[2022.5] 『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』 ⎯ サリンジャーに導かれて開く、新たな人生の1ページ。
『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』
サリンジャーに導かれて開く、
新たな人生の1ページ。
文●圷 滋夫(映画・音楽ライター)
20世紀のアメリカ文学を代表する作品の一つ「ライ麦畑でつかまえて」の作者J・D・サリンジャーは、“気難しい世捨て人”としても知られている。1951年に出版された「ライ麦畑」の成功後には、静かな生活を求めてライフラインもないような場所で暮らし、1965年の「ハプワース16,1924年」発表後に引退してからは、何十年も人前に現れなかったという。もし「ライ麦畑」を愛する者が、そんな謎に満ちた作者と実際に交流を持てたとすれば、それがどんな小さな出来事だったとしても、その人にとって人生の宝物になるのは容易に想像がつくだろう。
例えば映画監督のジェームズ・スティーヴン・サドウィズは、自らの長編デビュー作『ライ麦畑で出会ったら』(2015)の中で、誰とも馴染めなかった自分の高校時代に「ライ麦畑」を舞台化しようと台本を書き、許可をもらうためにサリンジャーに会いに行ったという実体験を描いている。その無垢で一途な主人公のちょっと気恥ずかしくてキラキラとまぶしい想いが、心に染みる青春映画だ。そして本作『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』は、作家ジョアンナ・ラコフがサリンジャーについての実体験を綴った自叙伝「サリンジャーと過ごした日々」を、フィリップ・ファラルドー監督が映画化したものだ。
1995年秋、作家を夢見るジョアンナはニューヨークで暮らす親友を数日間の予定で訪ねていたが、恋人カールが待つ西海岸には帰らずそのまま住み続けようと心に決める。そしてサリンジャーをはじめ錚々たる作家を顧客として抱える老舗の出版エージェンシーに就職し、会社を仕切るベテラン、マーガレットの助手として働くことになる。ジョアンナは新しい恋人ドンと一緒に暮らし始め、会社では毎日テープ起こしと電話番、そして未だに大量に届くサリンジャーへのファンレターに対応していた。ある日サリンジャー本人から過去に雑誌に発表しただけの作品を単行本にする話が持ち上がり、社内は急に色めき立つのだが……。
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