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[2022.3]【中原仁の「勝手にライナーノーツ⑳」】 Bala Desejo 『 SIM SIM SIM』

Bala Desejo
左から、ゼー・イバーハ(Zé Ibarra)、ジュリア・メストリ(Julia Mestre)、ドーラ・モレレンバウム(Dora Morelenbaum)、ルーカル・ヌネス(Lucas Nunes)
Foto: Divulgação

 20代の若者たちが、トロピカリアと70年代MPBのDNAを2020年代にアップデート! そうぶちあげよう。気合を入れて書いたので長編になります。

 ハイスクール時代からの友人である、現在25歳前後の男女4人が結成したバンド、バラ・デゼージョ(Bala Desejo)。リオのインディー・ポップ第3世代のオールスター・グループが、ファースト・アルバム『SIM SIM SIM』の<Lado A>(A面)を2022年1月に、<Lado B>(B面)を2月にリリースした。

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 バラ・デゼージョのメンバーは、ドラ・モレレンバウム、ジュリア・メストリ、ルーカス・ヌネス、ゼー・イバーハ。まずはメンバーのプロフィールを紹介していこう。

 ルーカス・ヌネスとゼー・イバーハは、カエターノ・ヴェローゾの末子トン・ヴェローゾも参加している5人組バンド、ドニカ(Dônica)のメンバー。ドニカは2015年、メンバー全員が10代の時にファースト・アルバム『Continuidade dos Parques』を発表した。
 ここで2016年に行なったカエターノ・ヴェローゾへのインタビューから、ドニカに関するコメントを引用する。

「彼らは15、16歳の頃から私の家に集まって演奏し、ミルトン・ナシメントの『Clube da Esquina』や70年代のプログレッシヴ・ロックを聴いていたよ。彼らは一人ひとり、複数の楽器を演奏する。キーボード奏者はドラムスも上手く、ベース奏者はギターも上手く、ドラマーはベースも上手い。メンバー同士で楽器の交換も出来るんだ」

●ゼー・イバーハ(Zé Ibarra)

 ハイ・トーン・ヴォイスが特徴のゼー・イバーハは、ドニカのメンバー中、最も多くの曲のソングライティングに関わっている。個人としても、同世代の大勢の歌手と共演しているほか、ガル・コスタの『Nenhuma Dor』で、参加した10組の男性歌手の最年少として「Meu Bem, Meu Mal」のデュエットのパートナーをつとめた。ドニカのアルバムにゲスト参加したミルトン・ナシメントとの繋がりも年々、深まっている。2019年、ミルトンの『Clube da Esquina』記念公演に出演、昨年末にライヴ配信された同公演(オーケストラとの共演)にもバンド・メンバーとして参加した。この連載の2022年1月号で紹介した、ホベルチーニョ・シルヴァとアレシャンドリ・イトーのツイン・リーダーによるミルトンの作品集『Nascimento das Canções』で「Rouxinol」を歌っている。


●ルーカス・ヌネス(Lucas Nunes)

 ルーカス・ヌネスはカエターノの『Meu Coco』で共同プロデューサーと録音エンジニアをつとめ、一気に時の人となった。1月号掲載のカエターノへの最新インタビューから、ルーカスに関する発言を引用する。

「ルーカスは、とても才能のあるミュージシャンです。また、レコーディング・スタジオの技術的な問題に対処できる能力も持っています。私の息子であるトンの友人(バンド仲間)で、私の家の近くにいました。彼らのバンド、ドニカはとても素晴らしく、皆、とても豊かで複雑な方法で音楽を演奏し、理解しています。だから彼が、一緒に仕事をするのに適したプロデューサーであることは、ほぼ明らかでした」

●ドラ・モレレンバウム(Dora Morelenbaum)

 女性陣に行こう。ドラ・モレレンバウムはジャキス&パウラ・モレレンバウムの娘。実は彼女が4歳の時の歌声が残されている。これだ。

 坂本龍一のライヴ盤『In The Lobby』からジョビンの名曲「Falando de Amor」。これは2000年、坂本、ジャキス、ソニア・スラニー(ヴァイオリン)とのトリオのヨーロッパ・ツアー最終日にロンドンのホテルのロビーで行なったシークレット・ライヴの記録だ。歌はツアーに同行していたパウラ。翌年のMorelenbaum2/Sakamoto『Casa』への出発点と言える貴重なパフォーマンスに途中、ドラが乱入して歌う(笑)。こういう曲を4歳で歌うとは!モレレンバウム家の環境がしのばれる。

 2001年、『Casa』のジャパン・ツアーで来日したジャキス&パウラと共にパウラも来日。その時の印象をもとに自ら作詞作曲した「Japão」を、20年後の2021年に発表した。ルーカス・ヌネスが共同プロデューサーの一人で、ギターやシンセを演奏している。話が前後するが、ドラはドニカのファースト・アルバムにも参加していた。

