[2024.8]現在のブラジル音楽を担う天才ギタリスト ジョアン・カマレロ 待望の来日!
文⚫︎Tatsuro Murakami
ブラジルを代表するギタリスト、ジョアン・カマレロ待望の来日公演が10月22日に決まった。ゲストには、現代の音楽業界でその名を渡り歩かせている秩父出身のギタリスト、笹久保伸が演奏することになっている。その来日公演に備えて、本公演のプロデューサーである私 Tatsuro Murakami が、今回の見どころや出演者たちのプロフィール、彼らの音楽的ルーツ、そしてショーロという音楽の簡単な歴史までも振り返りながら記事を進めていきたいと思う。
近年国内外で盛り上がりを見せているブラジル音楽への関心は年々高まっており、その流れは日本でも “ブラジル音楽=ボサノヴァ/サンバ” というステレオタイプなイメージを徐々に壊しつつある。都内レコードショップや各社音楽誌などでのブラジル音楽特集やリリース、来日コンサートの連発など、ブラジル音楽というジャンルがワールド・ミュージックというジャンルを飛び越えて、音楽ファンから近年注目をされているジャンルの一つになり始めていることは間違いない。
最近日本へ来日したアーティストで言えば、新作が世界的にバズったアナ・フランゴ・エレトリコ、ブラジルの新世代の声とも言われるゼー・イバーハ、近代ジャズシーンを輝くピアニストのアマロ・フレイタス、現存する最強のギタリストの一人ヤマンドゥ・コスタなど、どれも記憶に新しい来日公演ばかり。そしてその音楽性はブラジルという国を体現するかのように、多種多様なジャンル形態をしており、ブラジル音楽と一言で言っても枠に括ることができないのが面白い。
ジョアン・カマレロ(以下ジョアン)はブラジルの伝統音楽であるショーロをベースにしたギタリストで、サンパウロ州のアヴァレ出身の34歳のギタリストだ。サンパウロ州立タトゥイ音楽院でショーロとジャズ/MPBを勉強した後、ショーロ7弦ギターの大御所ルイジーニョ・セッチコルダスの元でギターを学び、その後リオデジャネイロのショーロ学校(日本でも多くの生徒を抱えるCasa do Choro)にてショーロギターの講師を担当するなど、早くからブラジル全土でその才能を認められ活動してきた。近年は国外の大使館主催コンサート等での演奏や米・ショーロキャンプでの講師を務めながら、サンバ/MPBの大御所マリア・ベターニアのギタリストなどに加え、1960年代にジャコー・ド・バンドリンによって結成されたショーロの超重要グループ、コンジュント・エポカ・ヂ・オウロ(以下エポカ・ジ・オウロ)へ、ヂノ・セッチコルダス(以下ヂノ)の後継として加入するなど、今やブラジルを代表するギタリストの座へと登り詰めた。
( Radamés Gnattali - Choro(Da Brasiliana No.13) )
サンバやボサノヴァのルーツとなったショーロ、ラテン音楽の中でも最も複雑な音楽理論や難易度を持つジャンルの一つとしても認知されており日本にも多くの演奏者がいるが、それは一体どのような音楽なのだろうか?
ショーロは19世紀半ばにリオデジャネイロで誕生した音楽で、ポルトガルをはじめとする西洋音楽の和声や作曲形態と、アフリカから奴隷として連れてこられた人々から伝わったリズムが合わさって生まれたブラジル独自の音楽である。主にグループで演奏され、主旋律と対旋律を奏でる楽器(管楽器、木管、弦楽器、ピアノなど)、和音とリズムを支えるギター、リズムを担当するパーカッションに主に分かれる。使用される楽器はフルート、サックス、カヴァキーニョ、ヴァイオリン、ギターなど、特にルールはなく、ABC(時にAB)の構成で分けられたテーマを演奏する様式だ。
よくショーロは即興音楽であると勘違いもされるが、実はショーロの核となる部分に即興の要素は少なく、むしろメロディの核となる主旋律や和声、お決まりのフレーズに関しては、大幅なアレンジや変更は御法度とされる場合もある。しかし、対旋律における合いの手的なフレーズでは自由に振る舞い曲の展開を作り上げることも基本とされており、そのバランスを見極めながら聴き、先人たちの音楽を吸収し、自分の色を出しながら演奏する事の面白さと、音感やセンスの瞬発力が試される何とも面白い音楽である。
(Jacob do Bandolim - Noites Cariocas )
ショーロの原点でブラジル音楽の父ピシンギーニャ(1897-1973)、バンドリンの元祖ジャコー・ド・バンドリン(1918-1967)、ブラジリアンギターのパイオニアの一人であるガロート(1916-1955)、クラシックとショーロをクロスオーバーしたハダメス・ジナタリ(1928-1993)など、代表する音楽家をあげるとキリがないが、どれも現代に至るまで世界中に音楽的影響を残してきたことは間違いなく、ボサノヴァの巨匠アントニオ・カルロス・ジョビンや、クラシック音楽界でも知らぬ者はいないヴィラ・ロボスなど、多くの人物にショーロという音楽が影響を与えてきたことは一目瞭然である。中でも、ジャコー・ド・バンドリンのバックを務めていたエポカ・ヂ・オウロにて、その中核を担っていた元祖7弦ギタリストのヂノにおいては、ベースとギターの役割を成すブラジルの7弦ギターの手法を確立した張本人であり、彼の印象的なギター伴奏はショーロのみならず、70年台以降のサンバやMPB、フォホーなどの北東部音楽の様々なミュージシャンを支えてきた。「ヂノの影響がないブラジルのギターを探すこと自体が難しい」と結果的に言えるほどになった彼のギター奏法は革新的で、カルトーラ、ベッチ・カルヴァーリョ、エリス・レジーナ、ジョアン・ボスコ、パウリーニョ・ダ・ヴィオラなど、150を超える作品へ参加した。
