[2025.1]2024年ブラジルで流行った音楽
文●島田愛加
2024年のブラジル音楽シーンを一言で表すと「ファンキが市民権を得た!」です。
ブラジルでファンキが流行した頃に使われていた90年代のマイアミベースが復活し、現代的にアレンジされたものがブラジル国外でも評価されています。
ファンキの歌詞はファベーラ(スラム)での生活や、ストレートな性的表現を歌った曲が中心でしたが、最近では誰しもが共感できるような、より個人的な感情や状況を描いたものが増えています。これによりファンキはより幅広い人々に聴かれる音楽へ変化し、偏見がなくなり始めています。
その証拠として毎年7月12日を「ファンキの日」とする法案がブラジル政府によって可決(2024年7月付)されました。
また、カエターノ・ヴェローゾやエラズモ・カルロスといったMPBやジョーベン・グアルダ(文化ムーブメント)における重要人物の作品を、新世代がカバーするといった動きもありました。
それでも、ブラジルの音楽シーンを振り返ることは年々複雑になっています。
その理由として、ストリーミングサービスのヒットチャートが再生回数によって構成されていること、地域性の強い音楽がますます盛り上がりを見せていること、SNSを通じた音楽体験の多様化などが挙げられます。
そこで、今回は多角的な視点からブラジル音楽シーンを掘り下げるべく、以下の3つのポイントに焦点を当ててみました。
ストリーミングサービスの年間ヒットチャート: 最もユーザーが多いYoutubeとSpotifyの年間ヒットチャートを分析
ラテングラミー賞とプレミオ・ムウチショウ: 権威ある音楽賞の受賞作品を通して、その年の音楽シーンを象徴する楽曲やアーティストを振り返り
新たなヒットソングが生まれるSNS: TikTokやInstagramなどSNSで話題となった楽曲や、そこからブレイクしたアーティストと共に新たな音楽の潮流を予想
日本国内で聴かれるブラジル音楽とはギャップがあるかもしれませんが、是非この機会に聴いてみてください。
ストリーミングサービスの年間ヒットチャート
●Youtube
昨年とガラリと変わったのはファンキ勢が伸びたこと。1位と5位がファンキ、2、3位がセルタネージョ・ウニヴェルシターリオ(以下セルタネージョと呼ぶ)となりました。そして驚くことに4位にゴスペルがランクインしています。
【最も再生された楽曲】
1位 The Box Medley Funk 2 / Mc Brinquedo, Mc Tuto, Mc Laranjinha, Mc Cebezinho, Dj Oreia
ついにファンキが1位!サンパウロ出身のフェリペ・モーダによるプロジェクト「The Box」は蛍光グリーン一色のスタジオ内で毎回異なる4人のMC(ラッパー)が各々のラップを披露。本作は9作目となります。実は4人とも録音当日まで誰が参加するか知らされていなく、完全なアドリブ収録。MCラランジーニャ(ミナスジェライス州出身)以外はサンパウロ出身。ファンキが生まれたのはリオデジャネイロのファベーラですが、近年はサンパウロ郊外から面白い企画やアーティストが誕生しています。
2位 Gosta de Rua / Felipe & Rodrigo
今年最も聴かれたセルタネージョはフェリペ&ホドリゴ。この曲で人気急上昇。自分を放って夜遊びするのが好きな恋人について嘆く歌詞は、嫉妬深いブラジル人の心に刺さったのかもしれません(もちろん嫉妬しない人もいます!笑)。
3位 Dois Tristes / Simone Mendes
かつてフォホー・ド・ムイードという地方ライブを中心に活躍していた姉妹デュオがシモーニ&シマリアに改名しセルタネージョ界で大活躍。人気絶頂の中、2021年に電撃解散してソロになったシモーニ。女性のがなり声といえば一番に思いつく唯一無二の声の持ち主。今回は喧嘩ばかりするカップルを歌った楽曲がヒット。
4位 Passa Lá em Casa Jesus / Kailane Frauches
ゴスペルはブラジルでも人気がありますが、コミュニティ内での活動が中心でした。脱CDに遅れをとったゴスペル業界ですが、若い世代を中心にストリーミングサービスやSNS露出が増え見事にチャートイン。現在20歳のカイラニは幼少期から教会で歌っていました。その歌唱力を認められ、ブラジルでも放送されている有名オーデイション番組『The Voice』のkids部門に出演。
5位 Me Leva Pra Cas / Lauana Prado
4位のカイラニと同じく『The Voice』出演後にデビューしたものの、鳴かず飛ばずだった歌手が改名して人気に。男目線のセルタネージョから離れ、女性目線で歌う「フェミネージョ」の代表的なアーティストです。
●Spotify
SpotifyではTOP5の3曲をファンキ勢が獲得しています。ファンキはソロ活動よりもThe Boxのようにコラボレーションが多いので、そこから新たな人気MCが誕生することもあります。今回注目されたのはThe Boxで印象的なメロディを歌ったMC Tutoです。4位にランクインしたファンキの楽曲にはセウ・ジョルジも参加。
