【追悼】[2014.07]数々の出会いの“マジック”が生んだ セルメン会心の新作 『マジック』
文⚫︎花田勝暁
── あなたの音楽は世界中で聴かれ続けていて、ブラジルの音楽大使というような役割をしてきました。今、ブラジルが世界中から注目されていますが、現状をどのように感じていますか?
セルジオ・メンデス(以下S) とてもいいことだと感じている。私はブラジル人で、ブラジル人であることを誇りに思っている。ワールドカップの開催で、「ワン・ネーション」の歌詞のように、沢山の国がブラジルで1つになるだろう。祝祭になるだろう。偶然だけれども、この年に自分の新しいアルバムが発売できて、本当に嬉しい。
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50年以上第一線でその歩みを止めることなく新境地を切り開き、影響を与え続けるレジェンド、セルジオ・メンデス。ブラジル音楽シーンというより音楽界のレジェンドであるセルジオ・メンデスが、ブラジルでワールド・カップが開催されるこのタイミングで、ニューアルバム『マジック』を完成させた。2006年『タイムレス』、2008年『エンカント』、2011年『ボン・テンポ』という近年の一連の作品に連なる多彩なコラボレーションに注目したい作品だが、今作はコラボレーションで過去の自身のヒット曲を現代の音楽に昇華するのではなく、コラボレーションでゼロから新しい曲を作っていくという点に拘り抜いている。セルジオ・メンデスの本作への注力ぶりが窺い知れる。プロデュースは、セルジオ・メンデス自身。
本作でコラボレーションしたのは米国勢ではジョン・レジェンドやウィル・アイ・アム(ブラック・アイド・ピーズ)、ブラジル勢ではセウ・ジョルジ、ミルトン・ナシメント、アナ・カロリーナ、マリア・ガドゥ等。 年の『ブラジレイロ』以来の強力なパートナーであるカルリーニョス・ブラウンや、セルジオ・メンデスの妻のグラシーニャ・レポラーセ等も勿論参加している。
5月のビルボードライブでの来日公演のために来日したセルジオ・メンデスに、都内でニューアルバムについてインタビューを行った。何しろアルバムが完成したばかりの時期だったので、セルジオ・メンデス本人に、アルバムについて教えてもらったと言った方が適切な時間であった。
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── 新作はいつから準備を始めたのですか?
S 去年の8月から録音を始めた。バイーアで録音を始めて、その後リオデジャネイロに行って、それからロサンゼルスに戻った(※ロサンゼルス在住)。先週終わったばかりだ。
── アルバム・タイトル『マジック』はどういう風に決めたのですか?
S セウ・ジョルジやマリア・ガドゥらまだ一緒に仕事をしたことがない音楽家と仕事をした。それは私の夢であったし、まるでマジックが起きているようだった。この作品の全てのプロセスが私にとって、出会いのマジックだった。音楽的出会いのマジックだった。「出会いのマジック(Mágica
do encontro)」って、日本語でどう言うんだ?ちょっと書いてくれないか?(笑)
── (…筆者書く…)あなたのアルバムのタイトルはいつもとてもシンプルです。それはいつも意識的にそうしているのですか?
S 私は、作品を表すタイトルを見つけるのは、とても難しいことだと思う。もし一言で表せるなら、言葉多くに語るよりもいいと私は思っている。
今回この言葉に出会うまで、沢山考えたんだ。人生はマジックに溢れているし、ぼくにとっては音楽において特にそうだ。
── このアルバムには、最近のあなたのアルバムと違って目立った再録曲がありません。多くのあなたのペンによる新曲です。今回このような内容になったのはどうしてですか?
