[2025.1]本作がデビュー作となる女性VoのLicoが、ショーロクラブの3人と珠玉のアルバムを完成させた。 ──穏やかで柔らかいけれど、硬派。日本だから育めたブラジル音楽──
文:花田勝暁
2000年から音楽活動を始めた東京在住の女性Voの Lico。ブラジル音楽を中心に様々な音楽遍歴を持つ彼女は、現在、日本人女性フォホーバンド「Flor de Juazeiro」のVoとしても、在日ブラジル人ダンスコミュニティーで、演奏を重ねる。
2017年頃から沢田穣治(ショーロクラブ|武満徹ソングブック|No Nukes Jazz Orchestra|etc…)とも共演を重ねてきた彼女は、沢田からの呼びかけもあり、結成35周年を迎えたショーロクラブと録音した初のアルバムを完成させた。彼女にとって、初の本格的な録音物でもある。
沢田もその実力を認めているピュアで伸びやかな歌声で、新旧のブラジル音楽を取り上げている。
彼女の視線で選曲された楽曲の中には、カバーされるのはブラジルを含めても初めてだろうという曲(④)や、1度も商品化されていない曲(⑥)も含まれる。収録曲の紹介は、インタビュー部で触れたので、そちらに譲りたい。
ショーロクラブの繊細で滋味豊かな演奏に、穏やかながらニュアンス豊かなLicoの歌声が乗り、日本発のブラジル音楽として、多くの人の末永い愛聴盤になるべきクオリティーを備えた魅力的なアルバムが完成した。ミュージックマガジン誌で、吉本秀純氏が「変化に富んだアプローチと原曲への深い理解に裏打ちされた逸品」と評していたことも、敢えて紹介したい。「逸品」である。
2024年10月にアルバムをリリースし、ショーロクラブと共に、同月に東京と大阪で、12月に千葉でリリースライヴを行った Licoにインタビューを行った。
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── 歌手としての活動の履歴と現在について教えてください。
Lico 幼い頃からピアノやクラシックバレエなど、学生時代にはチアリーディング、HIPHOPとダンスをしてきた影響があり、短大卒業後一般企業に就職した上司に連れられて、新宿2丁目で初めて知らない方の前でカラオケで歌を歌ったら喜んでもらい、通ううちにリクエストもらうようになり、もっと歌を頑張ってみようと思いたち2000年から音楽活動を開始しました。ジャズ、ボサノヴァを経て2014年にフォホーに出会った事をきっかけに、現在は日本人女性バンド(Flor de Juazeiro)にて、群馬、浜松、愛知の在日ブラジル人ダンスコミュニティーでの演奏活動をしています。
ソロではショーロ、サンバ、セルタネージョ、バイーア等のブラジル音楽や、現代作曲家 高橋裕さんの歌い手の1人としてもジャンルに拘らずにライブ活動を行っています。
── プロデューサーの沢田穣治さんとの出会いや、ショーロクラブとソロアルバムを録音することになった経緯を教えてください。
Lico サンバの友人が2017年に紹介して下さり、そのまま一度共演させて頂き、以降は沢田さんからお声がけ頂く度に時々共演を重ねていました。私が急に闘病となった事から再起の為に初めてのCDリリースを計画しているお話しをしたところ、快気祝いにプロデュース下さる流れとなり、後にショーロクラブさんとの録音という思いがけない展開となりました。
── ショーロクラブの笹子重治さん、秋岡欧さんとは共演したことはあったんですか?
Lico ないです。レコーディング直前にショーロクラブさんのライブへ伺って譜面をお渡ししてご挨拶させて頂いたのみだったので、レコーディングは緊張で死んじゃうかもというくらいにとっても緊張しましたがお二人とも本当に優しく、自然に接してくだりとても助けて頂きました。
── 譜面の用意はLico さんがされたんですね。譜面が販売されていない曲もあるんじゃないかと思いますが?
Lico 譜面がないものに関しては、フォホーのバンドメンバーに協力頂き手書きしました。「Forró Transcendental」(※作曲:Kiko Horta)についてはバンドメンバーが、Kiko先生に師事していた事もあり、ご連絡してご本人より頂いた譜面を使わせて頂きました。
── 選曲は誰がしましたか?
Lico 私がフォホーバンド仲間や先輩にご意見伺いながら、選曲決定し準備しました。初めてのCDリリースなので、自己紹介的になるように、フォホーだけでなく、ショーロ、サンバ、セルタネージョ、バイーアなどジャンルを区切らずに、ブラジル音楽を歌ってきた部分を意識して選曲しました。
── 選曲リストを見た時の沢田さんの反応はどうでしたか?
Lico 共演の時もそうなのですが、沢田さんは「何でもえぇよ」とNGがないので、特にコメントはありませんでした。
── 各曲のアレンジの方向性はどのように決まっていったんですか?
Lico レコーディングスタジオで実際に音を合わせながら方向性、構成を決めて行きました。沢田さんと、今まで共演時に、リズムをいったん外してバラードにする事で、メロディーの美しさが浮かび上がるなぁと続けてきたので自然とそれが反映されたかなと思います。
── スタジオに入ったのは何日間だったんですか?