【最も再生された楽曲】
1位 The Box Medley Funk 2 / Mc Brinquedo, Mc Tuto, Mc Laranjinha, Mc Cebezinho, Dj Oreia
2位 Barulho Do Foguete / Zé Neto & Cristiano
3位 Gosta De Rua / Felipe e Rodrigo
4位 MTG Quem Não Quer Sou Eu / DJ Topo, Mc Leozin, Seu Jorge, MC G15
5位 Let's Go 4 / por Dj GBR, Mc IG, MC Ryan SP, MC PH, Mc Davi, Mc Luki, Mc Don Juan, Mc Kadu, TrapLaudo, MC GP
ラテングラミー賞/プレミオ・ムウチショウ
●ラテングラミー賞
毎年開催されるラテングラミー賞。積極的にスペイン語で歌うアニッタが最優秀楽曲賞にノミネートされましたが惜しくも受賞ならず。今年もブラジル勢はポルトガル語の部門のみの受賞となりました。以下全てポルトガル語の部門です。
【オルタナティブアルバム部門受賞】
Erasmo Esteves / Erasmo Carlos
2022年に亡くなったMPB/ロック界のシンボルの一人であるエラズモ・カルロスを追悼して、フーベルやエミシーダ、チン・ベルナルジス、シェニア・フランサといった新世代アーティストがエラズモの名曲をカバー。このアルバムの他にも国内大ヒットのブラジル映画『Ainda estou aqui』(2024)でエラズモの「É Preciso Dar Um Jeito, Meu Amigo」(本人のオリジナル録音)が使用され、Spotifyのチャートで急上昇し話題となりました。
【コンテンポラリーポップアルバム部門受賞】
Os Garotin de São Gonçalo / Os Garotin
ポルトガル語のR&Bとソウル。リオデジャネイロで活躍していたオス・ガロティンはカエターノ・ヴェローゾとパウラ・ラヴィーン(カエターノのパートナー)の後押しもありアルバムを制作。そういえば最近、定期的にブラジルソウルの王であるチン・マイアの楽曲がSNSで流行ることもあり、困窮を嘆くファンキや失恋ソング多めのセルタネージョとは違った爽やかなサウンドをリスナーが欲しているのかもしれません。
【サンバ・パゴージアルバム部門受賞】
Xande Canta Caetano / Xande de Pilares
人気パゴージグループで活動したシャンジ・ジ・ピラーレスがカエターノの楽曲を歌うプロジェクト。リリース自体は2023年ですが、サンパウロ美術批評家協会での高評価と、ラテングラミーで本部門賞受賞の他、年間アルバム部門にもノミネート。2024年は本作をテーマにカンピーナス交響楽団と共演。シャンジは嬉しさのあまりグラミー賞トロフィーのタトゥーを腕に入れました。
【アフロブラジル / ポルトガル音楽アルバム部門 受賞(旧MPBアルバム部門)】
Se o Meu Peito Fosse o Mundo / Jota.Pê
今注目のアーティストの一人、ジョタ・ぺは『The Voice』出演で審査員ルル・サントスに絶賛されたシンガーソングライター。ポップなデビューアルバムからガラリと変わった2枚目はアレンジがかなり洗練されており、持ち前の柔らかな声が栄えます!同アルバム収録の「Ouro Marron」はポルトガル語楽曲部門も受賞。
●プレミオ・ムウチショウ(Prêmio Multishow)
国内ではラテングラミー賞よりも盛り上がるプレミオ・ムウチショウの音楽賞。今回はリニケルが4部門受賞でその存在感を見せつけました。
リニケルの2枚目のアルバム『Caju』はリリースされて直ぐに話題になり、同ツアーは販売数時間後にチケットが完売。2年前、私がカエターノのショーに行ったとき、出口で翌週に迫ったリニケルのコンサートのフライヤーが配られていたのが嘘のようです。今では最もチケットが入手困難なブラジルを代表するアーティストの一人になりました。
【年間アルバム部門受賞】
CAJU / Liniker
リニケルはアルバム賞以外にもアルバムジャケット賞、MPB賞そして最も名誉ある年間アーティスト賞を受賞しました。『Caju』はデビューアルバムよりもブラジル色が強くなり、豪華なゲストも参加。全体の統一感はありませんが(途中で別のアルバムかと思うぐらい笑)、それが多種多様なブラジル国民に愛された理由でしょう。プロデューサーはグスターボ・ルイス(トゥリッパ・ルイスの実弟)。
【ビデオクリップ部門受賞】
Mil Veces / Anitta
今や世界で活躍するアニッタ姉さん、今年は初期のファンキを取り入れた『Funk Generation』が高評価でしたが、ビデオは本作で受賞。曲はパッとしないのですが、なんと!今をときめくマネスキンのヴォーカル、ダミアーノ・ダヴィドが出演しているのです(ダミアーノは歌わずビデオ出演のみ)。最近では世界中のフェスに登場するDJアロック(Alok)とも共演したアニッタ、2025年の活躍も楽しみです!