S このアルバムでは、私の他のアルバムよりも私自身が新しく曲を書いた。他のアルバムでは私は今回と比較したらより「曲を解釈する」立場だが、このアルバムでは私は作曲し、プロデュースし、アレンジする立場だった。
アルバムの中で、唯一世に知られている曲「ソウ・エウ」は、私の音楽の先生だった人物の曲だ。17歳の頃、私はこの曲の作者のモアシル・サントスから音楽を学んでいる。この曲は、彼から直接学んだ。私は先生が大好きだった。素晴らしい先生だった。それは私にとっては「マジック」だったんだ。
私はこの曲が大好きで、セウ・ジョルジという若い歌手が歌っている。メロディーと彼の声のマッチングは完璧だ。それも私にとっては「マジック」だった。古い曲だけど、この曲を一度も録音したことはなかった。
●セルジオ・メンデス本人のコメントによる全曲解説
①ワン・ネーション
── 1曲目はワールドカップのための曲ですね。
S そうだ、ワールドカップのための曲だ。アルバムの制作を始めてすぐ、私の共作者であるカルリーニョス・ブラウンとワールドカップのために曲を作ろうという話をして、歌詞と曲を一緒に作った。とても象徴的にワールドカップの精神を表していると思う。私とカルリーニョスという 人のブラジル人の眼から見たワールド・カップだ。サッカーのリズムがあり、サッカーの陽気さ......この曲にはサッカーが詰まっている。私はワールドカップのために何か作ったことは無かった。これが初めてだ。日本でも沢山この曲が流れてくれたらと期待している。
②マイ・マイ・マイ・マイ・ラヴ
S この曲は昨年の末に作った。私はこの曲をミカ・ムチと一緒に作曲した。「マジック」が生まれるのではないかと期待して、曲をウィル・アイ・アムに送った。歌詞を彼が書いてくれて、その後、彼から「もっと深くこの曲に関わっていいか」と言ってくれた。それで、ヒップホップの部分は彼が作った。ビートメイクもラップも彼が作った部分だ。歌っているのは、ウィルが今、育てている14歳の若い歌手のコーディ・ワイズだ。私はウィルと一緒に仕事をするのが好きだ。彼はとても音楽的で、インテリで、クリエイティブで、いつも新しいことに積極的だ。「マシュケナダ」以来、彼とまた仕事をすることができとても光栄だよ。しかも今回は曲作りの段階から一緒にやっている。
③ドント・セイ・グッバイ
S この曲は私が作って、その時はスティービー・ワンダーを頭に描いていたんだけれど、この曲を聴いて妻のグラシーニャが「ジョン・レジェンドに合うんじゃないか」と言った。ジョン・レジェンドに曲を添付してメールをしたら、すぐ5分後に「気に入ったよ」って返事があった。「歌いたいし、歌詞も書きたい」って。
彼はニューヨークに住んでいるんだけど、録音のために私の住むロサンゼルスに来た。スタジオに着いて「1時間半待って」と言って、コンピュータを取り出して、1時間半で書き上げた。それからヴォーカルを録音した。これもまた「マジック」のようだった。私は彼のファンだったので、一緒に仕事ができてすごく嬉しかった。一緒に曲を作って、彼が歌ってくれた。
── 以前は「プリーズ・ベイビー・ドント」で共演していますね。
S 彼と共演するのはそれ以来で今回で2度目だけれど、前回は彼の曲を一緒にやった。今回は一緒に曲から作ることができた。
私はジョン・レジェンドを形容するのに相応しい日本語を知っているんだよ。「シブイ」。私は日本語を少し知っているんだよ。彼の全てが「シブイ」。スタイルも、歌い方もね。彼はとても特別だ。
④ソウ・エウ
S 先ほども少し話したけれど、私はモアシル・サントスから音楽を習っていた。調性やピアノの授業だった。彼がこの曲を聴かせてくれて、彼からこの曲を習った。それ以来ずっと、この曲を美しい曲だと思っていた。このアルバムを作っている時、私の先生にオマージュを捧げたいと思い取り上げたいと思った。セウ・ジョルジも今ロサンゼルスに住んでいるんだけれど、彼に会って話したら彼もこの曲を気にいった。セウ・ジョルジのことは、今のブラジルの男性歌手の中で一番優れていると思っている。モアシールに、私に、セウ・ジョルジという3人が出会った。
⑤ホエン・アイ・フェル・イン・ラヴ