「Japão」のほか何曲かを配信でリリース。また、カエターノの『Meu Coco』収録曲「GilGal」に参加して歌っていた。



●ジュリア・メストリ(Julia Mestre)

 2017年、オリジナル曲の5曲入りEP『Desencanto』でデビューしたシンガー・ソングライター。その3年前の2014年、アンドレス・レヴィンを中心にカエターノ、エミシーダ、レニーニ、クリオーロなど大勢の音楽家が録音に参加した、レインフォレスト・アライアンスの熱帯雨林保護ソング「I’m Alive」(カエターノの「Nine Out Of Ten」を下敷きにした曲)の作者陣に、当時10代半ばのジュリアがゼー・イバーハと共に名を連ねていた。

 2019年、全曲オリジナルのファースト・アルバム『Geminis』を発表。ルーカス・ヌネスとゼー・イバーハが共同プロデュースし演奏にも参加。ドラ・モレレンバウムがコーラスに参加した曲もある。

 また、ジルベルト・ジルの息子と孫のトリオ、ジルソンズのレパートリーの中に、ジュリアがメンバーと共作した曲があり、2020年にはジルソンズと共演した曲「Índia」のシングルをリリース、ヒットした。


●共同生活からバンド結成へ

 10代からの親しい友人であり、音楽活動の繋がりも深い4人が、バンド(男性陣)やソロ(女性陣)のキャリアと並行して結成した、バラ・デゼージョ。その物語はブラジルがコロナ禍のパンデミックに覆いつくされた2020年6月に始まった。ジュリア・メストリの両親がリオのアパートを出て一時的に田舎に住むことになったため、ジュリアが仲間たちに自宅のルームシェアを提案。ドラ、ゼー、ルーカス、そしてもう一人、ジルベルト・ジルの孫にあたるジルソンズのジョアン(ジュリアの恋人)が集まり、5人の巣ごもり共同生活が始まった。

 両親が不在のベッドルームをホームスタジオにリニューアルし、歌い、演奏し、音楽を聴き、話し合う日々。5人は7月に、テレーザ・クリスチーナのインスタグラム・ライヴにリモート出演し、ジョビンの曲を歌った。彼らにバンド結成を提案したのもテレーザだという。8月にはリオのタウン・マガジンVeja Rioの取材を受け、アパートで5人が歌い演奏する映像も公開された。

 70年代初頭、リオのアパート(後に一軒家)でヒッピー・コミュニティのような共同生活を行なっていたノヴォス・バイアーノスを思わせる。また、50年代後半のボサノヴァ前夜、ナラ・レオンが暮らしていたアパートもオーヴァーラップしてくる。

 期間限定の共同生活を経て、サンパウロのコアラ・レコードから彼らに、2021年の音楽フェスティヴァル出演のオファーが来た。コロナ禍でフェスは開催されなかったが、これをきっかけにレコーディングへの機運が高まり、バラ・デゼージョが誕生。ジョアン・ジルの不参加の理由は確かでないが、当時すでにジルソンズの活動が軌道に乗っていたからだろう。


● 『SIM SIM SIM』

 前置きが長くなったがバラ・デゼージョのデビュー・アルバムは冒頭に書いた通り、LPのAB面を模してA面が2022年1月に、B面が2月に、コアラ・レコードからデジタル・リリースされた。プロデュースは彼ら自身。共同プロデューサーが、『Little Electric Chicken Heart』が「2019年ブラジル・ディスク大賞」第4位にランクインした、彼らより少し年下のアナ・フランゴ・エレトリコ。ほとんどの曲がメンバー4人の共作だ。

 ルーカスとゼーが弦楽器と鍵盤を演奏。サポート・メンバーにも腕利きが揃っている。主な顔ぶれは、リオ第2世代のキーパーソンでもあるベースの名手、アルベルト・コンチネンチーノ。ドラムスはアドリアーナ・カルカニョットのコロナ期の名作『Só』にも参加していた、リオ出身サンパウロ在住のトマス・アヘス(Thomas Harres)。パーカッションはカエターノやマリーザ・モンチのバンドでも活躍した大ベテラン、マルセロ・コスタ。さらにストリングスのアレンジをドラの父ジャキス・モレレンバウムがつとめるという豪華な布陣だ。彼らのサポートもあり、演奏の、そしてバラ・デゼージョの歌もソロ・パート、コーラス・パート共に、クォリティがとても高い。映画や演劇の視覚性を盛り込んだところもトロピカリアにシンクロする。


●Lado A

 このアルバムは、長く続くコロナ禍で奪われた移動の自由を求め、コンビに乗ってバラ・デゼージョと旅に出る、そんなコンセプトだ。コンビ(Kombi)とは、約10年前までブラジルで製造されていたフォルクスワーゲンのミニバス状のヴァン。かつてはヒッピー・バスと呼ばれていたそうだ。

