[2024.12]【映画評】I LOVE❤️MOVIES ! 『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』『キノ・ライカ 小さな町の映画館』
I LOVE❤️MOVIES !
『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』
『キノ・ライカ 小さな町の映画館』
文●圷 滋夫(映画・音楽ライター)
今年も残すところ後わずか。今年最後のこのコラムは、映画愛に溢れた2本を紹介しよう。
『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』はカナダ人監督/脚本家のチャンドラー・レヴァックによる自伝的(ではあるが主人公の性別を変えて描いた)長編デビュー作で、2003年カナダの田舎町で映画オタクの男子高校生が奮闘する可笑しくも切ない青春ドラマだ。17歳のローレンスは映画に詳しく変に自分に自信がある割りには社交性に欠け、生きづらさを抱えながら冴えない高校生活を送っている。友達は毎週一緒にサタデー・ナイト・ライブを見ながらバカをやり合うマットだけだが、それでもニューヨーク大学で映画を学ぶという夢があり、学費稼ぎのためにレンタルDVD店でバイトを始める。しかしそこで自分の甘さと人生の厳しさ、そして人との交流の温かさを知ることになり…。
タイトル通り劇中にはトッド・ソロンズやキューブリック、クローネンバーグ、ポール・トーマス・アンダーソン、ロミー・シュナイダーにアダム・サンドラー、さらにマニアックな編集者の名前や作品名が散りばめられているが、その絶妙なチョイスにいちいちニヤリとさせられてしまう。何より冒頭から意表を突くようにローレンスとマットが撮った作品が映されるが、それはディケンズ「クリスマス・キャロル」のオマージュということで、映画至上主義で人を見下したようなローレンスは守銭奴で他人を意に介さないスクルージに似ており、その後のかなりホロ苦い青春の軌跡を象徴するかのようだ。
オタクも社会性が備われば立派な専門家だが、ローレンスが放つ青春期特有の青臭さと痛さには、観ているこちらの心はヒリヒリするばかり。同時に大人というだけで立派な人間になる訳ではなく、いつになっても解消されない複雑な人生の世知辛さが、ローレンスの母やローレンスが心を通わすレンタル店店長の過去や生き様によって示される。しかしそんな姿に直面することによって、ローレンスは人の弱さや痛みを知り、少しずつ成長してゆく。またレンタル店の “店員おすすめコーナー” や卒業パーティー用の “思い出アルバムムービー” も含め、全編に映画愛が溢れていながら、映画 “業界” に対しては重い一石を投じているのも、一筋縄では行かない本作の奥深さだろう。そして独りよがりで人のアドバイスに耳を貸さなかったローレンスが、最後に見せた言動は未来への希望を感じさせ、誰もが胸を熱くするに違いない。
北欧フィンランドの自然豊かな小さな町、カルッキラ。『キノ・ライカ 小さな町の映画館』は、深い森と湖に囲まれながら鋳物工場しかないこの鉄鋼の町で、閉鎖された工場を2021年にリノヴェーションして作った初めての映画館キノ・ライカが完成するまでを追っている。キノ・ライカは、バーや川沿いのテラスを併設してコンサートや展覧会も開催し、今では地域に根ざす文化の中心的な役割を担っているという。監督は世界中で作品が展示されているクロアチアの美術家/映画監督のヴェリコ・ヴィダクで、彼の初のドキュメンタリー作品だ。
まず本作には、他の作品にはない大きな特徴がある。それはこの映画館の共同経営者があのアキ・カウリスマキ監督で、カルッキラは彼の地元であり、多くの作品のロケ地にもなっているということだ。そのためこの町にはカウリスマキ作品に登場するバーやパブ、キャデラックもあれば、出演経験のある住民たちや多くの作品に関わったスタッフがいたりもする。そして本作は映画館が少しずつ形を成してゆくのを描くのと並行して、彼らがカウリスマキの様々な作品について語る姿を映し出す。それはまるでDVDの特典メイキング映像を見ているかのようで、「あの作品のあの場面は、そういう事だったのか!」という新たな発見が沢山あって楽しくなってくる。
カウリスマキ自身も映画館のコンセプトやデザインを考え、現場責任者として毎日顔を出して指揮をし、仲間たちと一緒に様々な作業をしている。そのため出来上がってくる看板やインテリア、バーカウンターなどは、彼の作品の中で見覚えがあるようなものばかりで、カウリスマキ・ファンにとっては堪らないものがあり、まるで彼の新作を観ている気分にさせてくれる空気感が本作にはある。そしてカウリスマキの盟友であり、お互いに影響し合っているジム・ジャームッシュ監督が登場するのも見所の一つで、その語る内容もとても微笑ましく興味深い。
もちろんカウリスマキ作品のファンでなくとも、神秘的な自然に囲まれ誰もが自由な空気の中で自分のしたいことを極めているこの町で、芸術家から職人まで個性豊かな人々が映画や映画館について語る姿は、本作の中の「何かに夢中な人たちの存在が、周りまで幸せにする」という証言そのままに、観ている我々の心を満たしてくれる。昨今の映画館は設備も整い、インターネットによる予約/決済が出来て便利になったが、そんなシネコンではもう感じられなくなってしまった“何か”がキノ・ライカにはあるようだ。キノ・ライカ、そこはいつか実際に行ってみたいと思わせてくれる魅惑の映画館だ。
(ラティーナ2024年12月)
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