[2022.9] チン・ベルナルデス (TIM BERNARDES) インタビュー ⎯⎯ チン・ベルナルデスのコントラスト(後) ⎯⎯
チン・ベルナルデスのコントラスト
(Os contrastes de Tim Bernardes)
サンパウロ出身のシンガーソングライターは、
2枚目のソロアルバム『Mil coisas invisíveis』で
MPB新世代を代表するアーティストとしての
地位を確立した。
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文:ヂエゴ・ムニス(Diego Muniz|サンパウロ在住、ブラジル人音楽ジャーナリスト)
グループ「オ・テルノ(O Terno)」でデビューして以来、注目を集めてきたチン・ベルナルデスは、2017年に初のソロ・アルバム「Recomeçar」を発表し、ブラジルを代表するソングライターとしての地位を確立した。インディーシーンとMPB(ブラジリアン・ポピュラー・ミュージック)の間を頻繁に、そして自然に行き来するこのアーティストは、すでにガル・コスタ(Gal Costa)やマリア・ベターニア(Maria Bethânia)といった著名な歌手に自作が録音され、エラズモ・カルロス(Erasmo Carlos)と共作も行った。
今年、チン・ベルナルデスは、待望のソロとしての第2作目『Mil Coisas Invisíveis(無数の見えないもの)』を、ブラジルではコアラ・レコーズ(Coala Records)からリリース。同作はまた、ブラジル国外では、Psychic Hotlineによって、配給されている。日本では、9月28日にUnimusicから国内盤がリリースされる。すべての作曲の作詞作曲を手がけた他、チン・ベルナルデスはアレンジ、プロデュース、全ての楽器の演奏も自身で行った。
ラティーナへの独占インタビューで、チン・ベルナルデスは、セカンド・アルバムの発売のためにどのように準備したか、大人としての生活がどのようの彼の作曲を変えたか、そして、ファッションがチンの芸術が表現するものとどのような関係があるかを、語った。本稿は後編。
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── 本作の歌詞が、自分の大人としての生活のことを語っていると、いつ気づきましたか?
チン・ベルナルデス 2020年に、曲をまとめている時に、気づきました。これらの曲は多少そのことについて扱っていましたが、パンデミックが更に、その傾向を強化しました。こういう曲調の音楽は数年前から作っていたんですが、まだ気にしていなかったんです。このアルバムには、シンプルなラブソングや、ちょっと長めの曲が収録されていますが、このアルバムは他のアルバムよりも、存在に気づくことや存在そのものについての瞑想的な何かがあると思います。
── あなたは途中で作曲を放棄することがありますか? すでに出来上がっている曲がたくさんあるんですか?
チン・ベルナルデス 曲を作って、普段は手元においています。曲を作り続けるのはそれが楽しいからなのですが、普段はあまり、完成して余っている曲というのはありません。手元にあるのは、歌詞のついていない曲です。作って気に入って、いつか歌詞をつけることができないかと思い、保管しているものです。時には、一度少し書いたものが、長い時間をかけて歌に変わっていくこともあります。私は急ぐのが好きではないので、各アルバムの間に短くとも2年間を空け、この時間を活用して作曲しています。
── 曲をスタジオで色々変更することもありますか?
チン・ベルナルデス 自分が作った曲が気に入って、その曲で言いたいことが分かっていても、でも何か足りないというときがあります。出来上がったと思ってスタジオに持っていっても、足りないと思っていた数小節を加えることがあります。「A Balada de Tim Bernardes」は26歳の時に原形が出来上がりましたが、色々なものが書きたせるように、常にオープンな状態になっていました。
── 作曲やほとんどの楽器(ピアノ、ギター、ベース、ドラム、パーカッション)の演奏の他に、あなたは弦楽器と管楽器も編曲しています。バンドに所属するあなたにとって、この、より個人的なプロセスは、あなたにとってどういう意味がありますか?
チン・ベルナルデス 私は、アレンジを全部自分で書いて、楽器も弾きたくなる傾向があります。「オ・テルノ」では、なんでもかんでも自分で行うのを控える必要があります。曲を書いたときに、すでにドラムのパターンについて考えていて、ベースを録音して、他のバンド・メンバーに送ることがあります。そうすると、彼らは親切で「ぼくらは君が録音したものを練習して、その通りに弾くよ」と言ってくれることもあります。だから、控える必要があります。
私はアレンジを考えるのも好きだし、ベースやドラムを叩くのも好きなので、ソロプロジェクトのときはそれを少し発散できる瞬間です。私の頭の中に、ディテールや約束事があり、自分でも演奏できるような音楽を作っているのです。ドラムやベースなど、自分が専門的には演奏しない楽器で超絶技巧を要求されるようなものではありませんが、自分で自分のアイデアを形にするのには十分です。
── では、ソロアルバムというのは、自分のアイデアをすべて詰め込んだものなんですね。
チン・ベルナルデス 作曲行為の延長のようなものですね。
同時に一緒に演奏することで、何か感じるものもあって、それが「オ・テルノ」の特別なところだと思います。私たちはよく一緒に即興演奏をします。一人で録音する時は、メトロノームを使った録音が好きではないので、少し難しい時もあります。メトロノームは音楽を妨害すると思うので、メトロノームなしで他のものに合わせて録音するのですが、それはそれで複雑です。友人を呼んで一緒にベースを弾いてもらうようなことも何度かありました。時には、誰かと一緒に演奏することも大切です。
── 今作で、よりミニマルなアレンジと、壮大なアレンジのバランスを取るのはどうしたのでしょうか?