【サンバ/パゴージ部門受賞】
Gloria Groove / Nosso Primeiro Beijo
ドラァグクイーンとして魅せるだけでなく歌唱力も抜群のグロリア・グルーヴ。これまでのR&Bソウルフルなサウンドとは異なるパゴージアルバムをリリース。なんとこの曲、本家パゴージ界のチアギーニョがショーで歌い、ワンコーラスのみスマホで録画された低音質のものにも関わらず、30万回再生されています。良い曲があれば他のアーティストが積極的にカバーを行うのもブラジルの面白いところです。
【ブラジル地域部門受賞】
北部代表 ヴィヴィアニ・バチダォン
北部、北東部、中西部、南東部、南部ごとに選ばれた地元で人気のアーティストの中で見事に頂点になったのは北部のヴィヴィアニ・バチダォン。電子音楽にパラ州のリズムを取り入れたスタイルで「テクノメロディの女王」と呼ばれています。2007年からプロ活動をしており、40歳で念願の受賞となりました。
新たなヒットソングが生まれる場所、SNS
インターネットの普及によりテレビ番組やラジオ以外にも新しい音楽に触れる場所と選択肢が増えた今、新たなヒットソングが生まれるのはTiktokやX(旧ツイッター)、instagramなどソーシャルメディアとなりました。
2024年、SNSで大ヒットしたのは間違いなくグレーロの「Só Fé」でしょう。
グレーロは作詞作曲家としてセルタネージョ界隈で数多くのヒット曲を書いた作詞作曲家。シモーニ・メンデスの大ヒット曲「Erro Gostoso」(2023年リリース)もグレーロの作品です。
「Só Fé」はグレーロがプライベートで録画した動画が話題になり、楽曲提供で交流のあるエンヒッキ&ジュリアーノ(2024年Spotifyで最も再生されたアーティスト)に後押しされてグレーロ本人が録音。
歌詞には「mé=お酒」「Modess=生理用ナプキン」など北東部特有のスラングも使われ、2024年にGoogleで最も検索された曲となりました。
この曲はアホシャ(Arrocha=バイーア発祥のロマンティックな音楽)というジャンルで、ムウチショウの最優秀アホシャ賞に選ばれています。
そういえば、セルタネージョ勢はアホシャやピザジーニョ(数年前に人気絶頂になった北東部の新ジャンル)を積極的にレパートリーに取り入れています。2000年代から人気のあるセルタネージョ勢が飽きられないのも、そういった柔軟性が関係しているでしょう。
話は戻りますが、この曲がヒットした理由は「人生はシンプルで、基本的なもので幸せになることができる」というグレーロが込めたメッセージが人々の共感を招いたことです。パンデミックが明け、政権交代しても経済的に回復の兆しを感じられないブラジル国民の心境と重なり合ったのでしょう。SNSでヒットするには「共感」が重要なポイントとなっています。2024年末にドル最高値を記録したブラジルでは年明けにインフレが予想されています。果たしてどんな曲が共感されるのでしょうか。
最後にちょっとだけ個人的な感想
個人的に特筆すべきは、やはりリニケルの活躍です。
2022年にラテングラミーで最優秀アルバム賞を、2023年に名誉あるブラジル文化アカデミーのメンバー入り、そして2024年はムウチショウで最多受賞と、毎年舞台で大号泣しているリニケル(もちろん嬉し泣き!)。
今回、ムウチショウの受賞スピーチで、彼女はこれまで引用していた「トランス女性で黒人である自分」という言葉を使わず、リスナーに対して感謝の言葉を述べました。
アルバム『Caju』はソロデビューアルバムだった前作よりも、アーティストとして、人間として何倍も大きくなったリニケルを感じることができます。
2025年も、彼女を筆頭にMPBの伝統を受け継ぎつつ、新たなサウンドや思考を取り入れたアーティストたちが面白い音楽を届けてくれるのが楽しみです!
(ラティーナ2025年1月)
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