Lico 2日間です。
── スタジオの選定は沢田さんですか? こちら(MOURI ART WORKS STUDIO)を選んだ理由を言っていましたか?
Lico はい。沢田さんが手配下さいました。理由は伺ってませんが、エンジニアの鎌田さんも含めて既に信頼関係のあるショーロクラブさんのチームの中に入れて頂いたように感じました。
余談なのですが、レコーディング2日目の朝に、朱色のカナリアがスタジオの玄関に迷い込み、スタジオの方と一緒に保護したので、ジャケットのイラストレーターさんにお話しして裏ジャケットに鳥の絵を入れて頂きました。
── それでは、ジャケットデザインについてうかがえますか?
Lico 妹の友人で以前に名刺を作成頂いたイラストレーター竹内トモミさんにお願いしました。経緯、背景等詳細を共有し、イメージを共有して方向性を決めてからレコーディングに入り、実際にレコーディングしたMIX前の音源を聴いてもらいながら抽象画を描いて頂き、沢田さんのCDやレーベルのデザイナーさん水田十夢さんに仕上げて頂きました。
── 収録曲について、順番に教えてください。
①「Orixá De Frente」は、代表的な録音というか唯一の録音が Roberta Sá(ホベルタ・サー) と Trio Madeira Brasil(トリオ・マデイラ・ブラジル)とのアルバムではないかと思うのですが。そのアルバムで聴いて、気に入っていたという感じですか?
Lico はい、まさに。Roberta Sá が大好きでして。歌と弦のトリオという事で、まず、ずっと聴いていたのですぐに思い浮かび上がり選択しました。
── 『QUANDO O CANTO É REZA - CANÇÕES DE ROQUE FERREIRA』というアルバムで、Roque Ferreira(ホキ・フェヘイラ) は、バイーアの sambas de roda(サンバス・ヂ・ホーダ) の作曲家として知られています。バイーア(※)というところも意識しましたか?
(※ブラジル北東部のバイーア州のこと。アフロブラジル文化の中心地)
Lico バイーアという事では、後半に「Oyá Oyá」を入れたかったのですが 、「Oyá Oyá」は水・風・炎を司る神様(Yansã)の歌なので、Orixá (※)繋がりになるかなぁ? ということは少し思いました。
(※Orixá :ブラジルの民間信仰「カンドンブレ」の神々のこと)
── ②「Choro Pro Zé」はGuinga(ギンガ)と Aldir Blanc(アルヂール・ブランキ) の曲で、録音も色々ありますが、特に誰のバージョンが好きというのはありましたか? こちらと次の「Ingênuo」は、ショーロ・パートということになりますか?
Lico どのバージョンというのはありませんが、数年前の Mônica Salmaso(モニカ・サウマーゾ)との来日公演のあまりの美しさに何曲かチャレンジしていて、Guinga を一曲入れたいと思っていました。
その中でホーダ・ヂ・ショーロでも歌えて沢田さんとも何回もライブで演奏していた事もあり1番馴染みのある曲という事で選びました。
次の「Ingênuo」はショーロから一曲と思って選んでいて、曲順の流れにも丁度よくなった感じです。
── ③「Ingênuo」(「純粋な、無邪気な」の意のポルトガル語)は、アルバムタイトルにもなっていますが、これをタイトル曲にした理由は?
Lico それは、音楽に「純粋」に向き合っていたいという「願い」といいますか、曲のタイトルにダブルミーニングな意味合いでタイトルに選びました。
── 自分自身が音楽に「純粋」に向き合っていたいという意味を込めて、このタイトルにしたということですか?
Lico そうです!
── Licoさんの現在の状況を形容しているというより、「願い」なんですね。
Lico そうですね、うっかりすると変なプライドが顔を出す事もあるので、戒めともいいますか……。
あとは、私はフォホーが活動軸でもあるので、ノルデスチなタイトルも一度考えたりはしましたが、思いがけずショーロクラブのみなさんとの作品となった事も偶然な流れですんなりとタイトル曲に決定しました。
── 次の④「Forró Transcendental」は、リオ出身のアコーディオン(サンフォーナ)奏者Kiko Horta(キコ・オルタ)の楽曲のカバーです。おそらく1度しか録音されていない曲で、しかもインスト曲です。この曲をカバーしようというアイデアはどこから?