こういった経緯を踏まえ現地のポピュラー音楽研究者達には、ショーロという音楽はサンバやボサノヴァ等のルーツとなっただけでなく、ヂノらの音楽的影響により1960年代以降のブラジルポピュラー音楽そのものを均一に “フォーマット” したとも言われている。
(Cartola - Preciso Me Encontrar
サンバの大御所カンデイアの超名曲。ヂノの7弦ギターが光る)
そういった意味でも、30歳ちょっとという若さのジョアンが、このエポカ・ジ・オウロにヂノの後継として加入したことの重大さが分かって頂けるだろう。伝統的なショーロの7弦ギターに加え、クラシックのテクニックを丁寧に取り入れた彼の技術は近年ますます成長しており、その表現力と音楽性は近年の彼の録音を聴けば一目瞭然だ。また、作曲家としての一面も軽視することができず、ブラジル国内のギター作曲コンクールを何度も受賞し、フルアルバムも既に3枚リリースをしている。ショーロギター持つのアグレッシブな演奏と特徴的な親指のロー弦の出し音に、泣かせるような繊細なメロディの抑揚具合が心地よい。
(João Camarero - Pequenas Valsas Sentimentais #3
ジョアン作曲のワルツ。ショーロの持つヴォイシングと、ドビュッシーを連想させる中盤の展開も美しい)
また、ジョアンは文化伝承者としての顔も持っており、ブラジルの古典芸術の普及協会である IREE CulturaやCultura Artística ではアートディレクターとキュレーターを務めており、大学等でブラジル音楽やその文化史のレクチャーや講義も行なっている。ギタリストとして確固たる地位を確立してきたジョアンの文化考察は説得力があり、そういったアカデミックな活動は、伝統と革新を交えた彼の音楽性にも多くの影響を与えていることだろう。
話は変わって、今回のゲスト出演となる笹久保伸というギタリストについて。笹久保氏は日本の音楽ファンの皆さんは既にご存知だと思うが、サム・ゲンデル、カルロス・ニーニョ、ジョアナ・ケイロス、アントニオ・ロウレイロ、ヤマンドゥ・コスタ、ファビアーノ・ド・ナシメント等の現代の音楽界で第一線を走り続けるアーティストとの共演や共作などで知られており、今や日本を代表するギタリストの一人である。秩父出身の笹久保氏は、幼少期より両親の影響でペルーのフォルクローレ音楽を聴いて育ち、若くして既に日本国内のクラシックギターコンクールにて数多くの賞を受賞してきた。2000年初頭にペルーへ渡りアンデスの農村でペルーギターの研究を行いその伝統音楽の伝承に努めてきたが、近年はジャンルにとらわれない作風で意欲的に新作制作に務めており、先日40作目のアルバムをリリースした。
そのクラシックギター歴から確かな技術と表現力を備えたギターテクニックを持つ笹久保氏だが、近年はクラシックやフォークロアといったジャンルに限ることなく、独自の音楽を制作している。ギターのスタンダードチューニングや西洋音楽理論から脱却し、独自作曲方法で生み出される彼の音楽からは、クラシックギターというある種、古典的な楽器から新たな可能性を感じさせるような作曲で、世界中のコラボレーターと作られる作品は各アーティストとの化学反応も重なり毎回密度の高いアルバムを世に送り出している。
(Sam Gendel & Shin Sasakubo- COPYEXERCISE
現代を代表する音楽家Sam Gendelとの共作)
また笹久保氏は日本へ帰国後、秩父前衛派というアートコレクティブを結成し、主に現代アート(写真、美術、映画)の制作活動をおこないながら秩父で民俗学的な調査も行なっている。作品はこれまでに、金沢21世紀美術館、瀬戸内国際芸術祭、山形国際ドキュメンタリー映画祭などで発表されており、その独自の視点と表現力はアカデミックな視点でも評価をされており、これまでに東京藝術大学、多摩美術大学、早稲田大学、京都外国語大学などで特別講義を行なってきた。
ショーロの伝承者であるジョアンと、ペルーフォルクローレを継承し独自の世界を築き上げている笹久保伸。この二人の音楽性は音楽ジャンルというバイアスで一見すると全く別物のように見えるが、過去の遺産を理解し継承しつつ、それを独自の表現として昇華しているという根本的な共通点がある。彼らには、表現者として、そして研究者としても通じるものがあることは確かで、伝統と革新の間を行き来する二人の組み合わせは、異色のようで実は理にかなっていると私は感じる。
本コンサートは代々木公園駅近くの白寿ホールにて10月22日に開催される。300席を備えたクラシック音楽に長けた名ホールであるが、本企画は販売数に非常に限りがあり、早くも残された席数は全体の1/3を切ってしまっている。ぜひ早めにチケットを入手し、今回の歴史的な公演を見逃さないで欲しい。
(ラティーナ2024年8月)
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