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[2022.6]【沖縄・奄美の島々を彩る歌と踊り23】 奄美に伝わる世界創成の叙事歌謡 −沖永良部島の「島建シンゴ」−

文:久万田くまだすすむ(沖縄県立芸術大学・教授)

 沖縄の北方に位置する奄美諸島の南から二番目の沖永良部島には、「島建しまだてシンゴ」という特異な歌謡が伝承されてきた。これは沖永良部島の南西端、知名町屋子母やこも集落のユタ(奄美沖縄の民間巫者)の家系である高田家に代々伝承されてきた長編歌謡である。それを島在住の民俗研究者先田さきた光演みつのぶ氏が、1960年代半ばに高田カネ氏から聞き取り、学会に報告したことで奄美・沖縄文化研究の世界に大きな衝撃を与えた。この成果は『沖永良部島のユタ』(海風社 1989年)として一書にまとめられている。

「島建シンゴ」が伝承されてきた沖永良部島 撮影:久万田晋

 この歌謡の内容は、奄美諸島北部・喜界島の民俗研究家岩倉いわくら市郎いちろう氏がかつて『おきえらぶ昔話』の中で「島建国建」として収録したものと同じであるが、先田光演氏の調査によって、400節を超える長大な「島建シンゴ」の全容が明らかとなったのである。この壮大な世界創成の物語は、日本古代の古事記・日本書紀中に記されているイザナギ・イザナミによる国産み神話にも匹敵すると評価され、発見以来奄美・沖縄の歌謡・文学・神話の研究者にとどまらず、日本古代文学の研究者たちにも注目され、いまでは琉球文学・歌謡中の至宝と位置付けられている。

 ここで「島建シンゴ」のあらすじを紹介してみよう。石の王と金の君との間に生まれた男の子は、両親に名前をもらえなかったため、天に昇って太陽の神に名前をつけてもらい、島クブタ国クブタとなった。また太陽の神の教えに従い住処とする島々を貰いに海の彼方のニルヤ島に行く。ニルヤの大主(スントゥヌ)も島クブタ国クブタ(以下、島クブタと略記)と名付け、島々国々を大潮八潮に命じて作ってくれた。しかしこの島は波間に漂う浮島であったため、島固めに島釘国釘として北の端に白石3個、南の端に黒石3個を載せた。これで島は固まったが、北から南から波が打ち越えてきた。潮垣として石垣を積み、浜葛やアダンなどを植えて、やっと島々が整った。次に島クブタは畠を作り、泉川を掘り、村々を建てた。島々には嶽アムトを造り、鎮守の森とした。さらに蜜柑や花、ガジマルや蘇鉄など様々な植物を挿し植えて島垣を作った。

 これらの準備が終わると、島クブタは人種を貰いに、また天の宮に昇って行った。太陽の神は、兄と妹を造ってこの2人から人種(人間)を広めよと教えた。島クブタは兄妹を造り3年の歳月が経ったが、一向に人種は広まらない。太陽の神が、兄を風上に置き妹を風下に置き、夜の追風で交合させよと教えた。その通りにするとやっと人種(人間)が生まれてきた。

 人間が誕生すると今度は食べ物が必要となった。太陽の神は、九、十月の新祭穂祭が済み次第 稲の吹出穂花を思うがままに採るがよいと仰せになった。ところがいつの間にか鼠が穂花を盗み取ってしまった。島クブタは太陽の神の怒りに触れてクシントーバルに打ち落とされてしまった。目腫れ口腫れて瀕死の島クブタを孔雀と鶴が捜し当て、生水をかけ鞭で叩くと、島クブタが「朝寝、昼寝をしていた」と生き返った。島クブタは改めて新祭穂祭の済んだ稲種をもらい受けて島に降りてきた。この稲種を霜月に大田に油を入れて蒔き込めば、二、三月の頃には繁々と育ち、それを田に植え付けると七月の盆の頃には稲の豊作となった。この初穂は天のノロや火の神に奉り、その残り穂を食べて人間は生きていけるようになった。

 以上、400節超に及ぶ「島建シンゴ」のあらすじをざっと紹介した。この物語の主役である島クブタは石の王と金の君との間に生まれる。このあたりは仙石から生まれた孫悟空との類縁性を連想させる。これは地球の始原的状態としての鉱物質・金属質的世界を暗示しているのであろうか。また島クブタの「島クブタ国クブタ」という名称は二体を表すのではなく一体の神的存在を表している。これは南島歌謡に頻繁に見られる対句的表現であり、この歌謡中に登場する海上他界のニルヤ・ハナヤ(沖縄一般ではニライ・カナイ)、沖縄の始祖神アマミチュー・シルミチュー(奄美ではアマミキョ・シネリキョ)や、テルコ神・ナルコ神などにも同様に見られる表現である。そしてこの島クブタは神の助力を得ながら島々や嶽々、さらに人間までも創成してゆく。島々の創成過程については、たんに沖永良部島だけではなく日本本土から奄美諸島の島々、沖縄本島と周辺離島、さらには宮古・八重山から唐の島(中国大陸?)まで広がって描かれている。まさに沖永良部島を中心としながらも、琉球から日本、東アジアにまで及ぶ壮大な世界観が提示されている。また兄妹を風上・風下に置き交合させて人種(人間)を増やすところなどは、記紀・日本神話のイザナギとイザナミによる国産み神話との類似性も想起させる。

 島クブタは生み出した人間の食物のために稲の穂花を得ようとして神の怒りに触れ、いちどは殺されてしまう。このあたりは古事記において兄神たちにいじめ殺された後に再生する大国主命ともイメージが重なってくる。また、島クブタの再生に孔雀と鶴が関わるのも興味深い。沖縄の稲作生産叙事歌謡《天親田あまうぇーだ》に関連して、創世神アマミツによる稲作の事始めに鶴が関与する伝承がある。島クブタが稲種をもらい受けた後の稲の生育過程の描写も、前に紹介した稲作生産叙事歌謡と密接に関わると思われる(連載第18回「沖縄の島々に伝わる稲作生産叙事歌謡」を参照していただきたい)。

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