チン・ベルナルデス それについては意識しました。すでにやったことに重きを置かないように、前作よりもオーケストレーションの少ないアルバムにしたかったので。でも、オーケストレーションの探求もやめたくなかった。だから、曲によっては大掛かりな編曲をして、それ以外は、より空っぽの空間を作り、シンガーソングライターの声とギターが優位になるように気をつけました。
このアルバムは、ナイロンギターが少し多めで、MPB的なものがあって、ピアノが少なめなアルバムです。もっとメランコリックだった前作に比べて、少し晴れやかなアルバムの雰囲気に、それはマッチしていると思います。だから、バランスを取りながら、ある曲のアレンジが大きすぎると思ったら、別の曲のアレンジをもう少しすっきりさせるということをやっていたんです。フィルタリングの仕事です。自分の思うようなバランスになるように、いろいろなものを取り除き続けました。
── そのバランスは、より親しみやすく、よりポピュラーなサウンドにするという感覚と関係があるのでしょうか。
チン・ベルナルデス 必ずしもそうではありません。なぜなら、私は、大きなアレンジを行うときでも、音楽のインパクトを直接人の心に印象づけようとする感覚があるからです。音楽を、故意に親しみやすくしたいというのは、あまりないんです。そのことを、クレイジーでシネマティックなアレンジでありながらも、多くの人が聴いてくれた前作『Recomeçar』で、自己確信しました。
── 客観的に見て、自分の作品が60年代や70年代の音楽の影響が作品に反映されていると気付きますか?
チン・ベルナルデス もう自分のD.N.A.に入り込んでいて、今は全部混ざっているような気がします。オ・テルノの初期の頃はもっと、はっきりしていました。今は、ミキサーに攪拌されて多少均質な状態になりました。私は常にバランスを求めていますが、60年代や70年代の音楽は何かに関連したサウンドをしています。おそらく、私が60年代や70年代の感じにしたくても、何かが補完されているでしょう。歌詞がすごく現代的だったり、録音のアプローチが違ったり。私は、レトロな響きを持つものだけでは絶対に嫌なんです。時々、何か古いもののように聞こえる曲があるかもしれませんが、それは千年来の葛藤について扱っているからでしょう。
── 「Beleza Eterna」には、ゼー・イバーハ(Zé Ibarra)とドーラ・モレレンバウム(Dora Morelenbaum)がコーラスで参加しています。彼らが参加することになった経緯は?
チン・ベルナルデス この曲では、これまでとは違うアレンジを模索しました。張りあげた声のないユニゾンによる、より空っぽなコーラスが欲しかったんです。それに、2人の声はとても珍しい声だと思っていて、ずっと2人に何か歌って欲しいと思っていたんです。彼らのような歌い方をする人が、音楽の歴史上で、いつでもいるわけではありません。こういう歌手が10年〜20年現れないこともありえます。2人とも、とても透明感のある声で、この曲にとてもよく合っていました。アルバムに、他の人にも参加して欲しかったんですが、パンデミックもあり、難しかったです。
── アルバムの宣伝画像や動画も印象的で、また1stアルバムとも違う印象を持ちます。どのような提案をしましたか? またアーティストとして、ファッションからどのような影響を受けていますか?
チン・ベルナルデス 私の作品は、すべての総和です。写真は私の作品の1部であり、クリップは緑色を基調にしていて、この色は、楽曲の雰囲気と少し関係していると感じています。一種の神秘的なものを感じました。そうやって、服装や、場所を想像していきました。場所は、都会でも田舎でもない場所を。全ては考え抜いて行っています。
自分のために音楽を作り、それと同じ雰囲気を表せるような1つのものになるように繊細に探していきます。写真やクリップはデジタルではなくアナルグで製作していますが、それは、私がいくつかの楽曲をカセットテープに録音したことにも関係しています。
── あなたの服は音楽的に表現したいものを表現しているんですか?
チン・ベルナルデス はい、そうですね。私の美意識は、音楽にも映像にも現れています。感じるもの全ては関係があります。よりクラシックなもの、コンテンポラリーなもの、それが私の音楽の中に存在し、服を通して私の映像の中にもそれらが存在しています。60年代の美学を求める以上に、私が音楽をどう見ているかが現れています。それは、ある種クレイジーな音楽でありながらも親しみやすい音楽という見方です。
── 私たちが今、生きて様々なことを経験しているこの瞬間において、あなたはこのアルバムをどう定義しますか?
チン・ベルナルデス 「呼吸」です、つまり物事の狂気的なスピードに対して、瞑想の時間を持つことです。「手紙」、例えば、「Beleza eterna」は、私の日常や未来に対する手紙のイメージだと捉えています。
今、ここでは物事がうまくいっていませんが、人生はとても奇跡的です。そして、私たちは一日のどの瞬間にも、そのことを思い出すことができます。でも、時には、思い出せないまま何年も経ってしまうこともあります。パンデミックで、自分が音楽を作らなくなった時期に、作らなくなったら自分は消えてしまうだろうという絶望を感じていることに気づきました。こういう風に、パンデミックは私に襲いかかってきました。でも、人生はもっと大きなものだということを思い出しました。私たちは生きることと、こういうふうに触れているんだと思います。このアルバムは、魂の奥底にあるものに触れようとしている、そんな感じがします。
そういう意味で、デトックスの薬を吸い込むこと、つまり、私たちがバランスをとりたい瞬間に、気分を安定させてくれる何かを吸い込むことに、このアルバムは関係していると言えるかもしれません。(終)
(翻訳:花田勝暁)
(ラティーナ2022年9月)
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