Lico こちらは、元々は Hermeto Pascoal(エルメート・パスコアール)の「Forró Brasil」を沢田さんとスキャットで演奏してきていて、その発展版を出来ないかと、フォホーバンドに相談した時に、サンフォーナのメンバーが Kiko さんに習っていた事もあって提案をもらって聴いてみたら、すぐにイメージが出来たので今回のレコーディングで唯一初めて歌う事にしました。
選んだ段階ではどのように進めたらいいか未知数で、ショーロクラブのみなさんにはとてもご迷惑をお掛けしてしまいましたがレコーディングで音を合わせながら段々と構成が固まってきました。
── そうなんですね。バンドメンバーからの素晴らしいパスですね。もし例えば、Hermetoの「Forró Brasil」が入っていたら、アルバムの中で一番、日本のブラジル音楽ファンには「わかりやすい」曲になったかなとも思うのですが、アルバム全体を通して、「わかりやすさ」という点に関して、敢えて避けたような選曲にも思えます。
Lico そうなんです。「わかりやすさ」は考えないようにして、私が最初にカタチにしたかった「今ショーロクラブさんと歌いたい曲」を基準にして素直に選曲をしていきました。
私はあまり知識がないので、周りの方のサポートでレパートリーにしてゆく事がとても多くて。そもそもフォホーを歌い出した事も、全く知らなくて偶然だったので。出会ったご縁を紡ぎながら音楽活動をしている感覚です。
── 次⑤はフォホーの重鎮、Dominguinhos(ドミンギーニョス)の名曲「Gostoso Demais」ですが、あまりフォホーっぽさはないですかね。おそらく現在一番歌い慣れているフォホーから、この曲を選んだ理由は?
Lico フォホーバンドでのライブ活動でも、ついつい Dominguinhos だらけになってしまうくらい、Dominguinhos が大好きで、フォホーを入れるなら!と思っていて。
フォホーらしくはバンドで演奏しているのと、Dominguinhos のメロディーの美しさにフォーカスしたくバラードにする事で、ショーロクラブさんとの音もイメージ出来たので選びました。
バンドでもこの曲の時に不思議な時空がグラっとするような体験を何度かして、歌い込んできているのも理由の一つです。
── 次の⑥「Oyá Oyá」も、④「Forró Transcendental」と同じくらい「この曲をカバーするのか!?」、という曲です。Juçara Marçal(ジュサーラ・マルサル) や、作曲者の Chico Saraiva(シコ・サライヴァ) が歌っている動画は YouTube にありますが、自分が調べた限り、音源への録音もない楽曲です。
Lico やはりそうですよね。こちらも、バイーアに長期滞在していた友人たちがいて、彼らと歌う時はバイーアをキーワードに歌っていて、彼らからのリクエストでYouTubeの情報のみで歌いだしましたが、とても声と体と心に不思議としっくりときていた曲で、バイーアを入れるならと迷いなく選んだ曲になります。
── 最後は、私も人生で一番好きな曲⑦「O que é o que é」です。Gonzaguinha(ゴンザギーニャ) の曲ですね。ブラジル人が歌うと、どんなに静かに歌い出しても、途中からどうしたってサンバの大団円になる曲なので、スローテンポで、ほぼバラードのまま終わると言っていいこのカバーは、とても衝撃的でした。
Lico どこまで静かに歌うかは実際に音出して、ショーロクラブのみなさんが、「これはサビ迄沢田さんとルバートだね」と即決で決まりました。ライブではもう1コーラスをサンバで歌い、東京ライブは大合唱になって忘れられない瞬間になりました!
── 7曲について教えてもらいましたが、特に歌っていて気に入っている箇所とか、特に歌っていて気持ちいい箇所はありますか?
Lico 1人ずつ別録音でなく全員で一緒に音を出してまして、私が本格的なレコーディングが初めてだった事、ショーロクラブの皆さんと初合わせでとても緊張していた事、その場で構成が決まった事から、もう必死で、あまり記憶がありません……。
2日間で全体レコーディングして、歌は後から入れ直し出来ると聞いていたのですが、エンジニアの鎌田さんが、一緒に出した声に勝るものはないと。ヨレたりして気になっていた部分も、「僕が判断してどうしてもダメな箇所は差し替えるけど、上手に歌う事だけがゴールではない、このまま行こう」と言ってくださって仕上がりました。
レコ発ライブでも、どんどん馴染んで深くなって行く分、みなさんの音の質量がものすごくて、いつも吹き飛ばされないように、やっぱり必死に歌っており気持ちいい境地まではまだまだ先になると思います。
── インタビューの中では、Roberta Sá や Mônica Salmaso の名前が出てきましたが、どういう歌手を目指しているというのはありますか?
Lico そうですね、ブラジルだとあとは特にMariana Aydar(マリアナ・アイダール)、Luedji Luna(ルエジ・ルナ) を好んで歌っていて。あと、米国のジャズヴォーカリストのGretchen Parlato(グレッチェン・パーラト)が大好きで、沢田さんと「Magnus」という曲をカバーした事があって、楽器のように歌いたい部分は彼女の影響が大きいように思います。去年来日公演でサイン会があったので出来立ての『Ingênuo』をお渡しする事が出来ました。
ただ、自然と寄ってしまう事があると思うので、なるべく彼女たちの歌を聴かないで、男性ボーカルやインストを聴いて歌入れをするように心がけています。
私の場合、オリジナルは一曲のみでカバーがメインなので、聴いてる方の気持ちや想いを投影出来る空間を作れるような歌い手でありたいと思っているからかもしれません。
(ラティーナ2025年1月)
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