[2022.3] 【連載 シコ・ブアルキの作品との出会い⑳】多様性溢れる国でのアイデンティティと、マエストロ・ジョビンへの敬意 - 《Para todos》
文と訳詞●中村 安志 texto e tradução por Yasushi Nakamura
日本の面積の22倍半という、広大な国土を擁するブラジル。カリブ海側、赤道をまたぐアマゾンの熱帯から、冬に雪も舞う南部まで、地域ごとの自然、文化、社会などが非常に多様であることは、大きな特徴です。
シコ・ブアルキは、リオデジャネイロという街で暮らしながら、この旧都市に各地から渡ってきた人々と共生する中で、歌を創作しています。実家のお手伝いさんはリオグランデドノルテという北部の州出身、アパートの門番はその少し南のパライーバ州の人…… というふうに、いつもの毎日において、異なる出身地の人と過ごす場面がある。それは、ブラジルの大都市における当たり前の風景なのかもしれません。
2014年末~17年前半まで私が暮らした首都ブラジリアでも、アパートで毎日お世話になった管理人さんは、パライーバ出身の、心が優しく目がどこまでも澄んだ人でした。昨年、急病で他界されたことを知り、とても辛い気持ちと感謝の念が同時に交差しています。シコの歌にも出てきそうな、慎ましき、心優しいブラジルの人との出会いは、そのまま大きな思い出を構成しています。
そんなシコが、「みんなのために(Para todos)」という歌を発表したのが、彼が50歳になる1993年のことでした。この連載の前々回18回目の「Pivete」という曲で紹介しましたが、61年に彼が自動車窃盗で逮捕されたとき警察で撮影された顔写真を、アルバムのジャケットに挿入していることには、こうした節目に、自分の過去を包み隠さず公表する意図があったのかもしれません。
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