S この曲を私のために弾いてくれたのはトニーニョ・オルタだった。その時はポルトガル語詞で、私はハーモニーもメロディーもとても美しいと思った。彼に英語の歌詞を付けてもいいかと訊いたら、彼は快諾してくれた。英語詞を付けたいと思ったのは、より多くの人、世界中の人が理解できるからだ。アレンジをして、ロサンゼルスに住んでいるシンガーソングライターのブレンダ・ラッセルに聴いてもらい、彼女も気に入ってくれて英語詞を頼んだ。歌っているのは妻のグラシーニャだが、彼女も曲を気に入って歌うことになった。
⑥メウ・リオ
S この曲を一緒に作曲し、歌っているマリア・ガドゥはブラジルの若い女性歌手・シンガーソングライターで、今27歳で、ブラジル国内でとても人気がある。私は彼女の声がとても好きで、彼女をスタジオに呼んだ。一緒に4〜5時間かけてこの曲を完成させた。彼女も曲を持って帰り、この曲に歌詞を載せた。今ブラジルで起こっている「デモ」について歌っている。少しプロテスト・ソングの意味合いもある曲だ。
⑦マジック
S スコット・マヨと一緒に作った曲だ。彼は私のバンドでサックスを演奏している。ある種のボサノヴァの雰囲気のあるインストゥルメンタルの曲だ。2014年のボサノヴァだね。〝ボサ・ノヴァ〟ノヴァだ(「ノヴァ」は「新しい」という意味)。
⑧サンバ・ヂ・ホーダ
S この曲の共作者のミカ・ムチは、バイーア出身の作曲家で、歌っているアイラ・メネゼスは彼の妻だ。私は「サンバ・ヂ・ホーダ」というバイーアの伝統的なサンバをやりたかった。リオのサンバと違う。ミカはアイラと私と一緒にこの曲を作って、録音ではアイラとグラシーニャが一緒に歌っている。少し、ブラジル66のサウンドを思い起こさせる仕上がりになった。「ブラジル2014」とも言えるかな(笑)
アイラとグラシーニャの声の質のコンビネーションはとてもいい。この曲は、ある種の「セルジオ・メンデスのサウンド」をとてもよく表していると思う。
⑨アトランティカ
S この曲は、ブラジルの偉大な作曲家のギンガの曲だ。ギタリストで作曲家、私の 古い友人でもある。私は彼の曲がとても好きだ。今、私が一番好きな同時代の作曲家はギンガとトニーニョ・オルタだ。
私はとてもシンプルなアレンジで録音したかった。この曲を聴いて、アナ・カロリーナというとても美しい声を持った女性歌手のことが思い浮かんだ。ブラジルで今一番人気のある女性歌手・シンガーソングライターの1人だ。
⑩オーリャ・ア・フーア
S この曲はミルトン・ナシメントが参加している。皆知っているよね。私と同世代で、長年の友人だ。彼に「君の新しい曲を録音したい」とお願いした。そうしたら、私のためのこの曲を書いてくれた。歌ってくれたのも彼だ。ミナスの音楽の精神が詰まっている曲で、私も大好きな曲だ。バイーアでも、リオでもなくてミナスだ。
⑪ヒドゥン・ウォーターズ
S この曲は私が曲を書いた。私が生まれたのはリオの対岸にある街でニテロイという街だけれど、「ニテロイ」の意味を調べてみたら、インディオの言葉で「隠れた水」という意味だった。そのことが気に入って、曲にした。歌詞を英語で書いたのは、私のバンドの歌手のケイティー・ハンプトンだ。
⑫シンボーラ
S この曲は、私とカルリーニョスで作った。「シンボーラ」は「行こう」という意味だ。とてもダンサンブルな曲で、とてもバイーアの、カルリーニョスの雰囲気が出ている。そんな曲だ。
映画音楽のジョン・パウエルが「ワン・ネーション」とこの曲に参加している。彼とは『ブルー 初めての空へ(原題:Rio)』『Rio 2』の映画音楽で共演している。彼は特にアレンジの面で、「ワン・ネーション」とこの曲の2曲に関わった。
以上が、セルジオ・メンデス自身の言葉による各曲へのコメントだ。彼の各曲への思い入れの深さが窺い知れる。現在73歳、セルジオ・メンデスが2014年に完成させた新作『マジック』は、曲毎に数々の「出会いのマジック」のストーリーに溢れたセルジオ・メンデス会心の一作となった。彼の歴史に彩り溢れた新しい一ページを刻む。
(月刊ラティーナ2014年7月号掲載)
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