 ドラマないしドキュメンタリー仕立ての「Embala pra Viagem」は、旅への出発。街角のバーでの会話の中で最も元気よく話している女性は、バラ・デゼージョの結成に大きな力を与えた恩人として彼らが敬愛する、テレーザ・クリスチーナだ。間もなく表の道にバラ・デゼージョのコンビと、マルシャを演奏するストリート・カーニヴァルのブロコがやってくる。

 続く「Baile de Máscaras」の意味は「仮面舞踏会」だが、マスカラにはマスクの意味もある。副題「Recarnaval」は「もう一度(再び)カーニヴァル」といった意味の造語。カーニヴァルが中止になった現実をふまえてのメッセージをこめた曲だ。70年代後半から80年代前半のカエターノを彷彿とさせるギターのリズムを基軸に、ジャキスがアレンジした弦と管を含むサウンドの展開がとてもカッコ良く、完全に心を持ってかれる。最近のライヴ映像もある。

 「Lua Comanche」のコマンシは北米の先住民族コマンチ族。ジョルジ・ベンジョールの曲のタイトル「Comanche」からリフが浮かんだそうで、曲想もサンバソウル調。ホーン・アレンジはジャキスが手がけた前の曲を除き全て、売れっ子のトランペット奏者でもあるヂオゴ・ゴメスが行なっている。

 レゲエ調の「Clama Floresta」は森林に捧げたエコロジー・ソング。ジュリアとゼーが共作しメインで歌う。2人が参加したレインフォレスト・アライアンスの熱帯雨林保護ソング「I’m Alive」の経験が、この曲の出発点だろう。

 「Dourado Dourado」は初登場の本格的ラヴソング、なのだが、終わったと思わせておいて突如ラテン・サウンドに変わり、スペイン語で歌う別の曲「Caballero de la Tierra」が始まる。バラ・デゼージョのコンビは国境を越えた。

 ブルージーな「Nesse Sofa」はパンデミック期に多くの人が多くの時間を過ごすソファがテーマ。冒頭の歌詞に起伏のない日常生活を描いている。この曲にはゲストが登場。後半、エレキギターを弾いているのはオ・テルノのチン・ベルナルデスだ。

 A面ラストの「Nana del Caballo Grande」は唯一の非オリジナル曲で、スペインのフェデリコ・ガルシア・ロルカが描いた詩の一節。4人は共同生活を始めた頃、この曲をよく一緒に歌っていたそうだ。A面とB面を結ぶ子守唄。

●Lado B

 B面もドラマ仕立てで始まる。「Chupeta」は、動けなくなったコンビをメンバーたちが一生懸命押しているシーン。

 「Lambe Lambe」は共同生活者だったジョアン・ジルを含む5人の共作。歌詞がトロピカリア的で、ジュリアが敬愛するヒタ・リーや、80年代前半のジルベルト・ジルに連なる曲想だ。ストリングスのアレンジはジャキス。ヂオゴ・ゴメスのホーン・アレンジが、70’sソウルの美味しいエッセンスてんこ盛りで白眉。コーラスにはフーベル、アナヴィトーリアの2人が参加している。

 飛びたい小鳥が主人公の「Passarinha」の歌詞は、ポルトガル語とスペイン語のミックス。ラテン的なサウンドも取り入れているが、最後にチラッとビリンバウの音を配する発想がシブい。

 タイトル曲「Sim Sim Sim」はコンクリート・ポエム、カエターノの『Araça Azul』の影響がうかがえるヴォイス・コラージュ。A面の「Clama Floresta」の歌詞も引用している。

 「Muito Só」は “Me sinto muito muito só(とてもとても孤独を感じる)” のフレーズがキーワード。ゼーが弾くガットギターの響きがミナスへと誘う。

 コンビに乗った旅の終わりに向けて、内省的な曲が続く。魚、人間、時間、川、風について語る哲学的な歌詞の「Cronofagia (O Peixe)」。前の曲に続いてジャキスのストリングス・アレンジが曲想を立体化している。

●始まりの終わりに

 極上のファースト・アルバムを発表したバラ・デゼージョは今年の9月、昨年は開催できなかったコアラ・レコードのフェスティヴァルに、ホドリゴ・アマランチ、アナ・フランゴ・エレトリコらと共に出演することが決まっている。アルバム発売年でもあり、他にもライヴ活動がありそうだ。ただ今年、ゼーとルーカスのドニカのセカンド・アルバム、ジュリアの新作、ドラのファースト・アルバムのリリースが予定されており、バラ・デゼージョとして今後もパーマネントな活動を続けるのか分からないが、アルバムを聴いても映像を見ても、とても魅力的な4人。マイペースでいいので続けていってほしい。

(ラティーナ2022年3月)

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