネルソン・サルジェントは絵を描くようにもなりました。ジャーナリストで作曲家のセルジオ・カブラル(Sérgio Cabral )のアパートで絵を描いたことがきっかけで、1973年に絵画7点の展覧会を開催しました。この段階では、彼の絵画は抽象的でした。次第に、カリオカのファヴェーラの日常生活を描くようになり、その作品は芸術家のエイトール・ドス・プラゼーリス(Heitor dos Prazeres)と比較されるようになりました。2019年のRock in Rioのアート・スペース「Espaço Favela」では、ネルソン・サルジェントの14点の絵画が展示されました。
ネルソン・サルジェントとその作品
ネルソン・サルジェントは、詩集も出版しています。最初の詩集「Prisioneiros do Mundo(世界に囚われて)」(1994年)は、妻であり実業家でもあるイヴォネチ・ベリザリ(Evonete Belizári)の強い要望で出版されました。ネルソン・サルジェントの詩の多くは、実存的な考察や自然に関することがテーマになっています。作曲と詩の両方において、ネルソンのインスピレーションは、彼の街中での生活とボヘミアンな生活です。ネルソンにとって、作曲と詩の創作の違いは、歌では8節でストーリーが展開するのに対し、詩では筋が数文で展開することです。
ネルソン・サルジェントの長寿とその創造性の高さは、サンバの歴史におけるアイコンとなっていました。彼の残した曲の数々は、ジャンルの枠も超えて数多くの一流歌手に録音されてきました。彼の死後も、時を超えるクラシックとして、歌い継がれていくことでしょう。
(ラティーナ2021年5月)
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