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[2022.9] 【連載シコ・ブアルキの作品との出会い㉝】希望が見え始めた時代 - 《Fantasia》

文と訳詞●中村 安志 texto e tradução por Yasushi Nakamura

 中村安志氏の好評連載「シコ・ブアルキの作品との出会い」と「アントニオ・カルロス・ジョビンの作品との出会い」とは、基本的に毎週交互に掲載しています。今回は、いつも共演もし、「感動」を与えてくれたMPB4とのステージに捧げられたシコ・ブアルキの名曲。
 外交官として長くブラジルに滞在した中村氏だから書けるエピソードです。お楽しみ下さい。

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編集部

 権力を批判する歌を多く書いたことで知られるシコ・ブアルキですが、彼が、厳しかった抑圧時代の辛さとその先に見え始めた希望を、権力との対抗を直接示さない形で表現した、「Fantasia(幻想)」という、少し角度の異なる作品があります。この歌は、1979年に上演された男性4人組コーラスのMPB-4エミ・ペー・ベー・クアトロのライブ・コンサート「いい天気、そうだよね」(Bons tempos, hein?!)のために制作されました。

「MPB4が歌うFantasia」

 ブラジルにおける70年代終盤は、表現の自由などに対する規制が徐々に緩和され、政治犯などとして逮捕されていた人の釈放など、緊張緩和の動きが一部始まっていた時期。シコの作風にも変化を感じさせる作品として登場した1曲が、これであったと思われます。

 テンポが徐々に加速する後半部分では、希望と喜びを「歌え、歌え」と皆に呼びかける歌詞を繰り返し、人々を明るい将来に向かわせるメッセージが感じられる一方で、粛々と歌われる前半においては、皆がいつも見かけ上は「ないそぶり」をしている痛み・苦しみについて、もし本当にそれが存在せず、感じることがなかったらどうであったろう、というふうに、あくまでこれがまだ幻想の世界であって、厳しい現実が依然として存在することを暗示する内容となっています。

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